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幻影の死闘と拒絶の光

「――ぐ、あああぁぁッ!」


僕の口から、無様な叫び声が漏れた。

四天王『幻影の策士』ゾフィアが放つ魔法の嵐。視界を埋め尽くすほどの凶悪な攻撃が迫るたび、僕の脳髄はハンマーで殴られたようにきしんだ。


(右腕が、消し飛ぶ――!)


直感ではない。鮮明すぎる「死の記憶」だ。

炎に焼かれて皮膚が炭化する臭い。氷の槍で内臓を串刺しにされる熱さ。首を刈り取られる瞬間の、視界がぐるぐると回転するおぞましい感覚。

数秒先の未来で僕が迎えるはずだった『無数の死に様』が、何十回とフラッシュバックする。


「おえっ……、げほっ、はぁっ……!」


致死の攻撃を紙一重でかわすたび、強烈な吐き気が胃の腑から込み上げてくる。

酸っぱい胃液を喉の奥に飲み込みながら、僕は泥まみれになって地面を転がり、ただひたすらに聖剣を振るい続けた。


「……ありえないわ。私の幻影陣の中で、どうして致命傷だけを的確に避けられるの……ッ!?」


ゾフィアの余裕に満ちた顔が、初めて焦燥しょうそうに歪む。

セシリアの極大魔法が彼女の退路を断ち、ガランの戦鎚メイスが幻影の防壁を粉砕した、その一瞬の隙。


吐き気と脳の過負荷で視界が明滅する中、僕は渾身の力で床を蹴った。


「そこだあああぁぁッ!!」


黄金の軌跡を描いた聖剣が、ゾフィアの胸を斜めに薙いだ。

――ふわり、と。まるで空気を斬ったかのような、あまりにも軽い感触。


「が、は……ッ! 忌々しい、勇者……!」


血を吐きながら、ゾフィアの姿がステンドグラスのように砕け散っていく。

『ノイズ』のように空間が歪み、パリンッという甲高い音と共に、周囲の景色が元の静かな夜の平野へと戻った。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


僕はその場に膝をつき、荒い息を吐いた。

ゾフィアを退けた。生き残った。

全身は無数の小さな切り傷から血が滲み、服もボロボロだったが、不思議と四肢を失うような大きな怪我は一つもなかった。


「……無茶苦茶な戦い方しやがって。寿命が縮んだぜ」

ガランがドカッと地面に座り込む。その巨体には、ゾフィアの魔法による深い火傷や裂傷が刻まれていた。

セシリアも魔力枯渇で肩で息をしている。


「ガラン様、セシリア様。すぐに治療します」


いつの間にか、衣服に泥一つ跳ねていない聖女リアが、静かに歩み寄ってきた。

彼女が祈るように杖を掲げると、温かな光が二人を包み込む。ガランの深い傷跡が、まるで『最初からなかったかのように』綺麗に消え去っていった。


「ふぅ……助かったぜ、リア。相変わらずすげぇ魔法だ」


息を吹き返したガランを見て、僕もホッと胸を撫で下ろした。

だが、リアは僕の方へ振り返ると、どこか哀れむような、ひどく静かな瞳で僕を見つめた。


「……アレン。先ほどの話の続きです」

「えっ?」

「言葉で説明するよりも、実際に見ていただいた方が早いでしょう」


リアはそう言うと、僕に向けて杖をかざし、先ほどと同じく治癒魔法ヒールを放った。


淡い光が、僕の傷だらけの腕を包み込む。

だが――次の瞬間。


パキンッ! と、薄いガラスが割れるような音を立てて、光は僕の皮膚に浸透する前に霧散してしまった。

僕の腕に刻まれた無数の浅い切り傷は、何一つ塞がっていない。血は、赤いまま流れ続けていた。


「な、なんだ今のは……!?」

ガランが目を見開く。


「……私の治癒魔法ヒールは、アレンには一切効果がないのです。光防壁バリアも同じです。アレンの強大すぎる『勇者の加護』が、私の魔力をすべて弾いてしまう体質のようなのです」


リアの透き通るような声が、夜の平野に冷たく響いた。


「アレンには、回復魔法が効かない……?」

セシリアが信じられないものを見るように、僕とリアを交互に見つめる。

「じゃあ、なんだ。お前、さっきのあの狂った四天王の猛攻を……『一度でも致命傷を食らったら終わり』っていう状態で避けてたってのか!?」


ガランの顔から、さっと血の気が引いていた。

回復ができない。それはつまり、前衛に立つ勇者にとって、たった一つのミスがそのまま『絶対の死』に直結することを意味する。


絶望的な宣告。重すぎる空気が、パーティーを押し潰そうとした。

だから、僕はわざと明るく笑ってみせた。


「なんだ、そんなことか! びっくりしたけど……大丈夫、こんなのただのかすり傷だよ」


僕は腕の血を無造作に袖で拭い、ガランの肩を叩いた。


「この程度、一晩寝たら治るって! 致命傷をもらわなければいいだけだろ? 僕の『直感』なら全部避けられるから、心配しないでよ」


平気なふりをして明るく笑う僕を見て、ガランは何か言いたげに口をつぐみ、セシリアは痛ましそうに目を逸らした。


リアだけが、瞬きひとつせず、真っ直ぐに僕を見つめていた。


そのひどく澄んだ硝子ガラスのような瞳は、悲しみも、憐れみも浮かべていない。

ただ物理的に、そこにある光を吸い込むように。

血を流して笑う僕の姿を、その丸く冷たい瞳の奥へ、静かに、無機質に『焼き付けて』いるようだった。

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