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4−6「凍てつく風、凍てついた心」


辺りは一面凍りついていて、不気味なくらいの静寂を更に強調させていた

凍りついた空間の中心に一人佇む少女は薄笑いを浮かべている


「ふふふ・・・この街では昔ね、奴隷制度というものがあったのよ。表向きは養子という形で孤児たちが貴族の家に引き取られていったわ」

ディナは妖しげな眼でシオンとリドルを見つめる


「・・・奴隷として」





(あの眼・・・良くないな)


眼の色だ、魔力を繰って闘うものの中でシオンたちに敵意を示し、脅威となりうる連中は大抵眼の色が普通の人間と違っていた


(曇りきったあの眼・・・濁りきったあの眼、飢えた肉食獣のような眼だ)


そういった眼をした連中は誰彼構わず殺して、壊して、喰らいつくし、そして最後にはまわりを巻き込めるだけ巻き込んで自分も死ぬ


(あの眼になるには相当酷い過去、いじめ、暴力、虐待、差別・・・この年で全く酷な・・・)


眼を見ただけでどれだけ辛い過去を送ってきたか、ある程度感じ取ることができる

ディナもそうだが、酷いのはセシルだった。

ディナが来てからのセシルの目は瞳孔が完全に開ききっていて殆ど真っ黒だった


どんなに強い心を持ってしても、未だ幼いあの少年にどれほどの地獄があったというのか

想像したくも無い


(負の感情が心を強くし、魔法を生み出す。でもあの子はそれに耐えられないで完全に壊れてしまった・・・)


世界の闇が生み出した、悲しい存在

それがあの二人なのかもしれない




「私もセシルもある貴族の家に奴隷として引き取られたの。もうその家は無くなってしまったけれど」


シオンたちは大体の状況を察した


かつてこの国では影で奴隷の売買が行われていた。

表向きは孤児として、代金は孤児院への寄付金として


そうやってこの二人のような子どもが大勢鉄錆臭い血と欲望が渦巻く人の闇の中に放り込まれていったのだろう


恐らく少し前に戦争でもあったのだろう。だから孤児が多くなる

戦争で国が揺らぐ、人の心が揺らぐ


その揺らぎが、人の歪んだ心が、こうした悲劇を生み出す



そして奴隷制度が明るみにでたとき、民衆から猛反発が起きる

民衆を強引に押さえつけるほどの力も、もう無くなってしまったのだろう

貴族や王族の人間はまず謝罪を行う


「奴隷」にではなく「民衆」に


そして奴隷制度が撤廃され、奴隷だった人間も普通の人間として生きていくことを許された

それに伴い「労働祭」という形で貴族たちから民衆への労いが行われた

反省の意を強調したいがために始まった、これ見よがしにと言わんばかりの行事である


つい先日まで散々悪行の限りを尽くしてきた者たちが手のひらを返したように


「奴隷制度などというものはあってはいけないものだ」


などと抜かすのである。




だが、実際に人として生きていけた「元奴隷」は皆無である



民衆がはん反発したのは


自分たちまで被害に遭いたくないから

貴族の連中だけいい思いをしてずるいと思った


本心は結局それだけなのである



奴隷になるのは皆身寄りの無い者たちだ

だから助けてくれる人間なんて誰も居ない


誰も奴隷を人間だなんて思っていない

それ以下の存在としか見ていない


だから助けようなんて思わない、奴隷を助けるなんて

死にかけた蛾を助けるのに等しい、それぐらいにしか思っていなかった


仮に助けたとしても、それは自分自身の優しさを他に示したいだけで、自分を美化する行為に近しい


人間は、人間以外の生き物にはどこまでも残酷になることができる

人間は、善意を押し付けて自分をよく見せることができる


かつて奴隷だった彼女はそう悟った



「だからね、私たちも人間・・・特に大人に残酷になることにしたの。見つけたら全て壊してしまうことにしてるわ。でも子どもは壊さないでおくの。親のいないという孤独から少しずつ壊れていくのを見て愉しむのよ」


「人間はそんなに醜いか?」

シオンはディナに聞いた

ディナは少し不満そうにシオンの方を見て

「ええ、とても」

とだけ言った


「人が全て悪だなんて思っちゃ駄目だよ、きっと・・・」

リドルが言おうとしたが、ディナが強い口調でそれを遮る

「私たちが見てきた人間は全員悪だったわ!私たちにとってはそれが人間の全てなの、そうやって下らない言葉で繕わないで!」


「・・・下らなくなんか、無いよ。だって僕は今までいろんな人に出会ってきた。いい人にも、悪い人にも」


自分の行いを悔いて、国を去っていった者

その者を慕い、影から見守り続ける者たち


自分の無力さを呪い、死に場所を求めて仇討ちをする者

人知を超えた領域で一人の人間を愛した者


旅の途中でであった者


「君たちが出会った人たちが全て悪なら、それが君たちにとっての人間の全てなのかもしれない。でも僕たちにとっては違う」

リドルが真剣な表情でディナに訴える


「そう、それは良かったわね。でも私たちは私たちのしたいようにするわ」

「させない」



リドルを中心にしてフッと風が巻き起こる

それを合図にシオンは剣を抜く

セシルは殺人衝動に駆られ、目をキラキラと輝かせる


「貴方たち、お名前は?」

「リドル」

「シオン」


「なら、止めて御覧なさいな。リドル、シオン」


周囲を包み込んでいた白い霧が晴れて、冷気も収まる



「私たちを殺してでも、止めて見せなさい」




私たちはもう、自分では止められ所まで来てしまった

でも後悔はしていない


私とセシルと


二人がいれば何も要らない

他に価値あるものなど、この世界には在りはしないのだから



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