4−5「二人の世界」
物心付いた頃から私は孤児だった。
母親の愛情を知らず、父親の背中の大きさを知らず
私は今まで生きてきた
ある日私は養子として貴族の家に引き取られた
その貴族の家で、私は酷い扱いを受けていた
両親から、兄や姉たちから
「申し訳ありません」
ごめんなさいと言うと「馴れ馴れしい」と言われて、思い切り叩かれるので私はいつもそうやって謝っていた
本邸から離れた薄汚い小屋に住まわされ、食事も残飯だけ、服もぼろ布のようなものしか与えられず・・・
本当に奴隷のような扱いを受けていた
初めてこの人たちと会った時は優しくしてくれて、血は繋がってないけれど本当の家族のようになれる気がした。
でもこの扱いは何だというのだろう、私は毎晩冷たい床の上で声を殺しながら泣いていた
それでも私はこの家から逃げ出そうとはしなかった。
どんな扱いを受けようと、虐げられようと、初めて会ったときのあの貴族たちの笑顔、そして病気や怪我をしたときには医者を呼んで看病してくれたこと・・・
足枷が私をこの家に留まらせた。
僅かで淡い希望が捨て切れなかった。
でも、それは悲しいくらい残酷に、あっけなく消え去っていった。
「新しい家族だよ」
私より小さな男の子が、私と同じように身寄りの無い男の子がこの家にやってきた
「この人がお前のお姉さんだよ」
貴族の男が私を指差してその子に言う
「・・・僕の・・・姉さ、ま?」
その後男が信じられないことを言った
「ああ、もうすぐこの家を出て行くがな」
その子は生まれた頃から奴隷として生きてきた。
私と違って養子としてこの家に来たわけではない。
だから反抗的な態度は一切とらない、どんな仕打ちにも表情ひとつ変えない
だから、この子より役に立たない私は要らなくなった
私が病気になったときに看病してくれたのも、「自分の家で死んだら処理に金がかかる」だけのことだった。
この国では奴隷は「形式上」禁じられている。だから「形式上」は養子として貴族の家に売られていく
思えば看病しに来てくれたのも、医者が来る日だけだった。
外に連れて行くときだけちゃんとした服を着せてくれた。
表向きは家族に見せるため、それだけのため
あのとき私はそれを僅かな愛情だと錯覚していた
でも、そこに愛は無かった
・・・馬鹿馬鹿しくなった
自分が、この「家族」が・・・
生きることが
大声で泣き叫びたかった、でもそれも許されない
私は「奴隷」で「人間」じゃない
奴隷はただ人形のように感情を押し殺して、機械のように働かなければならない
それができたのも僅かな愛を感じていたから
ささやかな希望を抱いていたから
だから今まで、どんな仕打ちにも耐えてきた
でも私は気付いた
ああ、きっと私はこの世界では要らない子なんだな
自分の信じていたものがガラス細工みたいに簡単に壊されて、崩れていった瞬間
もう私の心は壊れてしまった
壊れた心の代わりに、何かが私の中で目覚めた
気が付いたら「家族」だと思っていた人間たちが全員氷づけになっていた。
恐る恐る触れてみたら、簡単に粉々に砕け散った
さっきまでの私と同じように、あっけなく
なんだ、人間なんてこんなものなのね
とても弱くて、そのくせ愚かで、矮小で・・・可哀想な生き物
少し自嘲気味に笑っていたら、一人だけ動いている者がいた
「・・・姉・・・さま?」
この子だけは凍らないでその場にいた
驚いているのかどうかも分からなかった、全く表情が変わらなかったから
「貴方は私なんかよりもっと早く壊れてしまったのね・・・」
「姉さま・・・寒い」
そっとその子を抱き寄せる
「大丈夫・・・私が暖めてあげる、私たちは家族だもの」
「家族・・・?」
私は頷いてぎゅっとその子を抱きしめる
「そう、私は貴方の世界でたった一人の・・・家族なの」
「じゃあ・・・僕は姉さまのたった一人の家族なの?」
「ええ、そうよ・・・私たちは家族・・・だから」
ずっと一緒
いつまでも、どんな時も
「・・・・・・家族」
その子が少し笑ったように見えた
その時私の中で憎しみや悲しみ、負の感情以外の別の何かが生まれていた
「私が貴方を守ってあげる、だから・・・貴方は強くなって私を守って」
愛情、それとはまた違う・・・でもとてもよく似ている何か
私たちだけのこの世界、二人だけのこの世界
それしかいらない、それ以外はいらない
みんなみんな・・・邪魔だから壊してしまおう
私たちの存在をこの世界に知らしめてやろう
もう今更私たちは・・・
「人」には戻れない・・・
でも悲しくは無い、だってこの子がいるから
「ねえ、貴方・・・お名前は?」