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4−10「溶けない氷、溶ける心」


笑顔だった

死の瞬間、彼は笑っていた

愛しい人を悲しませないために

せめて笑って終わりにしよう


「あ、ああ・・・」


ディナは力無くその場に崩れこむ



リドルはセシルの胸に刺した剣を引き抜く。真っ赤な血がドクドクと噴き出してリドルの剣を真っ赤に染め上げる。

返り血が顔にかかっても構わず、ディナの方に歩み寄る


ごろんと地面に横たわったセシルにすがりつきながら、ディナは何度も名前を呼び続ける

もう二度と動かなくなったことを理解したディナは、開いたままのセシルの目をそっと手で閉じて、セシルの身体を抱き寄せる


「・・・どうしてこの子ばかりこんなに辛いに遭わなければならないの?」

セシルの胸に顔をうずめたまま、ディナは消え入りそうな声でそう言った

「どうしてこの子ばかりにこの世界は辛く当たるの・・・?」


本当なら、強い父の背中に憧れ、母の優しさに包まれ

兄弟たちとは喧嘩をしながら、それでも仲良く、それでいて楽しく

そうやって育っていくはずだった


普通に友達と遊んで、普通に親の仕事を手伝ったりして、そして普通に社会にでて、働いて、結婚して、子どもを産んで、家族ができて、いつかは大切な人たちに見守られながら息を引き取る


そんな普通すらこの子には許されることは無かった

誰もこの子に優しくなどしてくれなかった


もし、この子に優しくしてくれる誰かにもっと早く出会えていたら

違った未来があったのかもしれない


でも、その未来が訪れることは無かった

それがこの子のあまりにも残酷な結末


ただ、不運だったというだけで・・・

それだけの理由で





「もういいわ・・・これでお終いにしましょう」

ディナの足元が凍りつく。リドルたちは警戒をする


「私一人がこの世界に残されるのは・・・辛いわ」

ディナとセシルを冷たい氷が包み込む


「生きて行こうとは、思わないの?」

リドルが問いかける。とても悲しそうな目で、声で

「ええ、私は貴方たちみたいに強くはないもの。一人では何もできない哀れな存在・・・だからこの子が居なくなった今・・・」

「そう、なら止めないよ」

リドルがそう言う時にはディナたちは腰の辺りまで凍り付いていた



「それにね、私たち・・・幸せよ。一生懸命生きてきたもの」

下半身は完全に凍結して、相当な痛みをディナは感じているはずなのに彼女は笑顔を崩さない

「どんな時でも笑顔で・・・そうすればいつかきっと神様は微笑み返してくれる・・・」

肩の下まで凍ってディナはうわ言のようにしか喋らなくなった



「リドルって・・・いった、かしら」

リドルは無言によって肯定の意を示した

「貴方・・・兄弟は?」

「姉さんが・・・」

そう言うとディナはまたにっこりと微笑んだ


「そう・・・なら、お姉さんを・・・大切に・・・ね?」

リドルはまた黙って、今度は頷いた

「最後に一言だけ、言わせて・・・」

もう首の辺りまで凍ってきて声も出にくくなってきていた、それでもディナは必死で口を動かしてリドルに言葉を伝えようとする







二人は完全に凍りついて、動かなくなった

そして数秒後、氷にヒビが入る。それはどんどん大きくなって、全体にまで行き渡った瞬間に、氷は砕け散って砂のように風に乗って飛んでいった





「なあ、何て言ってたんだ?」

シオンがリドルに聞く。リドルは少しぼーっと遠くを見ているような目をしていた

「リドル・・・?」


リドルの目からはボロボロと涙が零れ落ちてきた


泣いている・・・?


「僕・・・あの二人、を救って・・・あげ、られたの、かな・・・。これで、よかっ・・・良かったの・・・かな?」


リドルは滅多に泣くことが無い。シオンと会ってからは数えるほどしか泣いていない

まだ十代の半ばにも満たない幼い初年にしては辛抱強いところがあった

そのリドルが大粒の涙を零しながら、嗚咽を漏らしながら泣きじゃくっている


それだけ自分の心に押し込んでいたものがあったのだろう

きっとリドルはこの姉弟に自分を重ね合わせていたのかもしれない

その二人をリドル自身の手で・・・


自身の四肢を切り落とすくらいの痛みを今感じているのだろう

そんな彼に不用意な優しさや慰めは要らない


だから相棒として、本当の兄のような存在であるシオンにできること


そっと肩に手を置いて





「頑張ったな」


たったそれだけ、それだけで十分だった

リドルの目からは涙が途切れることは無かった


まるで氷が熱で溶けていくように

















「ありがとう」





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