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解けない問題

 次の土曜日、涼介は何事もなかったように振る舞う自信がなくて、携帯を弄びながら時刻が迫ってくるのを待っていた。彼の抱えている悲しみのわけは解らなかったけれど、涼介が泣かせてしまったことに変わりはない。彼の女性的な容姿のせいで、それが何だか大罪に思えて、落ち着かないのだった。

 迷いが生じたせいで、時間より少し遅れてインターホンを鳴らすと、奥村はいつもと変わらぬ笑顔で出迎えてくれた。昨夜、ピアノの音が聞こえなかったから、また夜遊びをしていたのだろうと想像していたが……。何より、僅かなわだかまりもなくて、拍子抜けしてしまう。

「ちょっと待っててね」

 いつものようにソファに涼介を座らせて、寝室へ入って行く。

『またか』

 涼介は軽く溜め息をついて、その扉から目を逸らした。

『俺が来るって解ってんだから、先に帰しとけよな』

 一秒でも長く一緒にいたい、ということだろうか。それはそれで羨ましくもあり、まだそんな経験のない自分を幼く思う。やがて扉が開き、囁き合う声が聞こえたあと、月子の気配が玄関の外に消えた。

「お待たせ!」

 妙に上機嫌の奥村は、また彼女がケーキを買ってきたのだと言って、珈琲を淹れ始めた。

「涼介が来るって知ってるから、涼介の分も頭数に入れてるみたい」

 今度会ったら、甘いものは嫌いだと伝えよう。涼介はそう心に決める。二人で珈琲を飲みながら、ふと会話が途切れ、涼介は先日のことを謝ろうと、奥村の表情を窺ってみた。普段は、悲しみなど微塵も見せない。何の悩みもなさそうに、明るく振る舞っている。それが努力してのことだったとは、思いもよらなかった。

「そういえば、こないだのこと、思い出したんだ」

「こないだのことって?」

 とぼけているのか、奥村は首を傾げてみせる。涼介は構わず続けた。

「俺が多分、無神経なこと言って、葉月が傷ついたんだよね。ごめんね」

「……」

 黙って、涼介の顔を見つめている。未だに、女性に見つめられているような気がして、ドキッとした。睫毛が、長い。

「謝ることないよ。涼介が言ったことは、ホントのことだから」

 それより、涼介を叩いた僕のほうが悪い。そう言って謝る。美しい瞳が悲しみに揺れ、また泣き出すのではないかと思えた。

「頭では解ってるんだ。でも、心も体も、言うことをきかない。どうすればいいのかも、解らない」

 そう言って、困ったように笑う。こんなにも美しく、悲しみとは無縁であるかのような彼の身に、どんな深刻な問題が存在しているのか。話してくれなければ、涼介には知る術もない。想像もつかないことだったが、何とか解決してほしいと思った。

「とにかく、何も知らずに色々言ってごめん」

 これで、ようやく肩の荷が下りた気分になった。それを悟ってか、奥村が可笑しそうに笑う。

「良い子だね、涼介は。こっちこそ、気を遣わせてしまって、ごめんね」

 頭を撫でられて、涼介は思わず、奥村を睨んだ。顔が熱い。

「こ、子供扱いするなよ!」

「あはは、可愛い」

 涼介は腹を立てながらも、すっかりいつもの調子に戻った奥村に、ホッとしていた。


「付き合ってる相手のことを皆に内緒にするのって、どういう時だろう」

 レッスンが終わり、どうしても気になった涼介は、友人たちに質問を投げかけてみた。本人に聞けなかったからだ。

「二股とかだろ。それか友達の彼女を盗ったら言えないんじゃない?」

「大人だったら不倫とかね」

「不倫って何か良い響きだよな」

 他人事だからだろうが、話はすぐに逸れていき、いつかは年上の人妻と付き合ってみたい、と誰かが言い出した。涼介が考え込んでいると、

「同性愛とか?」

 敦司が言った。ドキン、と心臓が大きな音をたてる。

「……それもあるね」

 選択肢は、少ないのに。センター試験よりはるかに簡単そうなこの問題を、涼介はまだ解けない。

「俺たちに内緒で、言えない相手と付き合ってんの?」

 からかうような表情に、涼介はようやく表情を和ませた。

「違うよ、俺じゃなくて、」

「ピアノの先生?」

 敦司には何でもお見通しのようだ。涼介は降参して、頷いてみせる。奥村の名誉にかかわることだと思い、泣いたことは伏せておいたが、相当深刻であるということだけ、話した。

「彼女のほうが結婚してるんじゃないの?」

「そうなのかな……。週末、しょっちゅう泊まりに来てるのに?」

「結婚してたらそれは無理だな」

 二人で顔を見合わせ、考える。同性愛? その可能性を、完全に否定できない自分がいた。確かに、バーベキューのときの服装で、一度は彼を男性だと確信したはずだった。しかし、彼の美しすぎる容姿が、その記憶を曖昧にしてしまう。彼がもし、女性だったら。涼介はついにそれを想像してしまって、胸が苦しくなるのを感じた。女性だったら良かったのに。最初に抱いたその単純な気持ちは気付かぬうちに姿を変え、今再び涼介の中に現れた。

「午後の授業、始まるぜ」

 敦司の言葉に我に返った涼介は、全ての憶測と自分の感情を振り切って、立ち上がった。


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