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染まりゆく君へ贈る

深い森の中、一人で暮らすのは年若い娘。

人里に辿り着くには山を越え、朽ちかけた橋を奇跡的にも渡りきり、屈強な男が3日ほど歩かないといけないほど森の中に住む娘は人々から魔女と呼ばれていた。けれど、それは大きな勘違い。娘はただ人里への秘密の近道を知っていて、薬の知識に長けたただけの普通の娘だった。薬の研究に人生を掛けてるといっても過言ではない娘は、多少の不自由を感じることがあっても深い森に住むことによって受ける恩恵、珍しく新鮮な草木が身近にある環境を手放せる気にならなかった。2・3ヶ月に一度人里に降りて必需品を物々交換する日々が繰り返されるある日、娘は一人の少年を拾った。右半身を犯すまで広がった痣は、見るものの顔を顰めさせたが、娘は気にしなかった。

薄汚れた体を泉で綺麗にして、暖かいスープを飲ませてやった。


泥や垢の汚れをとると、そこにいたのは容姿が整った美少年だった。


生まれつきの痣のせいで人に受け入れられず、森に捨てられてさ迷っていたらしい。

泣きじゃくる少年を娘は優しく抱きしめる。


人に蔑まれ虐げられる辛さ、一人の寂しさを、娘は知っていたから。


胸を締め付けられるとともに、瞼が震える。

涙を流す変わりに少年を強く抱きしめた。


それから二人は穏やかで平和な日々を過ごし、少年は娘に恋をした。娘は少年の愛を受けて小さな恋の花が芽吹き初めていた。気づかないくらい小さな幸せと穏やか日々が続いていた二人に思いもよらない自体が起こる。隣国のアシュタインと自国のクルステルが戦争を始めたのだ。


二人は最初、それを軽く受け止めていた。

まさかこんな森深くに戦火が届くことはないだろう、と。


自体が急変したのは人里に降りる際に使っていた秘密の近道が兵に暴かれたからだ。

兵は少年の後をこっそりとつけていたらしい。

住んでいた家はあっという間に破壊された。


それこそ原形さえ留めぬ様で。


二人は戦火を逃れて各地を転々とするが、クルステルの状況は良くなかった。

少年はこの戦争を止めると決意して、戦場へ向かった。

娘に絶対生きて帰ってくると誓って。

二人は自然と唇を重ねあわせる。


初めてのキスは少し涙の味がした。


少年が出て行って寂しさを紛らわせるように娘は薬の研究に没頭した。

その結果いくつもの新薬を開発し、密かに戦う兵へと使われて多くの兵の命を救った。

長きにわたって多くの命や人々の生活を犠牲にした戦はようやく終わりを告げた。


そして少年は約束を果たした。


少年から青年に逞しく成長し、クルステルの英雄となって娘の元に返ったのだ。


二人は再会の喜びを分かち合い、愛を確かめ合った。

もう一つ、奇跡が起こった。

青年が不在の時、娘が研究していた薬があった。

それを試してみると青年の半分を覆うほど広がっていた痣がゆっくりと、けれど確実に薄くなっていった。

娘は青年の憂いの原因を払拭することに成功したのだ。

だが、幸せのときは長くは続かなかった。

青年は英雄として、たびたび王都に呼ばれることがあった。娘の元を離れる時間が長くなっていき、とうとう帰らなくなってしまった。

娘は待った。

けれど待てど暮らせど青年は帰って来ない。待ちつかれた娘は、意を決して青年に会いに行った。


昔を思い出してもらえるよう、心を込めて作ったお菓子を持参して。


王都に着いて娘が知ったことは、かつて愛を囁いていた青年が、娘の存在を忘れるほど家族のもとで幸せに暮らしている事実。そして近々王女との婚約を執り行われること。

青年と王女の仲つまじさは近隣では有名だった。

やっとのことで会えた青年は娘の言葉にも耳を貸さなかった。

代わりに娘に別れを告げる。

娘は泣いて帰った。

けれど娘は信じていた。青年は絶対に自分の元に帰ってくると。


暫くして、青年は娘の元に突然返ってきた。

薄れたはずの醜い痣を半身に宿して。


手ひどい裏切りにあったはずの娘は青年を快く迎えた。


「俺には君しかいない」


縋り付く青年を優しく抱きしめて満面の笑みで娘は答える。


「ええ、貴方は絶対に帰ってくると知ってたわ。私は、ずっと、貴方の傍に」


娘は永遠の愛を手に入れた。

恋に狂った魔女と堕ちた英雄は幸せに、幸せに暮らした。

これは、歴史の裏に閉ざされた物語。

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― 新着の感想 ―
[一言] いいお話かと思っていたら……。 娘はそれで良かったんでしょうか。娘に必要なのは 他の男との出会いなんだと思います。
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