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02.暴君は斯くの如し




「若様、お怪我は……」


 うろたえつつも安堵のにじんだ声を発する執事――エリックという名前だと、意識が告げた――に対し、トーマはいい加減に手を振りながら立ち上がった。

 というか、若様などという呼び名に応えるのを躊躇した、というのが正解なのだが。三十路を越えた現代日本人的感性からすると、どうにも冗談で呼ばれているような気がして仕方がない。

 いや、冗談というならばこの状況そのものか。

 トーマはこめかみを指で押さえつつ状況を整理した。

 ここはイゼリア帝国、アーガスライト伯爵家の邸宅。でもって自分は伯爵の一人息子。御年十一歳のクソガキもといクラウス・トーマ・フォン・アーガスライト・シュトラウス。目の前の執事はエリック、メイド娘はセイラ。

 そして――


「…………」


 トーマは胡乱な眼で、少し離れた空間を見据えた。

 そこには、彼より頭一つ分ほど背の低い――つまり、文字通りの意味で幼い少女が二人、両手を握り合いながら小刻みに震えていた。

 容姿だけを見るならば、将来が楽しみになる類の娘たちといえるだろう。長く伸びた黒髪を、片方は背中までストレートに垂らし、もう片方はポニーテールのように束ねている。瞳は焦げ茶色。今は涙で曇りまくっているが。

 補足するなら、二人はまったくもって同じ容姿をしていた。つまりは双子ということだ。名は、ストレートの髪の方がアリア、ポニーテールがサイア。

 それだけならまだよろしい。

 よろしくないのは、二人の身分が、トーマ付きの侍女見習兼遊び相手、という名目の奴隷兼サンドバッグであったという一点に尽きる。

 ついでにいうと、そもそも先刻、トーマが転倒していたのには、この双子が関わっていた。いや、別に彼女たちが何かしたわけではない。

 いつものように癇癪を起こしたクソガキもといクラウス・トーマ少年(理由は覚えていない。多分、空が青いからとかピンクの象が空を飛んでたからとかいったところだろう)が、いつものように双子の少女を小突き、蹴りつけ、許しを乞いながらよたよたと逃げる彼女たちを追いかけている最中に石ころに躓いた――という、割とどうしようもない経緯だったりする。

 トーマはとりあえず、彼女たちに歩み寄った。

 途端に、双子は目に見えて全身を震わせ、


「お、お許しを……」

「責めは僕が……アリアは、アリアは悪くないんです……」


 歩み寄った彼を見上げつつ、嗚咽しながら切々と訴える。


 ……どないせいっちゅーねん。


 トーマは内心で大いに嘆息した。

 在りし日のクラウス・トーマ少年は、こうした光景に神経をささくれ立たせる類の人種であったらしく、いつもならばさらに蹴り飛ばすくらいのことはしたようである。というか、その種の前例がこの体の記憶にいくつも残っている。

 もちろん、中身が三十三歳の現代日本的中年であるトーマには、そういった趣味はない。

 イエス・ロリータ、ノー・タッチ。子供は子供として庇護すべきだという常識を有している。もちろん、かのクラウス・トーマ少年のようなクソガキであれば鉄拳制裁も辞さないが。


「若様、どうか……」

「この娘たちも、決して悪気があったわけではないのです、若様……」


 エリックとセイラもまた、すがるように口添えしてくる。

 何というべきか、バカ様といわれているような気分になるトーマであった。状況的にまさしくクラウス・トーマはバカとしかいいようがない事実がまた心をえぐる。

 つか、おたくらも口でいう前に実力で制止したらんかい――と思うのだが、そうもいかないのだろう。

 身分がどうこうというのもあるが、この世界での「貴族」、それも伯爵家クラスとは、物理的な意味で平民階級とは能力が異なる。わかりやすくいうと、十一歳のクラウス・トーマ少年でも平民の大人と正面から殴り合いができるくらいには筋力がある。

 そんな身体能力で、年端もいかない女の子二人を小突きまわすというのは、あらゆる意味でバカ様としかいいようがないのだが。いやはやまったくもって。

 ジーザス――と内心で呟いて、トーマはため息をついた。

 双子と、執事と、メイドとが、それぞれびくりと体を震わせるのがわかった。

 それだけで、彼ら彼女らのクラウス・トーマに対する評価が理解できる。暴君とは、まさに彼のためにあるような表現だった。

 まあ、それはそれで仕方ない。クラウス・トーマ・フォン・アーガスライト・シュトラウスの自業自得だ。

 素早く内心で決着をつけると、彼はアリアとセリアを見据えた。二人とも、何度も蹴飛ばされ、突き飛ばされたため、本来は可愛らしい顔もメイド見習いを示す制服も泥だらけだった。


「部屋に戻る。エリック、何か飲み物を持って来い。セイラはこいつらを介抱してやれ」

「は……? は、はい、ただちに!」

「あ、ありがとうございます!」


 投げやりに命じると、エリックとセイラは安堵もあらわに大きくうなずいた。

 こんなことで礼を言われるって十一歳ってどうよ――

 トーマはそう思い、もう一度溜息をついた。






 私室プライベート・ルームの椅子にもたれかかりながら、トーマはテーブルに視線を走らせた。同時に、我知らず胸ポケットを探る。

 そして、テーブルの上に灰皿がなく、ポケット内にシガレット・ケースもライターもないことに気づいて今更に舌打ちする。畜生、煙草すらろくに吸えないとはどんな地獄だ。

 かなりのヘビー・スモーカーであった葛城当麻――トーマにとり、イラついたときにニコチンが補給できないというのは大いなる苦行であった。

 こればかりは、ないものは仕方ないなどと割り切ることが不可能だった。人間、どうしても譲れない一線というものがある。


 まったく、考えることは山ほどあるというのに煙草がないとは。

 トーマは天を仰ぎ、こめかみを押さえた。

 落ち着け、と自分に言い聞かせる。まずは頭を冷やして今後を考える必要があった。

 葛城当麻は死んだ。

 それは間違いなく、納得もしている。

 次に目覚めたらクラウス・トーマ・フォン・アーガスライト・シュトラウスとなっていた。

 これも間違いはない。納得はしたくないが。

 したくはないが現実として受け入れるのにも吝かではない。

 これは何なのか、転生とか憑依とかそういうことなのか? おお仏陀よ、貴方はまだ昼寝されているようだ。タチの悪い冗談にもほどがある。Damn it(くそ).もし会うことがあれば渾身の右ストレートをくれてやる。


 一通り神とか運命とかへの呪いの文句を脳内で並べたて、トーマはため息をついた。実に不毛な思考に陥っている自分に気づいたからだった。

 遺憾ながら、こうなっては是非もなし。現実は現実として対応せねばならない。

 さしあたりは、どのようにこの現状に対応すべきかだが。実はもう、彼は既に覚悟を決めている。

 そう、「暴君」クラウス・トーマ・フォン・アーガスライト・シュトラウスとして生きていくしか、もはや道はないのだ。言い換えれば、葛城当麻として自儘に生きることも諦めねばならない。

 トーマは頭痛のする思いでそのことを確認した。

 深く考えるまでもなく、十一歳のガキがある日突然「前世の記憶を思い出した!」などと口走ったところで、信じてくれる人間がいるなら世の中世話はない。例えこの世界がファンタジーだとしても。というか、もし当麻がそのような子供に出会ったとしたら、生暖かい目で見つつ遠ざかるだろう。自身の幼き頃に何かしら黒歴史がある大人なら胸を痛めつつ微笑んでくれるかも知れないが、それはともかくとして。

 さしあたりの前提として、クラウス・トーマのキャラクターを崩すことはできない。いきなり人が変わったとなれば、誰もが不審に思うだろう。いや、それだけならいいが、変な病気かと思われては面倒なことになる。

 といって、葛城当麻には、クラウス・トーマの如く使用人を足蹴にする趣味などないし、必要以上に偉ぶるほど自己顕示欲が強くもない。

 結論。さしあたりはこの体に残るクラウス・トーマの記憶と整合性が取れるような言動を取りつつ、徐々に素の性格を出していくよう慎重に事を運ぶべし。まあ、思春期を境に性格があるていど変わることは珍しくないので、二、三年かけてゆっくり周囲の認識を変えていけばよい。まことに面倒で泣けてくるが。神仏なるものにもし会えたなら右ストレートに加えてヤクザキックも食らわしてやる。


 ――とりあえずはそこまで思考を進めた頃、こんこんとノックの音がした。

 入れと応えると、台車ワゴンにティーセットを乗せたエリックが入室してくる。先ほどの「飲み物を持ってこい」という命令を忠実に果たしたものらしい。


「お待たせいたしました、若様」

「ああ」


 ニコチンの欲求に耐えかねて、返答がおざなりになった。

 もっとも、そうした反応はクラウス・トーマにとっては日常であったようで、エリックは当り前のように粛然と会釈する。

 目の前のテーブルにカップを置き、茶をそそぐ初老の執事をトーマはしばし無言で見守った。

 別に不愛想を気取ったわけではなく、クラウス・トーマのキャラクターを掴みかねていたためなのだが、エリックはそうは受け取らなかったようだ。


「その……若様」

「何だ」

「僭越ながら、あの双子のことでございます」


 エリックの眼には沈痛なものがあった。

 内心で、トーマはため息をつく。

 先刻、自分を見上げた二人の眼が記憶に蘇っている。純粋な恐怖と懇願。あの娘たちにとり、クラウス・トーマは暴力と悪意の権化でしかない。


「いってみろ」

「はい。あの娘たちは、貴族でも騎士でもない、庶民の娘にございます。今日のように……その、懲罰を繰り返せば、遠からぬうちに体を壊してしまいます」

「ふむ。それで」

「……、庶民の、それも年端も行かぬ娘を徒に殺傷すれば、若様の武名にも傷がつきましょう」


 恐る恐る腫れ物に触るように、しかしトーマの眼を正面から見据えて、エリックはいった。


「いいたいことはそれだけか」


 トーマは努めて、低い声を出した。

 むろんのこと、内心ではエリックの言葉に全面的に賛同すると同時に、幼い暴君に面と向かって諫言した勇気と良識を賞賛している。

 状況が許すならば「まったくその通り」と大いにうなずいて握手を求めただろう。

 しかし、今の彼はクラウス・トーマを演じる必要があった。


「使用人が一人二人壊れたとて、それはよくあることで、不幸な事故だろう。口さがない者がぺらぺら余計な舌を踊らせぬ限りは」

「…………」


 エリックの眼に、絶望の色が混じった。

 しかし、その絶望が完全に広がりきる前に、トーマは自分の知識が許す限りの範囲でフォローを入れた。


「とはいえ、女子供を徒に殺めることが貴族にあるまじき行為であることもたしかだ」

「若様……!」


 そっぽを向いて、トーマは続けた。


「下がれ。お前の忠言は胸に留めておく」

「……ありがとうございます」


 だから、このていどでいちいち礼をいわれる十一歳ってどんなだったのよ――

 トーマは心から閉口し、そしてつくづくと思った。

 ああ、むせ返るほど煙草が吸いたい。



 





 自室でトーマは独り、物思いに沈む。



 アーガスライト家は、伯爵とはいってもその歴史は浅い。といって、決して軽くもない。イゼリア帝国でも一、二を争う大貴族、シュトラウス公爵家の分家だからだ。

 具体的には、現アーガスライト伯爵フランツ(つまり、クラウス・トーマの父)は、シュトラウス公クリスティーネの弟に当たる。

 そしてそれは、帝国でも最高クラスの魔導の血脈を伝える血統ということでもあった。


 そもそも、この帝国における貴族、騎士とは、かつて葛城当麻が生きた世界でのそれとは大きく意味合いが異なる。

 この世界には、魔導というものが存在する。

 そして、イゼリアの貴族諸家の当主たち、あるいは騎士号を持つ者たちは、全員がその魔導の使い手――魔導士である。逆説的にいうならば、魔導士でなければ貴族の当主を継ぐ資格はなく、騎士号を与えられることもない。


 彼らは生まれて間もない頃は常人と変わらない。だが、五、六歳を迎える時期に最初の変容を起こす。身体能力が飛躍的に向上するのだ。

 これにより、十歳になる頃には常人の大人に匹敵、あるいは凌駕するほどの運動能力を備えるに至る。筋肉は高密度に引き締まり、臓腑は強靭に成育し、脳髄はそれらの能力を制御しうるほどに発達する。余談ながら、細胞単位で常人の子供からはかけ離れるため、彼らは例え身長130センチていどの細身の童でも、体重は60、70キロに達していることは珍しくない。

 ただし、この恐るべき変容に耐えられない者も存在しており、およそ一割程度は身体の急激な改変が一種の癌となって死亡する。


 そして、生き残った者にも、魔導の血脈はさらなる試練を下す。

 第二次性徴期――いわゆる思春期において、肉体はさらなる発達を遂げる。十歳の段階で成人男性に匹敵していた運動能力が、さらに倍加する。むろん個人差はあるが、現代日本に例えるならば平均で五輪に出場できるレベル、はなはだしい者になると素手で鉄剣を楽々へし折れる領域に達するのだから、その変容は常識外という他はない。

 そして、何より重大なことに――

 発達した肉体に、一般的なイメージにおける魔導が宿るのだ。いや、魔導を宿すために、肉体が強靭無比に造り変わる、そう表現すべきかも知れない。

 炎を起こす術を得る者、空を舞う術を覚える者、水中で生きる術を身につける者等、その種類は千差万別だ。だが、いずれにせよ、目に見えて人から外れた力を身につけることは確定している。

 この二度目の変容に伴う試練は過酷で、死亡率は二割に達する(例外中の例外として、幼少期に第一次変容がなかったにも関わらず、思春期に第一次・第二次変容が一気に起こることもごく稀にある。この場合の死亡率は実に六割以上である)。

 十人に一人が死亡する第一次変容を生き抜き、五人に一人が死亡する第二次変容をくぐり抜け、そして名実ともに人外の領域に達した者のみが、イゼリア帝国では貴族としての爵位、あるいは騎士号を与えられるのである。


 さて、貴族は下から順に男爵・子爵・伯爵・伯爵・公爵の五つの爵位からなる。彼らはすべて帝国内に領地を有し、その地位は世襲する。

 また、数々の特権に伴う義務として、帝国軍に必ず籍を置いており、領内でも一定の兵団を保有し、緊急時には率先して前線に赴くことが求められる。

 宮廷において文官の地位につく者も多いが、貴族の存在意義はまずもって帝国の矛となり盾となることである。


 対して騎士は、領地を持たず、帝国から所定の禄を支給される身分である。

 軍に編入され、前線に立つことを求められる点では貴族と変わらない。それに伴い、多くの特権も認められる。

 だが、貴族との最大の違いとして、彼らの地位は世襲しない。

 どれだけ功績を立てたとしても、彼らの息子ないし娘が騎士の地位を受け継ぐことはないし、貴族に昇格することもない。



 貴族と騎士を分ける基準は明快である。


 ――魔導の素質を次代に引き継げるか否か。


 はっきりいってしまえばこの一点に尽きるのだ。


 貴族たちは、ほぼ間違いなく魔導の血脈を次代に引き継げる。

 彼らの息子ないし娘は(二度の変容に耐えられればという条件付きではあるが)まず間違いなく魔導士として生まれ育つ。

 もちろん世の中には例外があり、貴族の直系でも第一次変容が起こらず常人と変わらぬ成育をする者もたまに出るのだが、そうした者でも子孫が魔導を発現する可能性は高いため、貴族籍を失うことはないし、相応に遇されもする(ただし、爵位を帯びることは絶対にあり得ないが)。

 そして、彼らは長い歴史の中で貴族同士の縁組を繰り返し、魔導の血を保ち続けてもいるのだ。

 要するに、人外同士で交配を繰り返し、人外としての種を確立したといいかえてもいいだろう。



 対して騎士は、いわゆる先祖返り、隔世遺伝だ。あるいは突然変異なのかも知れない。

 彼らは庶民の中から偶発的に魔導の血を発現させ、貴族に並ぶ力を手に入れた者たちだ。

 判明する限りにおいてだが、彼らは先祖に貴族の血統を持っていることが多い。

 だが、その血脈は弱く、一代限りに終わることがほとんどである。


 かつてそうした「一代限りの魔導士」は、生粋の貴族たちからは雑種と見なされた。騎士という階級が成立する以前の彼らは、庶民からは恐れられ、貴族からは見下される存在でしかなかった。

 彼らはやむなく軍に身を投じ、その異能をもって食い扶持を得た。

 だが、帝国総人口が拡大し、貴族の庶流が増え、魔導の血脈が薄くともそれなりの広がりを見せ始めたことにより、「一代限りの魔導士」は徐々に数を増やす。

 彼らに対し、貴族に準じる者としての「騎士」の称号が与えられ、その地位と待遇について法的な整備がなされたのは、今からおよそ四百年前である。

 もっとも、これを制定した当時の皇帝ラーゼリュア、そして帝国政府にとっては、彼らを軍隊に完全に取り込むためにとりあえず暫定的に決めたものでしかなかったようだ。

 だが、彼ら黎明期の騎士たちの働きは、皇帝、そして貴族たちすら瞠目させるものだった。


 騎士たちは、他に居場所がなかった。


 強すぎる力が故に庶民の中には混じれず、魔導の血を連綿と受け継ぐ貴族からは蔑まれた。

 彼らにとり、軍隊、そして戦場こそが、自分たちの存在価値を知らしめる唯一の舞台だったのだ。


 折しも、当時の大陸は動乱期にあり、彼ら第一世代の騎士たちの望む戦場はそこかしこに転がっていた。

 ラザルガーン戦役、大陸西部大戦、対ジーラッド神聖皇国戦……

 幾多の戦争をイゼリア帝国が乗り越え、大陸最大の版図を持つ超大国として覇権を得た一因が騎士たちにあることは、後に「征帝」と呼ばれたラーゼリュアが全面的に認めるところとなった。

 少々意外なことだが、貴族たちの大半もそれに異議を唱えなかった。

 先述のように、生まれ落ちたその時から将来的に帝国軍の一翼を担うことを求められる貴族たちは、大陸の動乱期においてほぼ全員が過酷な実戦経験を有しており、騎士たちと肩を並べて戦ったのだ。

 命を救った者、救われた者。劣悪な戦況下で泥と血にまみれつつ、互いに励まし合った者。

 極限の環境を共に過ごした戦友として、貴族たちは騎士を讃え、認め合った。

 やがて退役した騎士たちに対し、自分の血縁を娶らせ、一門に迎える貴族も少なくはなかった。

 そこまでいかずとも、自家において家臣に取り立てる者もいた。あるいは、騎士の子息が軍人ないし文官となることを望んだとき、その後押しをする者もいた。

 その気風は現在でも続いており、騎士号を得た者に対し、退役後に貴族が自領へ迎え入れる、あるいは帝国政府そのものが官吏として迎え入れることは、慣習の一つとなっている。


 現在の帝国において、貴族は約二百家、うち現役で軍籍を持つ者が七百名ほどであるのに対し、騎士号を持つ者は約二千名。帝国総人口が七千万ほどといわれているから、貴族・騎士を合わせても万分の一にも届かない割合である。

 ちなみに、貴族にせよ騎士にせよ、魔導が使えるか否かが最大の条件なので、性別が問われることはない。女の騎士、女の貴族当主はまったくありふれている。

 歴代のイゼリア皇帝も、半数以上が女性である(かの「征帝」ラーゼリュアも女性であった)。第二次変容を乗り越える割合は女子の方が多いとする統計もあるため、貴族諸家は娘が生まれることを喜ぶ傾向すらあった。


 帝国が成立してすでに五百年、農耕や商工技術も発展し、庶民においてもそれなりに豊かな者が多くなっているが、国の上層に貴族、騎士を配する体制に変化はない。

 それはまさに、彼らが魔導をその身に宿し、戦時においては常に陣頭に立ち、膨大な戦果を叩き出すという現実に基づいている。

 何より、庶民のほぼすべてにとり、貴族と騎士は畏怖と恐怖の対象だった。

 そして、彼らのさらに上に立つ皇族と、皇帝その人も。





 ……以上のようなことを記憶から引きずり出し、整理しながら、トーマは嘆息した。

 彼は十一歳。

 おそらくはもう間もなく、五人に一人が死ぬという第二次変容を迎える時期にある。


「ロシアン・ルーレットもいいところだよなぁ……」


 世の中、神も仏もありゃしない。そのことを今更に思い知るクラウス・トーマ・フォン・アーガスライト・シュトラウス――葛城当麻。死を覚悟するのは一度だけで充分のはずでないかいと思う今日この頃であった。


 




 

 二、三日に一度は投稿したい今日この頃。

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