婚約破棄と同時に護衛の任も解かれたので、心置きなく剣を振るうことにしました
いつもは会話中心の話が多いのですが、今回は思い切って剣戟シーンに挑戦してみました。手探りですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
「イザベラ。もう剣は握るな」
夜会の広間の隅で、ユリシーズ王太子は苦々しい顔でそう告げた。
「護衛の任も、今日限りで解く。婚約者が、騎士のような真似をしているなど――私の面目が立たない」
「……承知いたしました」
公爵令嬢イザベラ・クロウフォードは、静かに一礼した。表情には何も出さなかったが、内心では別のことを考えていた。
(これでようやく、体裁だけの淑女を演じずに済むのかしら)
幼い頃から、彼女は王太子の護衛として剣を叩き込まれて育った。並の騎士よりも確かな実力を持ちながら、婚約者になってからは「淑女らしくしろ」と剣を封じられ、社交の場では大人しく微笑むだけの日々を送ってきた。
「今後は、大人しく刺繍でもしていろ」
言い捨てて、ユリシーズはその場を離れていった。
イザベラは、静かに拳を握った。悔しさからではない。ようやく訪れた自由を、まだ実感しきれずにいるだけだった。
*
異変が起きたのは、その直後だった。
「――曲者だ!会場に賊が!」
悲鳴と共に、会場の照明が一部落とされる。黒装束の集団が、招待客の間を縫うように侵入してきた。護衛の騎士たちは反応が遅れ、逃げ惑う招待客との間で混乱が広がっていく。
「イザベラ様、お逃げください!」
護衛隊長ガレスの声が飛ぶ。だがイザベラは、逃げなかった。
近くの壁飾りから、儀礼用の剣を無造作に引き抜く。装飾過多で扱いにくい剣だったが、それで十分だった。
「――下がっていて」
賊の一人が、逃げ惑う令嬢に斬りかかろうとした瞬間、イザベラの体が動いていた。
最短距離で間合いを詰め、剣の腹で相手の得物を弾く。体勢を崩した賊の首筋に、峰打ちが一閃した。
「ぐっ――」
一人目が崩れ落ちる。
「な――」
周囲の招待客が、呆然とした顔でイザベラを見つめた。
二人目が、仲間の速さに焦れたのか、大振りの一撃で強引に押し切ろうとしてきた。イザベラはその軌道を半歩だけ避け、勢い余った賊の背に柄頭を叩き込む。
三人目、四人目は左右から挟むように迫ってきたが、イザベラは一歩も引かず、二人の間合いが重なる一瞬を狙って同時に懐へ飛び込んだ。装飾用の剣一本で、彼女は五人の賊を、瞬く間に無力化してみせた。
最後の一人を打ち倒し、剣を下ろしたイザベラの周囲に、静寂が満ちた。
「……イザベラ嬢が、賊を?」
「たった一人で……?」
ざわめきが広がる中、ユリシーズが青ざめた顔でこちらへ歩み寄ってきた。
「イザベラ、これは、その――」
「殿下。剣は握るな、とのご命令でしたが」
イザベラは、剣についた汚れを丁寧に払いながら、涼しい顔で応じた。
「賊を前にしては、そうも言っていられませんでしたので」
周囲の視線が、はっきりとユリシーズに向けられている。婚約者の実力を「面目が立たない」と封じ込めていた王太子の姿は、今この瞬間、誰の目にも滑稽に映っていた。
ユリシーズは、顔を赤黒く染めながら、口を開いては閉じることを繰り返していた。反論の言葉を探しているようだったが、周囲の視線がそれを許さなかった。
「……もういい」
ユリシーズは、絞り出すように言った。
「婚約は、正式に解消する。これ以上、君を縛る資格が、私には無いようだ」
「――承知いたしました」
イザベラは、深々と一礼した。今度は、隠しきれない安堵の色が、その口元に滲んでいた。
*
騒動から数日後。
「まさか、本当に婚約解消になるとはな」
訓練場でイザベラに稽古をつけながら、ガレスが苦笑した。
「後悔はないか」
「まさか」
イザベラは、木剣を構え直しながら、晴れやかに笑った。
「これでようやく、心置きなく剣を振るえますもの」
振り下ろされた一撃を、ガレスは危うく受け止めた。
「――随分と、腕が上がったな」
「封じられていた分、取り戻さなくては」
朝日が差し込む訓練場に、木剣のぶつかる音が小気味よく響いていく。
誰かの婚約者としてではなく、一人の剣士として。イザベラは、ようやく自分自身の道を、まっすぐに歩き始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回はアクション寄りの一話完結でした。実力を封じられていたヒロインが、堂々と自分の力を取り戻す話を書いてみました。楽しんでいただけたら嬉しいです。




