浮上する記憶
その後、麗華自身の迅速な行動もあり、『制裁』で使用されたスケジュールデータは完全に抹消され、とりあえずの難は逃れた。自分の仕事の尻拭いは率先してやりたいのが本音だろうと圭は思った。
そして、新たな事実が判明した。
相川悟が、買い換えた別の携帯電話を使用し、別の「第三者」に櫻田を殺させていたというのだ。
「相川に殺意があったのは間違いないが、それを実行する勇気がなかったんだろう。なんせ自分の殺意が残っているかもしれない、使用不可の携帯電話ですら捨てられなかったほどの小心者のようだからな」
「ツメが甘いわね」
希がデジタル時計を手首につけながら、ばっさりと切り捨てた。圭は苦笑を浮かべる。
「それより、その浮上した〝第三者〟が誰なのか早急につきとめる必要がある。素人ということもある。外部に漏れればきわめて危険だ」
「ええ。まずは、相川の携帯電話を直接調べられればいいのだけど、変に接触したら怪しまれるものね。何か時間を稼げたらそれが一番いい…」
そこまで言いかけ、希が何かを思いついたように顔を上げた。
「どうかしたのか?」
「時間を稼ぐ。そうよ、それが一番はやいわ」
「時間を…? どうやって」
「圭。男をひきつけるなんて技、使ったことないわよね?」
突拍子もなく何を言い出すのか、と圭が眉をしかめたが、「ないな」と、とりあえず正直に返事をする。
「だったら、その役はあたしがやる。ねぇ、コンピュータからデータを引き抜くなんて技、圭は使ったことある?」
圭は初めてそこで希の言わんとすることが理解できた。そしてこう答える。
「お前よりかは使ったことがある」
何より的確な言葉だった。
圭のその言葉に、希が力強く微笑んだ。
*
『おまえの両親は仕事に失敗した。死んだんだ』
両親は自分と同じ『制裁』人。職務の遂行中に後ろから頭を拳銃で撃たれ、即死したと聞かされた。
霊安室に横たわっている両親との無言の対面に、圭はいずれ自分もこうなるのであろうかと、そんな思いで二人を見つめていたのだろうか。
泣き叫ぶわけでもなく、遺体にすがりつくわけでもない、そのわずか九歳の娘の姿に、そのとき現場で動いていた自分の方が恐怖を覚えた。これが本当に「こども」の姿であるのか、と。
「代表?」
「…ん、何だ、おまえか。河上」
「何だとは何ですか、まったく。ぼんやりして、何か考え事ですか?」
差し出されたコーヒーの香りに、小谷は少しだけ心が和んだような気がして少し頬を緩めた。
「いや、少し思い出していたんだ。昔のことだよ」
「感傷ってやつですか。私には無縁ですね」
クスクスと笑いながら、河上は自分用のコーヒーを淹れはじめた。
「もしかして、橘のことですか?」
「……ああ」
「なるほど」
ふっと笑みを消し、麗華はカップに口をつけた。
「あれは、私も思い出したくないですけど」
「……そうだったな。悪かった」