2−9「愛しい夢、貴方の夢」
「憎いとか憎くないとか・・・そんなんじゃねえよ、今更・・・」
ビドゥーは語りかける
「あのときお前から二人を庇い切れないと俺は判断した、それは良かったんだ・・・それは」
蹲っているアルプに語りかける
その肉体は腹のあたりから下が吹き飛んで無くなっていた
「どちらを庇うか・・・そんな選択肢しか出せねえ俺が・・・」
ビドゥーは語りかける
「許せねえ・・・」
夢魔に語りかける
「俺が身代わりになってでも・・・二人を逃がしていれば・・・」
既に死に尽くしてしまった夢魔の亡骸に向かい
「許せねえよ・・・自分が・・・」
語りかける
そしてその直後に口から血を吐いて倒れる
ビドゥーの周りに真っ赤な水たまりができる
すでに動かなくなった夢魔と、もうじき動かなくなる人間の身体が生温い真っ赤な、鉄錆の匂いのする液体に浸される
「ビドゥーさん・・・」
リドルが悲しそうな目で倒れた二人を見つめている
「死にたがっているようにしか見えなかったな・・・二人とも。自分が許せない、だから自らに与えられる罰を・・・報いを求めていた」
「大切な人を失う悲しさ、苦しさ、辛さ、寂しさ・・・そして自分を許せないというやり場の無い怒り、そしてその後に生まれてくる虚無感・・・」
「もう俺たちに知る術は無いけれど、ビドゥーさんと・・・この夢魔にとってそれを失うということは精神的な“己の死”を意味していたんだよ、きっと」
「この国の王様だっけ・・・夢魔も人間に恋をするのかな」
「人間には理解できない次元なのかもなぁ・・・」
「きっと王様の夢も・・・もうすぐ終わるんだよ・・・」
「魂が抜けて虚ろになった肉体は、腐り朽ちて土に還る・・・」
「死んでしまったらその人には何も残らない・・・たとえ墓ができて、残された家族がいたとしても・・・死んだ人には、もう何も残らない・・・」
「悲しいね」
そして夢が醒めて、全てが溶けて地に還った
残されていたのはシオンとリドルの二人だけだった
「すっかり夜だな、これじゃあ野宿だ」
シオンが言うとリドルが大げさに反応して
「なっ!!今日こそはふかふかもふもふなベッドで寝れると思ったのに・・・話が違うよ!!」
「何の話だ」
結局夢の国が消え去って何も無いただの荒野で野営をすることにした
「あのさ、シオン」
「ん」
火が小さくなった焚き火が生み出す幻想的な明かりと、静寂の中聞こえてくるパチパチという薪が燃える音に二人の会話が加わる
「誰かを殺したり、苦しめたりする力は要らないって今まで思っていたけど・・・やっぱり、力が無いと守ることもできないんだよね」
「・・・」
無言で答えるシオン。構わずリドルは話し続ける
「ビドゥーさんもきっとこう思ってたよ、二人を守りきって自分も生き残る・・・その選択肢を選ぶことができるほどの力があったら・・・って」
「・・・でも、お前は人を傷つけるのが嫌なんだろ?」
シオンが質問をすると少しリドルは俯いたが
「・・・次は、僕もちゃんと闘うよ。大切な人を、自分の命を、意志を、失いたくないものを失わないようにするために・・・使えるものは全て使う。できることは全てする」
(・・・そして必要なら、僕は)
「・・・なら俺ももっと強くなる。結局あの人に助けられたから・・・あの人が今度は自分が身代わりになるという選択肢を選んだから・・・」
だから、もっと強くなる
誰一人として涙を流すことの無い、そんな幸せな世界でいてほしいから
不可能なのは分かっている、でも認めたくない
認めたら、また俺は弱いまま何も出来ずにいそうだから
「さて、いい加減もう寝るぞ。明日は夜明けごろに出発だ」
「うへえ・・・せめてあと5時間くらい、お昼出発にしない?」
「譲歩のしようが全く無いんだが。それにそしたらまた一日ふかふかもふもふベッドが遠くなるぞ(そんな高級なところには絶対に泊まらないが)」
「ぜ、善処します」
そんな言葉を言う奴が本当に善処した試しが無い
「嗚呼・・・せめていい夢でありますように」
「お前の夢って・・・さぞ混沌としているんだろうな」
「なんですと!」
「いや、だって・・・」
「!!!」
「・・・・・・」
そんな他愛の無いことを喋るうちに二人はまどろみの中へと沈んでいった
そして夢を見て、目が覚めたらまた旅をする
そしてまた夜がきて、夢を見て・・・
夢が醒めたら、また旅をする
夢はいつか醒めるもの
命はいつか果てるもの
だったらせめて、その僅かな間だけでも
いつか終わりが来るその瞬間までは
優しく包まれていたい