鉄鋼街の揺るがぬ盾
リナスの村を後にしたアレンは、次なる目的地「鉄鋼の街 ガンドール」へと辿り着いた。
そこは、のどかな村とは対照的に、絶えず重々しい槌音が響き渡り、無数の煙突から吐き出される黒煙が空を焦がす、無骨な職人と荒くれ者たちの街だった。
「腕利きの戦士……ガラン、という名前だったな」
アレンは街の人々に道を尋ねながら、街の裏路地にある一番大きな酒場『鉄の拳亭』の分厚い木扉を押し開けた。
むせ返るような熱気と、安酒の匂いが立ち込める中、部屋の最奥のテーブルに、一際巨大な背中が陣取っているのが目に飛び込んできた。
燃えるような赤毛の短髪に、丸太のように太い腕。その傍らには、常人では持ち上げることすら叶わないであろう、巨大なタワーシールドが立てかけられていた。その裏側には、分厚い鉄製の戦鎚が固定されている。
アレンはリアを連れて、その男のテーブルへと歩み寄った。
「あんたがガランか? リナスの村の長老から、紹介状を預かってきたんだ」
ガランと呼ばれた男は、ジョッキの中の酒を飲み干すと、無言でアレンをにらみ据えた
「なんだ、ヒョロガキが。勇者の紋章か何か知らねえが、戦場じゃあそんなおもちゃの印は何の役にも立たねえぞ。帰りな、坊主。火傷する前にな」
冷たく突き放され、アレンが言葉を失ったその時、隣にいたリアが静かに一歩前に出た。
「ガラン様。あなたの実力は、あの老賢者によって深く信頼されています。どうか、一度だけお話を聞いていただけませんか?」
黒煙と煤にまみれたこの街に、彼女の存在はあまりに不釣り合いだった。ガラス細工のような透明感を持った少女が、ただそこに静かに佇んでいる。
その圧倒的な神秘性に、酒場の荒くれ者たちが毒気を抜かれたように息を呑んだ。
ガランも品定めするような鋭い目でリアを見つめる。
リアはその視線を逸らすことなく、どこまでも透き通った瞳でガランを見つめ返した。
無骨な戦士と、あまりに場違いな美しさを持つ少女。
火花を散らすような睨み合いが数秒続き、酒場の喧騒は完全に消え失せ、針が落ちる音さえ聞こえそうなほどの静寂が支配した――。
その、張り詰めた沈黙を切り裂くように。
街の見張り塔から、けたたましい警鐘が鳴り響いた。
「魔物だッ!! 西門の防壁が破られたぞ!! オークの大群だァッ!!」
血相を変えた男が酒場に飛び込んでくる。悲鳴と共に店内がパニックに陥る中、ガランだけは違った。彼は無言で傍らの巨大盾を掴み上げると、誰よりも早く店を飛び出した。アレンも慌ててその後を追う。
西門付近は、既に地獄絵図だった。
二メートルを超えるオークたちが、民家を次々と破壊している。逃げ遅れた女性と子供が、巨大な棍棒の影に怯え、腰を抜かしていた。
「どけェッ! 俺が『盾』になるッ!!」
怒号と共に、ガランが盾を地面に叩きつけた。凄まじい衝撃音が響き、オークたちの同時攻撃がその大盾によって完全に弾き返される。
「アレン! 私は民家の防衛に回ります! あなたはガラン様と、オークの殲滅を!」
リアが背後から的確な指示を飛ばす。彼女は民家の前へと移動すると、両手を差し出した。
「『魔結界』」
青白い光の壁が民家を包み込み、オークの追撃を遮断する。アレンはそれを見て、迷いなく聖剣を抜き放った。
「はあああッ!」
黄金の軌跡を描く聖剣が、ガランの大盾に気を取られていたオークの腕を切り飛ばす。
「チッ、お節介な勇者様だ。足手まといになるなよ!」
「お節介じゃない! 目の前で誰かが戦っているなら、助けるのは当然だろ!」
背中合わせになる二人。
「おい、ガキ。左は任せていいか?」
「アレンだ。……任せてくれ、ガラン!」
そこからは、お互いに初めて戦うとは思えないほど、見事な連携だった。
ガランが豪快な「盾打撃」で敵の体勢を崩し、その隙を縫ってアレンが鋭い刺突でトドメを刺す。二人の共闘に、オークたちは為す術もなく次々と沈んでいった。
最後の一体が地響きを立てて倒れる頃、街の人々から歓声が上がった。
「ふん。口だけじゃねえようだな。筋は悪くねえ」
ガランは肩で息をしながら、盾に付いた返り血を乱暴に拭った。その腕には、激戦の代償として生々しい裂傷がある。
「ガラン様、動かないでください。『治癒魔法』」
歩み寄ったリアが、静かに光の手をかざした。温かな輝きがガランの腕を包み、瞬く間に傷跡を消し去っていく。
ガランは自分の腕を不思議そうに眺めた後、鼻を鳴らして不敵に笑った。
「お前、リアといったな、ありがとな。……前言撤回だ。金は要らねえ。だが、条件がある」
ガランは視線をリアからアレンへと移し、射抜くような眼光を向けた。
「お前のその甘っちょろい『正義』がどこまで通用するか、俺が一番近くで見届けてやるよ。途中で泣き言を言ったら、その場でお前を置いていくからな」
差し出された岩のような大きな掌を、アレンは満面の笑みで力強く握り返した。
「ああ。よろしく頼む、ガラン!」
リアはその様子を一歩離れた場所から、いつもの穏やかな笑顔で見守っている。
ガランは巨大な盾を背負い直すと、鼻を鳴らしてアレンの隣に並んだ。
「……さて、アレン。次はどこへ行くつもりだ? まさか、このまま魔王の城に突っ込むなんて無策は言わねえだろうな」
「まずは装備を整えなきゃ。この街には、腕利きの武具屋があるんだろ?」
「いい店があるんだ、案内してやるよ。この街の鍛冶屋は腕が良くて有名なんだぜ」
ガランはそう言ってアレンの肩を叩き、軽やかな足取りで前へ出た。
勇者を導く背中はどこまでも頼もしく、リアもまた、波立つ人混みの隙間を縫うようにして二人の後に続いた。




