ねえねえかみさま
ロビーについた私はキョロキョロと辺りを見渡した。
人が多過ぎてどれが神様かわからないのではないか不安だったのだが、その心配は杞憂に終わった。
なぜなら一際キラキラと輝いている美形男子が至近距離で看護師を眺めていたのだから。しかもそんな異様な光景に周りの人はまるで見えていないかのように素通りしている。
否、実際に見えていないのだ。
「こんにちは神様」
「あ?」
「聞きたいことがあるんですけど」
「お前可愛くないから無理」
「ぶん殴るぞ」
「お前こそ悪霊に変えてやろうか」
看護師さんの尻から私に視線をうつした神様の容姿を改めて見直す。顔は中性的で美人だ、口は悪いけど。それにストーカーだけど。しかしどうやらこの人が神様らしいのでさっそく本題に入らせてもらうことにした。
「xxx号室の男はいつになったら死ねるのか神様は分かりますか?」
「は?あぁ、わかるよ。」
だって神様だもん!と威張るこいつが神様とはにわかに信じがたい。行動が腹立つ、殴ってやりたい。
でも幽霊だから透けて殴れない。ちくしょう今日ほど幽霊になったことを悔やんだ日はないぞ。
「教えてください」
「え、だめだよ守秘義務」
「はあ?」
「神様にもいろいろあるの、わかる?」
まったく、と言いながら小さく溜息を吐く神様にイライラは募っていくばかりだ。
なんなんだよ神様の事情?わからねえよ。神様の世界的なものなの?ちくしょう面倒くせえな。
「じゃあさーその男と話せたりしないの?」
「神様に出来ない事なんてねぇよ」
「じゃあ寿命教えてもらわなくてもいいから、男と話させてよ!おねがい!」
「えー…」
「おねがいしますー!」
「…。」
とりあえず交渉の末、人間にも見える形にしてくれるそうです。まぁ触ったりは出来ないけど、会話くらいは出来るらしい。
ただし、たった5分だけらしい、けちだな神様のくせに。
ゆらゆらと男のベットの上にただよう。
焦点の定まらないヤツの視界に入り、手を振った。
「ねえ」
「!」
「おーい」
「あ、」
「あなたが殺した女の子ですよー?覚えてる?」
「なん、で」
男の唇が震えて、小さく私の名前を呼んだ。
私に触れようと手が動いたけど、もちろん幽霊だから触れることはできずに空を切った。
「わたし、幽霊になったの」
目の前の男は動揺している。
その顔を見ていると私を殺したなんて嘘みたいだ。
男は数十秒黙って私を見つめていたが、独り言のようにぽつりと言葉を発した。
「しねなかった」
「そうだね、しねなかったね」
男は小さく頷いてごめん、と謝った。
謝るくらいなら早く死んでくれって感じなんだけど、それは言わなかった。だって死ねないんだもんね。
「わたし待ってたのに」
「え」
「待っててねって言われたからさ、待っててあげたんだよ?優しくない?」
「ほんとう?」
男の顔が私を殺したときみたいに、幸せそうに歪む。
歪んでもイケメンなんて不公平だよね、あとで神様に文句いってやろう。いや、きっと馬鹿にされるだけだからやめておこうかな。
「私さ、あんたが死なないと成仏できなくなったみたいなんだよね」
「え、」
「でもあんたはまだ死ねないみたいだよ」
「じゃ、じゃあ君はまだ僕のそばにいるの?」
っていうか死んでからずっと近くにいたよ、と言えば嬉しいと涙ぐんだ。
お前は私を殺したことについての謝罪はなしか。
「これから、ずっと一緒にいられるの?」
「まぁ、そうなるのかな」
「そうなんだ、嬉しいな」
君を殺してよかった、と笑顔で言う殺人犯。
言ってることと表情が一致しない。
「じゃあ、私そろそろいくね」
「え、どこに?どこにいくの?俺と一緒にいるんでしょう?」
「一緒にいるよ?ただ、あんたが私のこと見えなくなるだけ」
「なにそれ、じゃあもう話せないの?やだやだ行かないで!もう君がいない世界なんて耐えられないんだ、もうこの世界からいなくならないで!」
「それは私じゃなくて神様にお願いしないとだめだなぁ…それに、もうあんたのいきてるせかいにわたしはいないんだよ?」
だって私、幽霊だし。
その言葉を最後に彼の視界から私は消えた。