勇者の休日
「……」
「……」
「……」
「……」
魔王軍の最高幹部である四天王。
そんな絶望的な強敵を相手に、誰一人欠けることなく勝利を収めたというのに。僕たちを包む空気は、まるで冷たい墓場のようだった。
誰も、勝利の歓声を上げない。武勇伝を語り合わない。
昨夜のリアの「告白」から一夜明け、僕たちは重苦しい沈黙の中、街道を歩いていた。
いつもなら「俺の戦鎚の一撃、見たか!」と豪快に笑い飛ばすガランも、ただ黙々と歩を進め、時折僕の腕に巻かれた包帯を痛ましそうに見つめている。クロエは難しそうな顔で魔導書を睨みながら歩き、リアだけがいつもと変わらぬ穏やかな足取りで進んでいた。
(治癒魔法が、効かない……)
一歩足を踏み出すたび、僕の頭にはその事実が重くのしかかる。
たった一度のミスが、そのまま「死」に直結する。そのプレッシャーに、僕の胃は朝からずっとキリキリと痛んでいた。
「見えたぞ! 交易都市『アイゼン』だ!」
先頭を歩いていたガランの声で顔を上げると、平野の向こうに巨大な城壁に囲まれた活気ある街が見えてきた。
「うわぁ、すっごい!」
交易都市『アイゼン』の巨大な正門をくぐった瞬間、僕の口から感嘆の声が漏れた。
さっきまでの重苦しい空気が嘘のように、パッと視界が開け、色彩豊かな景色が飛び込んでくる。
大通りを歩き出してすぐ、僕の足元にコロンと小さなガラス小瓶が転がってきた。
「おっと。落としましたよ」
小瓶を拾い上げ、前を歩いていた腰の曲がったお婆さんのもとへ小走りで駆け寄って、そっと手渡した。
「おお、すまないねぇ、親切な旅のお方」
お婆さんは振り向くと、目尻の皺を深くして温かい笑顔を向けた。
「街の外れで寝込んでいる爺さんに、急いで薬を届けるところだったんだよ。女神様のご加護がありますように」
「ありがとう、お婆さんも気をつけてね」
僕は心からの笑顔で手を振り返した。
人の温かさに触れ、胸の奥にじんわりと心地よい熱が広がる。
その後は、勇者としての使命を忘れてしまうほど、穏やかで幸せな時間だった。
石畳のメインストリートには無数の露店が並び、商人たちの威勢のいい声や、焼きたてのパンの甘い香り、肉が焼ける香ばしい匂いが充満している。
ガランは露店で買った巨大な肉串を頬張り、クロエは魔法具の屋台で目を輝かせ、僕とリアと一緒に雑貨を見て回る。仲間たちと笑い合い、美味しいものを食べるうちに、「治癒魔法が効かない」という重いプレッシャーも綺麗に溶けていった。
(……そうだ。僕には、この最高の仲間たちがいる。一人で悩むことなんてないんだ)
「おーい!アレーン! 宿屋決まったぞー!」
前方を歩くガランが、大きく手を振って僕を呼んでいる。
「あ、うん! 今行く!」
駆け出そうとして――ふと、気まぐれに大通りの入り口の方へ視線を向けた、その時だった。
夕日に照らされた人混みの向こうに一人の老婆が目に入った。誰に話しかけるでもなく、ただ一人佇んでいる。
(あれ……? あのお婆さん、今日どこかで見かけたような……)
あんな道の真ん中で何をしているんだろう。
「どうしたアレン、早く来いよ!」
「……うん、なんでもない!」
明日からも頑張れる。この優しい人たちがいる世界を、絶対に守ってみせる。
僕は些細な疑問を頭の隅に追いやり、満ち足りた思いを胸に、最高の笑顔で仲間たちの待つ宿屋へと駆け出していった。




