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ブラック・シークレット  作者: 星乃宮りゅう
3/5

始動

「わかりました。では後ほど、河上からの報告待ちということでよろしいでしょうか」

 本部へ出向いた二人は、制裁執行組合代表取締役・小谷(こたに)(いさむ)と向き合っていた。

 麗華は帰宅したばかりで、今すぐには出てこれないということだった。後ほど彼女から本部を通じて圭と希に報告をさせるということで話はついた。

「わかっているとは思うが、今回の『制裁』は緊急だ。おまえたちには悪いが、よろしく頼む」

「承知しております。それでは、失礼致します」

 針金を通したような姿勢を崩さぬまま踵を返した圭に続き、希も軽く頭を下げ、後に続いた。

「ねぇ圭、急いで麗華を呼んでもらったほうがよかったんじゃないの? ターゲットを本当に殺した人間は、こっちの内部情報を知ってる可能性があるのよ? それに下手すれば、その情報が外部に漏らされたりしたらどうするの? 詳細を確認する人間が寝不足で話を聞くのが遅れました、なんて言い訳できる状況じゃないことはわかってるでしょ?」

「耳元で騒がないでくれ」

 希の声を聞きながら、圭が迷惑そうに一蹴した。

「状況はお前よりわかっている。だが何の準備もなしに河上から話を聞いただけでは、こちらもいざとなったときの判断が遅れて動きにも支障が出る。その上取り返しがつかなくなったら、お前はどうするつもりだ?」

 圭のその理路整然としたその言葉に、希は黙り込んだ。だが圭はそう言って希に向きなおると、安心させるように少し笑って、肩に手を乗せた。

「私を信じてくれないか。私も信じてるから、お前のこと」

「………………」

「わかったら早く帰ろう。海斗が待っている」


                        *


 圭と希がマンションに戻ったその日の夜9時頃、麗華がやってきた。十分に精神がとれたのか、徹夜明けにも関わらず、すっきりとした表情をしていた。

 長い黒髪を高く後ろでくくっているのは昔からだ。アーモンド型の目の輪郭がきれいに映えている。

「だいたいの内容は代表から聞いたでしょ? ターゲットにたどり着いた頃には、もう既に他の誰かに殺されていたのよ」

 麗華が、はきはきとした口調でそう伝えた。

「ああ。そう聞いた」

「ええ、その証拠もちゃんともらったわ」

 希はおもむろに、一枚の写真を取り出してテーブルに置いた。麗華はその写真を手に取ると、すぐに机の上に放った。

 ターゲットの男、櫻田(さくらだ)宗佑(そうすけ)が後頭部を撃たれ、机に突っ伏して死亡している写真だった。モノクロだが、確かにターゲットであることに間違いはなかった。

「この写真の証拠というのはどこだ? お前が撮ったものか?」

「ええ、とっさにね。写真の左下を見て」

 麗華が、写真の左下に記してある時刻を指差す。〝AM0:00〟となっている。本来の制裁執行予定時刻だ。

「間違いないようだな」

 圭が冷静に状況を見極めた。

「本来、この時刻に殺すはずであったターゲットが既に死亡しているということは、この時刻以前に殺された。つまり端的に言うと、この時間帯に殺されているということはありえないということだ」

「ええ、そうよ。ありえないから私も一瞬混乱したのだけど、とっさに証拠となるものをと思って、小型カメラで撮って、その場から抜け出したわ」

「河上、ひとつ確認をしたいんだが」

 圭が麗華に視線を向けた。

「なに?」

「今回はこの櫻田本人と、この時間に接触するはずだった男……名前は」

相川(あいかわ)(さとる)

「その男の二人のスケジュールを別々に動かして、その相川に櫻田を殺させたことにする予定だった。その後の相川悟はどうなっている?」

 本来なら、その後に相川が接触して警察に逮捕される、という筋書きだったのだが。

「そのことなんだけど……」

「?」

「変なのよ。直前まで情報を確認しながら、この二人のスケジュールを動かしていたから間違いはないのだけれど、ネットワーク上は何も異常がないにも関わらず、相川はそのスケジュール通りに動いていないのよ。まったく接触がないの」

「……なんだって?」

「つまり私の計算では、この1分後に相川は櫻田の死体と接触することになっていたけれど、相川はその日、この櫻田のビルに来ていないのよ」

「0時以前にも?」

 麗華は圭の言葉に、慎重にうなずく。

「それは、ちょっとまずい」

 圭が低くつぶやいた。鬼気迫るほどの緊迫感がその表情に浮かんでいた。

「どういうこと?」

「こちらのネットワークを把握されていた可能性があるぞ。こちらの動きをずっと観察していた可能性もな」

「あえて私が動かしていたスケジュールに手をつけず、動かされていたふりをしていたのかも知れないわ。そして制裁執行当日、あの時刻より先に他の第三者を使って櫻田を殺させ、こたちらを混乱させようとした…とか?」

 麗華が、まさかというような口調で続けた。表情が青ざめていた。

「危うく世間の目にさらされるのは、私だったのかもしれないってこと?」

「そういうことだ」

 圭の目つきがさらに険しくなっていた。麗華も同様だ。

 久々の前線復帰の『制裁』で、あろうことかつまづいてしまい、圭と希の手まで借りなくてはいけなくなってしまった。歯がゆく思っているに違いない。

「相川の行方と、櫻田を殺した〝第三者〟の特定が最優先だ。私と希はその作業にあたる。河上」

「ええ、そのスケジュールのデータ抹消をするよう本部に連絡するわ。すぐに本部に行ってネットワーク回線に異常がなかったか、もう一度調べてみるから。悪いけど頼むわね」

 また連絡するから、と麗華は立ち上がり、すぐに本部へ帰っていった。

「希。もう一度相川悟の情報を整理しよう。奴の動く範囲は決まっている。調べればすぐにしぼれるはずだ。急ぐぞ」

「わかった」

 圭は部屋へ戻り、今回の『制裁』の書類をまとめてファイルから引き抜き、リビングのテーブルへ広げた。希も調査でわかった相川の行動範囲のデータが整理されたUSBを持ってくると、すぐさま小型のコンピュータへつないだ。

 コンピュータが立ち上がると、圭は希と交代し、すぐさまキーを叩きはじめた。常人では考えられないスピードだ。

 ふだん光をほとんど反射しない無機質な双眸が、このときは《黒豹》のように鋭く光を放つ。狙った獲物は逃さない。

 相川悟の1週間の起床時間、外出時間、外出先、服装、昼食時間、接触人物、移動手段、帰宅時間に、そして就寝時間──。

 素人には理解不能な速さで、10から15、15から30の角度へ解析を進めていく。

「わかったぞ」

「え?」

「相川はこの1週間、携帯端末を使用していない。動かされたふりをしていたのでも、他の第三者を使って櫻田を殺させたのでもない。その証拠に、奴の端末の痕跡がまったく見当たらないんだ。携帯電話を買い換えている可能性がある。最後の通信記録は3日前だ。今は9月4日だな。9月1日の相川悟が立ち寄った店は、ここの携帯ショップだ。希、ここに置いてある端末の機種をすべて調べてくれ」

「了解」

 10秒経過。キーをさらに叩く。「出たわよ」と画面から目をそらさずに伝える。

「置いてある機種は6種。その中での購入履歴が、この日は3台。わかるのはここまでよ。相川が何を買ったのかまでは、セキュリティーがかかっていて──」

「かせ」

 希がたたいていたコンピュータのキーボードを圭が3回叩くと、絶対に解くことはないはずの店の個人情報がずらりと出てきた。

「見ろ」

「………あった」

 

 相川悟

機種端末 a87○○△5fes

番号 070―○○△─××54 

 購入時間 午後三時五十七分

 暗証番号 sakuradawokorosu


「間違いないわね」

「なんとも稚拙な暗証番号だな」

 おそらく前の携帯電話は、既に店側によってデータは削除されているだろう。それはさすがにどうすることもできないが、新しく更新された情報ならば、どこまでも追跡することは可能だ。

「何で前の携帯電話が使えないことに気づかなかったのかしら。麗華に限って」

「おそらく相川は、店側にデータの削除は頼んだが、端末そのものまでは渡すことはできなかったんだろうな」

「なぜ?」

「もしも、という恐怖と可能性だ。店側の不注意で、もしもその携帯の端末にデータが残っていたら? 櫻田と交わしていた通信履歴、メール、その他のブラック情報が、見られたくない誰かに知られる可能性が無いとは言い切れない。つまり以前使っていた携帯の端末は、情報が漏れることを恐れた相川が所持しているということだ。データが削除されていても、端末そのものが破壊されていなければ、私たちはそのネットワークが生きていると把握してしまうんだ」

 専門分野ならではの分析を淡々と、しかし忌々しげに圭は吐き捨てた。

 こういうケアレスミスを嫌う彼女の表情は剣呑であり、切り裂くような危険な光が宿っている。

 それは麗華に対してではなく、自分自身に対しての怒りである。15年、組合トップというプライドは、彼女にとって何より誰にも譲れぬもの。何故この仕事を知っていながら、気づくことが出来なかったのかと思っているに違いない。

「ねぇ圭、ひとつ聞いていい?」

「……なんだ」

 目つきを険しくしたまま、圭は面倒くさそうに答えた。今はそれどころではないとでも言っているようだった。

「あたしに指示してくれない? あたしはどうすればいいの?」

 圭は一瞬目を見張り、そして閉じた。しばらく黙考していた。

「圭」

「ちょっと黙ってくれ。今考えている」

「考えなくていいわ。何を考える必要があるの?」

 希のその言葉に、圭が怪訝な表情で見つめる。

「あたしたちはパートナーなのよ」

 圭の眼が少し揺らぎ、そしてあきれたような笑みが浮かんだ。

「そうだったな」

 しかしその笑みが一瞬だけであったことを、希は決して見過ごしていたわけではなかった。


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