外−1「温泉の町」
シオンとリドルはとある宿場町に来ていた。
時刻は夕暮れ時、けれども多くの人が通りを行き交う。
旅人、商人、馬車、町の人たち・・・
活気溢れるとても豊かに見える町だった。
他の町などでは見かけない「着物」と呼ばれる衣服を纏った女性や馬に荷物を運ばせている男性など、一風変わった光景が二人にとっては新鮮だった。
建物も全て木造で、殆どが一階建ての低層住宅だった。「長屋」と呼ばれる集団住宅も歩く途中で何度か見かけた
「東の方にある島国の建築様式らしいよ。変わってるけど面白いよねー」
リドルがいつ手に入れたのか「黄金の国」というタイトルの本を読みながら言う。
「その島国ではね、建物が全部黄金でできてるんだって。すごいね流石黄金の国ジパ〜ングだよ」
何故か妙にテンションの高いリドルをとりあえず一度落ち着かせることにしたシオンは
「その本、大分昔の本だぞ」
裏表紙に発行された月日が書いてあったので確認したあと、指摘した。
「え」
十年以上前の本だった
数分ほどリドルの足取りが重くなった。何とも分かりやすい奴だなとシオンは改めて感じた
「来たよ、シオン、来たんだよ僕たちは」
しばらくしたら元気になったリドルがまたはしゃぎ出す。だがシオンはやれやれと言わんばかりに溜息をつく。
とりあえずリドルがはしゃぎだした場合、まずシオンにとって良いことは無いからだ。
(ああ、何か事件でも起きそうだな、おい)
ひどい言い様だった。だが実際そうなので仕方が無い。
事件を呼び寄せる力は物語の中の名探偵より優れているものがある
「“オンセン”で有名なサクツの町・・・ついにここに辿り着くことができた」
リドルのお目当て、それは温泉と呼ばれる入浴施設だった。
何でもこの町の宿にはその温泉があって、それはとても大きな浴場だとのことだった。
更に温泉の湯は通常の水と違い、鉱物などに含まれているミネラルなどの物質が溶け込んでいて、それが身体にとてもいいらしい
自分が安らぐことに命をかけているリドルにとって、ふかふかベッドよりも魅力的な物なのだろう
「僕たちの旅の、一つの終着点でもあるこの温泉の都・・・。ああ、長い道のりだった・・・」
わざとらしく鼻をすするような真似をしているリドルを他所に、シオンは町を見渡した。
木造の建造物が立ち並ぶなか、其処彼処に高く聳え立つ灰色の煙突のようなものが見えた。
他の国の工業都市などで良く見た光景だった。違うのは周囲を包む匂いが油や鉄錆の臭いではなく、硫黄によるものだというくらいだ
「銭湯・・・懐かしいな」
「シオン何か知ってるの?・・・オンセン」
「・・・ん、今何か言ったか?」
「え、あ・・・いや・・・別に」
「・・・何だよ、歯切れが悪いな」
シオンは自分で言った独り言を覚えていないようだった。
だがそれはまた別の話。番外編ではシリアスな話をする気は毛頭ないです、ありません
「わざわざ高い金を払ってまでこんな・・・もったいない」
シオンがなるべく安い宿にしようとしたらリドルが猛反論して、かなり高い宿に泊まることになってしまった。
リドルにとってどの宿に止まるかというのはかなり重要な意味を持つものだったらしい
「いいじゃないか、お金はたっくさんあるんだし」
「手に入ったばかりでこんなに使ってたらすぐに無くなるだろ・・・ったく」
「・・・・・・オンセンでは珍しい食材を使ったすごーく美味しい料理が出るんだって」
「・・・・・・珍しい、食材・・・?」
「うんうん」
「美味しい料理・・・」
「うん!うん!」
「・・・・・・・・・・よしっ」
結局その町で一番豪華そうな宿に泊まることになった
「どこに泊まるかはお前に任せるよ、なるべく料理の美味しそうな感じするところ選べよ」
「おけおけー、任せなさいって」
リドルは魔法の腕前からも分かることだが天才肌な面があるので、それの一因かは知らないがとにかく勘がいい。推理小説の探偵並みに鋭いときがある
(普段は脳内が万年春みたいな奴だけどこういうときは頼りになるからなぁ・・・)
「この町は人の出入りが多い分いい食材とかもたくさん入ってきてるんだろうなぁ・・・ああ、楽しみだなぁ」
予断だがシオンは料理を作るのも食べるのも大好きなのである。拘りに拘り抜いた彼の料理はそれはもう店を出したら大繁盛しそうなレベルのものである
こと食べ物に関してはシオンはよく思考を停止してしまい、本能に走る傾向がある。今回はそれを上手くリドルに利用されてしまう何とも間抜けな一面を見せるシオンであった
「レシピも聞けたら聞いてみるか・・・ああ、楽しみだなぁ」
子どものように(実際子どもだが)わくわくしながら歩き出すシオンを見たりドルは
「計画通り」
にやりと妖しげな笑みを浮べながらシオンの後について行った
泊まることにした宿は、中に入ると一面小粒の砂利の絨毯が敷かれている綺麗な庭になっていて、枝や葉の形の整えられた植木が数本植えられていた。小さな池まであって小さな橋が架けられていた。
橋の上から池の中を見ると、水面に見たことの無い珍しい魚が集まってきて口をパクパクさせていた
「餌よこせー・・・ってか」
シオンが何だか呆れたような表情で水面に群がる魚たちをじーっと見つめながらそうぼやいた
「綺麗な模様の魚だねー」
食べられるのかな、とリドルが呟くのが聞こえたのでとりあえずシオンは止めとけとリドルに言った
「ああ、そうか」
シオンが突然言い出したのでリドルは訝しげな顔で
「何が、ああそうか・・・なのさ」
魚からシオンの方へ視線を移した。シオンは魚とリドルを交互に見比べて一言
「食に関して貪欲そうな感じが誰かに似てるなーと思ってさ」
「・・・誰にさ」
「そりゃあほら・・・」
シオンはその先は言わず、黙ってリドルをじーっと見ていた
「質より量・・・みたいなところとかも」
「だから誰にさ」
「いやぁ、まあそりゃあ・・・なあ?」
何故か疑問形だった。もう一度リドルをじーっと見る
じーっと見る
「俺は食うのは好きだけど、どっちかっていうと味の方に拘ってるからな」
いつまでも気付いてない様子のリドルに念を押してヒントを与えるシオン。顔が全く笑っていない、いつもと同じ眠そうな表情をしていた。
「・・・・・・は!」
数秒ほどの時間差のあと、シオンに馬鹿にされていることにリドルは気付いた
「失礼な、僕は量にも質にも拘ってますよーだ!!」
「それはもう拘ってるというよりただの食いしん坊だ」
リドルは「食いしん坊や」の称号を得た!