森由美さんはツッコミを入れたい(お題・特定秘密保護法)
わたしの名は森由美といいます。信条は“目立たないように隠れないように”。つまり、皆の中で無難な立ち位置を確保していたいんです。当然、インターネットの利用方法も基本的にはロム専で、当たり触りのない立場を貫き通しています。思想主義の偏りは、一切ありません。長いものに巻かれるつもりバリバリです。
ところが、そんなわたしには、自分の信条に相容れない困った気質があるのです。
実は“ツッコミ気質”なんです、わたし。
だから、ボケに触れると、どうしてもツッコミを入れたくなってしまう。目立ちたくはないのに。
ただ、普段はそれが表に出る事はありません。他の誰かがツッコミを入れてくれれば、それで満足ができるからです。
ところが新学期になって新しいクラスなるとそれが難しくなってしまったのでした。あ、わたしは高校二年生だったりするのですがね。
そのクラス、なんと全員が“ボケ気質”なんです。なんという奇跡でしょう? 国士無双十三面待ちを四人が同時にテンパイするよりも確率が低いかもしれません。もしかしたら、わざと集めたのじゃないかとすらわたしは疑っていますが。何の為にかは分かりませんが。
もっとも、普通の授業の時は、まだマシなのです。あまりボケるチャンスはありませんから。ですが、HRの時は別です。ここぞとばかりに皆さんボケ始めるのです。因みに、担任の松田先生もボケ気質だったりします。しかも、けっこう重度の。だからこそ、手が付けられないのですが。そして、その日のHRもそうだったのでした。
「ほら、時々、問題のある授業をやってニュースになる教師がいるだろう? 授業で遺体写真を見せたり、生徒に死ねって言っちゃったり。
まぁ、先生も問題だって思うんだけど、考えてみれば、先生が子供の頃も、なんかアレな先生ってそれなりにいたなって思うんだ」
その日のHRは、松田先生のそんな語りから始まりました。
「ヤクザみたいな顔して、本当にヤクザみたいに小学生に向かって脅し文句を言ったり。あの当時は恐かったけど、今にして思うと、小さな子供を相手になにやってるんだよ?って感じだよな。他にも子供に変なあだ名つけるのが大好きな先生とか。変な企画を出して来る先生とか。そう言えば、先生は小学校の頃、担任の先生から“この子は絶対、落ちこぼれになる”って宣言されたなぁ」
最後のは、今の先生を見ていると少しだけ言いたくなる気持ちも分かるような気がします。少しだけ。先生は更に続けました。
「そんな事を思い出したら、先生、問題になる授業と平気な授業の境界線って何処なんだろう?って疑問に思えて来ちゃってな。
それでな、先生。だから、そういうのをやってみたいと思うんだ」
何を言っているのでしょう? この先生は。また、語り始めます。
「先生、この前な。ニュースで解説者が、“ドライキャスク”について述べていたのを聞いてビックリしたんだよ。
ドライキャスクってのは、核廃棄物の保管方法の事でな。これをやると、より安全に原発の核廃棄物を保管できるのに、何でか日本では行われていないんだよ。ドライキャスクをやると、六ヶ所村の再処理を促し難くなるからじゃないかとか言われているみたいだが、本当かどうかは知らない。
それでな。このドライキャスクを、何故かテレビでは滅多に報道しないんだよ。不思議な話だけどな。だから、先生はニュースの解説者がドライキャスクについて説明していたのを聞いて驚いたんだけどさ。
他にも先生が似たような経験をした事は何度かあるぞ。以前、国の一般予算よりも遥かに大きな規模を持つ特別会計は雑誌とかだとその存在が話題になっていたんだが、テレビでは流れていなかったんだ。ところが、小泉さんが自民党の選挙で大勝して権力構造が変わった途端に、テレビで流れ始めたんだよ。
おかしいって思うだろう?
他にもネット上では熱く反対論が出ていた人権擁護法案もテレビでは話題になっていなかったし、民主党政権時代に管総理が“年収一千万円以上の高齢者の年金を減らすべき”とか、そんな発言をしていたのに、それがテレビではカットされていたり。
その他にも重要な法案がいつの間にかに通っていたりってあるよな。先生、恥ずかしながら、国民総背番号制が本決まりになっていたのを最近まで知らなかったよ。もっと、テレビとかでやっても良いと思うのだけどな。
ま、何が言いたいのかっていうと、情報ってのはとても重要で、だから国の上の方の何者か達は、それをある程度はコントロールしているっぽいなって事なんだよ。
それでだ。ここで、特定秘密保護法を思い出してもらいたいんだけどな」
わたしはそれを聞いて驚きました。思いの外、真面目な滑り出しだったからです。
「この法律は、簡単に言ってしまえば、国の公開したくない情報を秘密にできるってものだ。アメリカとの軍事協力をし易くする為とか、色々と言われているみたいだが、多分、政治家や官僚はそれ以外の目的でも、これを使うつもりだと思うんだ。
ただ、そんな難しい話を聞いても、よくイメージできないだろうから、先生はこう提案したい。
もしも、お前達が自由に情報を秘密にできるとしたら、一体、どんな情報を秘密にするか?
それを考えてみろ。まぁ、個人情報保護法なんてもんもあるがなぁ」
わたしはそれを聞いて思います。なんだか、話が怪しく転がり始めたな、と。
そこで越谷君という男生徒が手を上げました。
「はい」
「よし、越谷、言ってみろ」
「僕の密かな恋心を秘密にします」
「うん。ごめん。死んでくれって思っちゃった」
松田先生は腕を組み、そう言って項垂れた後、顔を上げてこう言います。
「でも、流石に今のは、先生、悪くないと思うんだ」
皆はそれに頷きました。同意見だったようです。口直しだと言わんばかりに、別の男生徒が手を上げます。
「はい。二組の立石さんの密かな恋心は、どうでしょう?」
先生はこう言います。
「有りだな」
私はそれを聞いて思います。
始まったか…… と。
別の男生徒が手を上げました。
「五組の猪俣さん」
「それも有りで。あの子、いいよね。温かい雰囲気で」
そしてまた別の男生徒が。
「三組の菊池さん」。
「マニアックだな。しかし、有りだ」
そして更にまた別の男生徒が……。いつの間にか、書記の久谷さんが前に出て来て、黒板にメモを取り始めています。
その光景を受けて、わたしは心の中でツッコミを入れました。ああ、声に出したいと思いながら。
“……これ、違う。情報の秘密とかじゃない。単なる女生徒人気投票だ”
やがて、二組の長谷川さんの名前が出たところで、綿貫という女生徒が抗議しました。
「異議あり。どうして、うちのクラスの女生徒の名前が一人も出ないのよ!」
わたしは思います。
“注意すべき点は、そこじゃないでしょう!”
そして、それを受けると、松田先生は神妙な顔つきになって言いました。
「それは、察してやれ、綿貫……」
こう続けます。
「うちのクラスの男生徒達の、意外にシャイな一面…… 有りで!」
そして、黒板を指差しました。久谷さんはそれをそのまま書きます。『男生徒達の意外にシャイな一面』と、そう。
――って。
“これ、なんなのぉ!”
と、わたしは心の中でそう叫び、何とかツッコミを我慢しました。もう、訳が分かりません。……その、一呼吸の間の後で、園上さんが手を上げました。
「なんだかんだ言って、わたしはやっぱり“犯罪”を隠したいです」
それに松田先生は深く頷きます。
「そうだな。何でも自由に情報を隠せるのなら、それが順当なところだよな」
なんでか話題は元に戻ったようです。
「ほら、よく“犯罪を犯すなら未成年のうち”とか言ってる奴がいるけどさ、人生の初期でそんなハンデ背負ったらけっこうなもんだぞ? だから、先生は馬鹿な事だって思う。いじめもそうだな。もし、罪になったらそれからの人生を台無しにしかねない。そうでなくとも、内申書には響く。
先生は、自分の生徒が、そんなメリットとリスク評価をきちんとできない人間になって欲しくはない。だから、大反対なんだ。しかし、情報を完全に隠せるのなら、話は別だ。犯罪でも何でも有りだな」
……でも、なんか物騒な事を言い始めました。論点がちょっとと言うか、かなりおかしいし。それに園上さんはこう応えます。
「誤解をされるのが嫌なので言いますが。わたし、まだ、犯罪を犯していません」
“まだ”って……
声に出して、ツッコミを入れたい。
それに松田先生は頷きながら、こう返します。
「分かっている。情報を隠せるのならって話だよな。その通りだ。リスクを考えたら犯罪なんて犯せない。ただ、逆を言えば、それは情報を隠せるのなら、犯罪をやってみたくなるって話だよな……」
わたしはそれを聞いて思いました。
あれ? ちょっと真っ当な話になりかけているような……。
これは、やはり特定秘密保護法批判の内容なのでしょうか?
松田先生は続けます。
「政治家や官僚が組織ぐるみで犯した犯罪やおかしな行為ってのは、信じられないもんがたくさんあるんだ。
人が死に至る可能性がある事を知りながら、それを公表しなかった、薬害エイズや薬害肝炎問題とか。福島原発の時、放射能拡散の試算を秘密にしたりとか。東日本大震災の復興予算を関係ない県のご当地アイドルに使っちゃったりとか。
こんな連中がもし、自由に情報を隠せるようになったら何をするか、正直、まったく信用できないと先生は思う。つまり、特定秘密保護法を使って、これから国の上の方の連中は、甘い汁を吸いそうだって思えるんだよ。いや、もう既に吸っているかもしれない」
おお、真面目な話だ。
わたしは少し感動を覚えます。松田先生がボケないだなんて!
しかし、それから先生はこう続けたのでした。
「だから先生は、もっといっぱいがんばって勉強して、政治家とか官僚になって、甘い汁を吸える立場になるべきだって、皆にそう言いたいんだよ。その方が人生、得だぞって。どうだ? 犯罪で楽して儲けて、その証拠の一切合財を隠したいだろう?」
……違った。
そこでわたしは、我慢の限界を迎えました。
「先生ぇ!」
席から立ち上がります。
「教訓にすべき点が、違うでしょう!」
そして、気付くと、そうツッコミを入れていたのです。皆がわたしに注目をしています。わたしは思います。
“やっちゃった……”
その後で、なんでか、拍手が起きました。
パチパチパチ……
松田先生の台詞
他にも先生が似たような経験をした事は何度かあるぞ。以前、国の一般予算よりも遥かに大きな規模を持つ特別会計は雑誌とかだとその存在が話題になっていたんだが、テレビでは流れていなかったんだ。ところが、小泉さんが自民党の選挙で大勝して権力構造が変わった途端に、テレビで流れ始めたんだよ。
おかしいって思うだろう?
他にもネット上では熱く反対論が出ていた人権擁護法案もテレビでは話題になっていなかったし、民主党政権時代に管総理が“年収一千万円以上の高齢者の年金を減らすべき”とか、そんな発言をしていたのに、それがテレビではカットされていたり。
って、部分は記憶に頼って書いたので、正確ではないかもしれません。
ちょっと前に、政府が補助金を出している企業から政治家への献金が話題になっていました。
「法律上は問題がない」
と安倍首相は言っていましたが、その法律を作っているのは、政治家本人なんですよね。自分達にとって都合良く法律作っているだけで、本来なら犯罪にすべき事だと思うのですが……
ルール決定者は、自分達にとって都合良くルールを作るものだと、改めて思ったりしました。