エピローグ〜冷たいカラダ〜
時間軸がバラバラです。
しかもいきなりエピローグ(前編)です。
ご理解ください
風が吹いてきた。
とても冷たい風で、顔や手など衣服から露出している部分にその冷えきった空気が触れると、皮膚が凍えるような感覚と共に鈍痛を感じる。
「冷えてきたな・・・」
少年はそう呟いて開ききっていた上着のボタンを一つずつ閉じていく。その間にも風は少年の服の僅かな隙間から入り込み、少年の体温を少しずつ下げていく。
「ふう・・・」
溜息が白い蒸気になって風に流されて、すぐに空気の中に溶けていった。
「もうすっかり冬だなぁ・・・一体何度目だろう、旅に出てから冬を越すのは」
そう言っていると、とうとう雪まで降り出してきた。風も更に激しくなり、それは次第に吹雪になっていく。
少年はすぐ近くに吹雪が止むまで過ごすには調度よさそうな洞穴を見つけたので、中に入って焚き火を起こして暖を取った。
寒い中外に出て薪を集めて更にそれに道具も無しで火をつけるのはかなり時間がかかったが、そのままだと凍えてしまうので必死で木を擦って火種を起こして、数十分の後にようやく焚き火が完成した。
「はあ・・・アイツが居たら焚き火一つでこんなに手間取ることも無いんだけどな・・・」
火を起こすためにずっと木をグリグリ回していたために、真っ赤になってしまった両手を火に近づける。表面は暖かくなったが、内部はまだ痛みと冷たさが残っている。
「一人ってのは、結構・・・辛いし、寂しいな」
ポツリと少年が呟く。
「ああ・・・何で、こんなことになったんだろう」
ぼーっと上を見上げながら少年がひとりごちた。
手のひらの内部にも熱が伝わってきた。表面が少し熱く感じてくる。
「俺・・・結局何のために旅をしてきたんだろう」
ひんやりとした洞穴の中で木がパチパチと燃える音と少年の声が響き渡る。
「目的のための手段として旅をしてきた・・・つもりだった。でも本当は・・・アイツや他の皆と一緒に旅をしてることが・・・楽しくて、もう・・・それだけで」
洞窟内で木が燃える音だけが響き渡っていた。
「命懸けて戦ったり、財宝探して探検してみたり、困ってる人を助けてみたり・・・そんな日常が、楽しいものだと感じるようになってきてしまった。嫌な事だってたくさんあったけど、それも全部ひっくるめて旅を楽しんでいる自分が居た・・・」
カツカツと足音が洞窟の入り口の方から聞こえた。ゆっくりだが近づいてきている。
「それもこれも、皆が居たから・・・」
脇腹の傷口から溢れ出てきて、すっかり冷え切っていた血が乾燥してそれ以上の出血を防いだ。
少し体を捻ろうとすると鋭い痛みが全身を走って、少年の表情が歪む。
「ああ、ちょっと苦しくなってきたな・・・目が霞むし、それに眠い・・・」
少し自嘲気味に少年は片手で腹部を押さえながらそう言った。
「でも、それももうすぐで解放される・・・もうすぐ」
足音が段々と大きくなってきている。
「せっかく逃げたのに、もう追いついてきたよ・・・やれやれ」
少年はよろめきながら立ち上がり、腰に差した剣を抜く。だが、立っているのも辛い様子で足元が覚束なかった。
「だめだ・・・足がもう、言うこと聞かない」
フッと笑ったあと、少年はその場にドカッと座り込んだ。
「いいや、止めておこう・・・今の俺が何かしたところで・・・余計に苦しくなるだけだ」
段々と五感が鈍くなってくる。目はもう殆ど見えなくなり、もう痛みと足音と焚き火の音しか感じ取れるものが無い。
「とりあえず・・・もう寝よう、・・・疲れた」
少年はその場に蹲りゆっくりと目を閉じる。
風が吹いてきた。
冷たいが、どこか温もりを感じる変な風だった。
その風が洞窟の中を満たし、少年を包み込む。