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最弱の四天王、黒騎士再び

静寂の森を抜け、見晴らしの良い平野で初めての夜を迎えた。

野営の準備を終え、パチパチと焚き火の音が響く中、僕は最大限の警戒を敷いていた。


(……来る。……今夜、あのバケモノが)


前回の記憶が正しければ、この初めての野営の夜に、魔王軍四天王『幻影の策士(ゾフィア)』の夜襲に遭う。

皆は知らない。警戒しなければ。少しの隙も絶対に見せちゃいけない……!


僕は悟られないように剣の柄に指を掛けたまま、この不自然な沈黙を誤魔化すために、適当な話題を口にした。


「ねえ、みんな。無事に魔王を討伐して、平和が戻ったら……その後はどうするつもりなの?」


ほんの一瞬。

三人の動きが完全にピタリと止まった。

炎越しに見える彼らの顔から、さっきまでの仲間としての柔らかい雰囲気がスッと抜け落ちたように見えた。


「平和になった後、……ねぇ。」


(……え? なにかまずい事、聞いちゃったかな?)

だが、次の瞬間には、ガランがいつものように豪快に笑ってパンを齧った。


「まあ、俺は普通に暮らしたいな。田舎の親父とお袋を安心させてやりたいし、できればデカい家でも買って楽させてやりてぇな」

「へえ、ガランって親思いなんだね」

「おうよ。だが、それにはとにかく莫大な『金』が要る。だから俺は、この割の良い『仕事』をやってるのさ」


ガランは肩をすくめて笑う。なるほど、傭兵としての素直な夢だ。

僕は少しホッとして、クロエを見た。


「私は、これまでと何も変わらないわ」

クロエは魔導書から目を離さず、淡々と言った。

「人々を熱狂させ、魅了するような新しい魔法を開発し続けるだけよ。誰も見たことがない最高の『演出』で、もっと多くの人間を喜ばせたい……それが私のやりたいことだから」


宮廷魔導師だった彼女らしい、純粋な魔法への探求心だ。

そして最後に、僕はリアに視線を向けた。


「リアは……やっぱり、教会に戻るの?」


リアは膝の上で両手をギュッと握り締め、うつむいた。


「私は……復讐をします」

「え……?」


その横顔には、いつもの慈愛に満ちた聖女の面影はなかった。


「私は復讐します。……それが終われば、もう私の役目は終わりますから」


あまりにも普段の彼女からかけ離れた、暗く重い言葉。

いつも優しく微笑む『聖女』の口から出たとは信じられなくて、僕は完全に言葉を失ってしまった。


(……なんて、返事をすればいいんだ?)

触れてはいけない深い闇を覗き込んでしまったような気がして、僕はただ息を呑むことしかできなかった。


「……」

「……」

「……」

沈黙が続く中。


――バチッ!!


焚き火の音が、不自然に高く響く。

風はないはずなのに、炎が大きく揺れた。


ガランがわずかに眉をひそめる。

クロエも魔導書から目を上げて周囲を見渡す。


「……なにか、変ね」


(……来る! ゾフィアだ……!)


即座に身をこわばらせ、剣の柄に手をかけた。

確信していた。僕はこの状況を良く知っている。


(大丈夫。前回もうまくいったんだ、今回も対処出来る)


重厚な金属音が一つ、また一つと響いてきた。

「ククク……。勇者の紋章を持つ小僧。こんなヒヨッコが、我らが魔王様の脅威になるだと?」


暗闇の中から、異常な巨体が姿を現した。

黒金の鎧。身の丈を越える大剣。

まるで空間そのものが歪むような、禍々しい殺気を放ちながら。

「我が名は魔王軍四天王が一角……黒騎士ヴォルガ!」


ガランが低く唸る声が聞こえた。

「……おい、アレン。こいつヤバいぞ」


クロエの震える声が聞こえた。

「魔力の質が異常よ」


リアの表情も心なしか硬い気がした。

僕の『直感』も、これまでにない最大級のボリュームで警鐘を鳴らし狂っている。


――逃げろ。死ぬぞ。

本能はそう叫んでいる。


だが、前回の記憶に引っ張られ、僕の心だけが完全に緊張感が抜けていた。

(……よかった、ゾフィアじゃない。こいつは黒騎士(ヴォルガ)だ)


目の前に立つ巨体の威圧感は凄まじい。歴戦のガランたちが冷や汗を流すのも無理はない。

だが、僕は知っている。こいつはあの峠道で自滅したポンコツ剣士。臆することはない。


歴戦の二人ですら絶望する圧倒的な脅威、そして異常なまでの『直感』の警告。

だが、それよりも「前回の記憶」にすがりついてしまった僕は――微かな安堵と共に、剣を握る手の力をフッと緩めてしまった。


目の前に立つ巨大な黒騎士は、ゆっくりと暗黒の大剣を天に掲げた。


「さあ、絶望を味わえ、勇者」

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