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新たな憶測

 この予備校の良いところは、ちゃんと世間並みに連休があるところだ。高い授業料を支払った親たちからしてみれば、一日でも多く勉強させて欲しいと思うところだろうが、そんなことはどうでも良い。暑さもほどほどになってきて、気持ちのよい晴天の続く九月、涼介たちはいつもの食堂で、連休の計画を立てていた。

「新しくできた水族館があるから、そこにしない?」

 こういう場で、積極的に意見を言うのは、絶対に女子だ。世間の動きにも敏感で、いつも新しい情報を持っている。

「雨のことも考えなくていいし、電車で行けるから」

 一方、何の情報も持たない男子連中は、感心したように頷く。誰も反対しなかったので、あっさりと、水族館に決まってしまった。街中にあって、買い物もできる。女子には打ってつけの場所なのだ。

 涼介自身は、行き先など何処でも良かった。ただ、この見慣れた寮を抜け出して外の景色を見られるなら、それで良いのだ。そんなふうに感じてしまって、まるで自分が牢獄にでも閉じ込められているような気分になっていることに気付く。幾ら居心地が良くても、食事が美味しくても、受験という高いハードルが控えている以上、本当の開放感を味わうことは、できない。

『今度の連休、遊びに行ってもいい?』

 忘れた頃に、妹の真央からメールが来た。グアムから帰ったという報告の一つもなくて、腹を立てていたことも忘れていた。返信するのが面倒で、敦司の部屋から直接、電話をかける。

「無理だよ。みんなで出掛けることになってるんだ」

「えー、つまんない。友達が部活の試合でみんな忙しいんだもん。遊んでよ」

「知るかよ、そんなこと」

「せっかくお土産持ってってあげようと思ったのに。チョコと、Tシャツと、ビーフジャーキーと……」

 真央はお土産のリストを読み上げる。涼介はそのビーフジャーキーの誘惑に、負けた。それに敦司も、誘ってやれよ、と小声で言っている。

「解ったよ、その代わり、こっちの予定に合わせてもらうからな」

 嬉しそうな真央。水族館大好き! とはしゃぎ出した。うるさかったので、簡単な日程だけ伝えて、電話を切った。

「ホントに誘っていいの? マジでうるさいよ?」

「涼介が相手するんだから、俺は関係ないし」

 敦司は地元の彼女を誘う予定でいる。当日の苦労を思って、涼介は今から憂鬱になった。


 先月はお盆休みで集中力を削がれたと思いきや、成績はまずまずだった。良い息抜きになったのかも知れない。煮詰まることの多い受験勉強は、いかに気分を上手く切り替えるかが大切だと、身にしみて解ってきた。珍しく電話を寄越した父親も満足げに、この予備校を選んだ自分を褒めていた。

『真央をおかしなところへ連れて行くなよ』

 結局は、それが言いたかったのだろう。父親は呆れるほど真央に甘い。涼介は、おかしなところなんて一つも知らない、と言い返した。

 さほど楽しみでもなかった水族館だったが、来てみると想像以上に面白い。できたばかりとあって、魅せる工夫というのが素晴らしく、以前から持っていた水族館のイメージを軽く払拭してくれた。

「すごい、すごい! サメ! サメ!」

 もう少し知性のある言葉を発して欲しいものだ。まるで幼稚園児を連れて歩いているような気分になる。人だかりがあってもお構いなしに、真央はそれをかき分け、最前列へ行ってしまった。

「敦司、何処行ったんだろ……」

 まともな話し相手が欲しくなって辺りを見渡したが、館内は薄暗くて、瞬時に人を見分けるのは困難だった。遠距離恋愛中の彼女との貴重な時間を邪魔したくないという気持ちもあって、探すことをあきらめる。すると、

「あ、」

 敦司の代わりに、意外な人物の姿を認めた。奥村と、月子である。仲睦まじく、手をつないで歩いている。まさかこんなところで出会うとは……。薄暗いのを良いことに、二人の様子をコッソリ観察してみる。寄り添って水槽を眺めては微笑み合い、羨ましくなるほど幸せそうだ。ますます、彼の悩みが何なのか、解らなくなる。

「ねえ、お兄ちゃん、見て、見て!」

 真央に呼ばれて我に返った涼介は二人から視線を外し、声のしたほうへ行った。暗い水槽の中で、クラゲが幻想的な光を放っている。その美しさに思わず見入っていると、後ろから肩を叩かれた。

「涼介、」

 奥村だった。気付いていたのだ。可愛い妹さんだね、と言われて、恥ずかしくなる。きっと幼い会話を聞かれたのだろう。年齢より遥かに子供っぽくて、そのくせ化粧だけは一人前にしている。

「わあ、綺麗な人」

 その感想は、単純だが正しい。しかし、隣にいる月子と代わる代わる見比べて、目をパチパチさせている様子に、

「こっちが、男。失礼なこと、言うなよ?」

 何か失言をする前に、と思い、そう釘を刺した。すると、真央は驚いたことに、兄がいつもお世話になっています、と頭を下げた。予備校の講師だと勘違いしたのだろうが、いつの間にこんな挨拶を覚えたのかと驚いてしまう。

「こちらこそ。涼介くんにはいつもお世話になってます」

 奥村も改まってお辞儀をした。容姿は女性だが、こういう立ち居振る舞いを見ていると、男性らしさを感じる。やはり奥村が女性だということは、なさそうだ。

 二人が挨拶をして立ち去ったあとも、真央の目はうっとりと奥村の後ろ姿を追っていて、もう魚など見ていない。涼介はそんな真央の腕を引っ張って外に出た。

「あんな綺麗な人って、いるのね」

 真央はしきりに、奥村のことを話した。

「おまえがどんなに頑張ったって、無駄だよ。彼女いるの、解っただろ?」

 芸能人か何かだと思え、と諭すと、真央は予想だにしなかった言葉を口にした。

「なに言ってるの、お兄ちゃん。あの人たち、兄妹だよ?」

「は? おまえこそ何言ってんだよ? 兄妹なわけないだろ、」

 言いながらも、何故か、胸がざわめく。今までの、全ての疑問に納得がいきかけて、慌てて自分を止めた。

「だいたい、兄妹で手繋ぐかよ?」

「私は、お兄ちゃんが嫌がるから我慢してるんだよ? ホントだったら、繋ぎたいのに」

 真央はそう言って膨れる。妹の心理が全く理解できず、言葉に詰まった。しかし、奥村と月子が兄妹だとは絶対に思えない。何度そう言っても真央は譲ろうとせず、

「見ればわかるよ。似てたじゃない。絶対兄妹だよ」

 その、やけに自信たっぷりな妹の言葉が気になって、涼介はずっと落ち着かなかった。


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