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ドキドキの時間

 翌日の昼休み、涼介は、女子から借りた可愛らしい水玉模様のマスキングテープで、マンションの硝子戸にルーズリーフを貼付けた。これも敦司の入れ知恵で、女子と思わせれば警戒されることもないから。騙すようで気が引けたが、それよりも一度会ってみたいと思う気持ちが勝った。

「でもさ、涼介が見たOL風の女だとは、限らないじゃん」

 期待に胸を膨らませている涼介に、敦司が水を差す。

「いや、間違いないよ。あのあと部屋に戻ったら、ピアノの音が聞こえてきたし」

 そうでないと、困る。涼介が会いたいのは、あのときの彼女なのだから。今までは理想の女性像など描いたこともなかったが、彼女の姿を見てから、それが理想になってしまった。自分を飾りすぎず、加えて上品な女性らしい香り。

「デキる女、って感じだったな。やたらと髪を巻いてないとこがいいよ」

 今どきの女子は、それが決まりであるかのように、どこかしら髪をカールさせている。別にそれが嫌いなわけではなかったが、自然な曲線を描く髪を無造作にしばった髪型に、好感を持ったのだ。

「賭けようぜ。もし、涼介が見たっていう女だったら、こないだのコーラを倍にして返してやるよ。でも違ったら、引出しの中身は全部俺のもの」

 休憩を終えた講師が教室に入ってきたのを見て、ビールをコーラと言い換えたのだろう。敦司は抜け目がない。妙に自信のあった涼介は、了解、と返事をした。

 ところが今度は、落ち着かない。相手は社会人なのだから、こんな時間に連絡が入ることはないと解っていても、携帯から目が離せなくなってしまった。小学校のときに担任の先生を好きになった時以来の気持ちだ。同級生を好きになるのとは全然違う、緊張感が苦しい。思えば、今まで本気で好きになったのは、自分より年上の女性ばかり。手が届きそうで、届かない。届かないようで、届きそう。その距離感が、涼介の心を惹き付けるのかも知れない。何度も溜め息をつく涼介に、隣の席の友人が、気分でも悪いのかと声をかけてきた。似たようなものだと思った涼介は、頷いて、そのまま机に伏せた。


「ダメだ。全然食欲がないよ」

 夕飯も、ろくに喉を通らない。事情を知っている敦司だけが薄笑っているが、他の友人たちは心配そうに見ている。

「俺、先に戻るわ」

 食べることをあきらめて、涼介は自分の部屋に戻った。備え付けのベッドに身を投げ、頭を抱える。……本当に、連絡が来るのだろうか。もし、万が一連絡が取れたとして、一人暮らしの女性の部屋に上がり込むことなど、できるのだろうか。もし、入れてもらえたとして、二人きりで、ピアノの前で……。

 想像し出すと止まらなくて、涼介はそのいかがわしい妄想を掻き捨てるように、勢い良く起き上がった。すると、部屋のドアをノックする音。ということは、敦司ではない。彼はいつも、勝手に入ってくるから。涼介はドアを開けた。

「あ、……宮間みやまくん、大丈夫? なんか、具合が悪いって聞いて」

 同じコースの北川 真子まこだった。数少ない理系女子の一人。成績優秀で、一つ上のクラスに移るという話が出ている。

「これ、良かったら、食べて。こういうのだったら、食欲なくても食べれるでしょ」

 差し出されたのは、コンビニの袋に入った、ヨーグルトだった。飲み物も入っている。

「……ありがと。でも、いいの?」

「うん。自分のは別に買ってあるの。じゃあ、お大事にね」

 真子はそう言って、走って帰って行った。女子寮は別棟で、同じように門限があるからだ。涼介はしばらく立ち尽くしていたが、思い立って、隣の敦司の部屋をノックした。

「ちょっと、冷蔵庫貸して」

「真子ちゃんからの差し入れ?」

「……何で知ってんだよ?」

 全く、敦司に知らないことはないのではないかと思えてくる。

「たった今、廊下で会って部屋を聞かれたから」

 涼介は納得して、小さな冷蔵庫にもらった袋ごと入れる。先日奪われたビールはもう跡形もなかった。

「で、連絡あった?」

「ないよ、まだ」

「まあ、今日は金曜だからな。OLは合コンか女子会ってとこだろ」

「……」

 やはり、つい最近まで高校生だったとは思えない。半ば呆れていると、彼はようやくそのわけを説明してくれた。

「歳の離れた姉貴がいるんだよ。ごく普通の企業のOLで、容姿も並だけど、週末はいつも終電まで帰ってこない」

 敦司の並外れた知識量は、家族構成にあるらしい。知識と言っても、余分な、とつく種類のものだったが。

 何処にいても落ち着かず、部屋に戻って時計を見ると、午後九時過ぎ。ピアノの音は、まだ聞こえてこない。涼介は再び息苦しくなってきて、ベッドの上で膝を抱えた。……どんな人だろう。優しい人だろうか。男性並みに仕事をこなすキャリアウーマンだったとしたら、レッスンも厳しいかも知れない。綺麗な女性にきついことを言われるのは、どんな気分なんだろうか。意外に、快感だったりして。そんなことを考えてしまう自分に呆れては、時計を見る。期待と不安に翻弄されながら、涼介は時間が過ぎるのを待った。


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