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クロエ再開

僕たちは4人目の仲間を求めて『静寂の森』へと足を踏み入れていた。


一年中、銀色に輝く深い霧が立ち込める魔の森。方向感覚を狂わせる幻惑の魔法が常時展開されており、腕利きの冒険者でさえ一度迷い込めば二度と帰ってこられないと恐れられている場所だ。


ガランとの再会は、前回をなぞるように慎重に動いた。けれど、今回は迷わず『最短ルート』を突っ切る。


彼女と初めて出会ったこの森で、前回と同じ道順を辿れば、間違いなくあの魔物に襲われて無事では済まない。そんな危険な真似はもうできない。


「おいアレン、本当にこっちで合ってんのか? さっきから地図も羅針盤も見ちゃいねえが」

「大丈夫。真っ直ぐ進めば着くから」


僕はガランの呆れたような声を背中に受けながら、濃密な銀の霧の中を一切の迷いなく進んでいった。前回、クロエにこの森の歩き方を教えてもらっていたからだ。


歪な巨木の横を抜け、毒沼を避け、見えない結界の隙間を縫うように歩き続けること数十分。

不意に霧が晴れ、静寂に包まれた開けた場所に出た。


そこには、透き通るような銀髪と、氷のように冷徹な紫の瞳を持つ少女が、空中に浮かべた魔導書にペンを走らせていた。

若くして宮廷魔導師の座に就きながら、そのあまりにも危険な探求心から王国を追放された孤高の天才、クロエだ。


(出会いの状況が変わっても、絶対に大丈夫だ)


僕は自分に言い聞かせるように、そして深呼吸をした。

彼女は口調こそ冷ややかだが、根は誰よりも優しい。前回、森で迷っていた見ず知らずの僕たちを、見捨てずに忠告しに来てくれた彼女の不器用な優しさを、僕は知っているのだから。


「やあ、クロエ! 迎えに来たよ!」


僕が笑顔で声をかけると、彼女は弾かれたように顔を上げ、紫の瞳を限界まで見開いた。


「……は? 嘘でしょ。」

パニックになりかけるクロエ。


「私が時間をかけて見つけたこの座標へ辿り着くなんて……あなたたち、何者なの?」

僕が返事をしようとした瞬間――足元で、突然大地が震えた。


地面が爆発したように隆起し、巨大な魔獣が姿を現した。


(クソっ!やっぱり出るのか)


全身が毒々しい紫色のつたで覆われ、無数の鋭い牙を持つ植物型の魔獣『デス・ヴァイン』。


「チッ、大物が釣れやがった!」

ガランが戦鎚メイスを構え、力任せに突進しようと前に踏み出した。


(ダメだ!そのまま突っ込めばガランが吹き飛ばされる!)

「ガラン、危ない!」


僕の叫びに、ガランはピタリと足を止めた。

直後――彼が踏み込もうとしていた鼻先の空間を、極太の蔦が鞭のように薙ぎ払った。


「なっ……!」


凄まじい風圧が吹き荒れる。もし僕の呼び声が一瞬でも遅れていれば、ガランは間違いなく大盾ごと吹き飛ばされ、致命傷を負っていただろう。

冷や汗を流したガランは即座に戦術を切り替え、後方のクロエを庇うように立ち塞がった。


「……ッ! 危ねえところだったぜ。助かった、アレン! お嬢ちゃんは下がってな!」


ガランは巨大なタワーシールドを地面に叩きつけ、鉄壁の構えをとる。直後に叩きつけられた蔦の追撃にも、備えを固めていたガランの巨体は岩のように一歩も退かなかった。


その後方では、リアが僕の指示を待つまでもなく、既にクロエの背後へと回り込んでいた。

祈りの杖が静かに掲げられ、膨大な神聖魔力が、呆然としているクロエの身体へと惜しみなく注ぎ込まれていく。


言葉を交わす必要すらない。僕の必死な動きに呼応するように、仲間たちが反射的かつ完璧な連携で動いてくれる。


だが、奴の異常な再生力の前では、剣撃による物理攻撃など時間稼ぎにしかならない。斬っても斬っても即座に再生するこの魔物を討伐するには、高火力の『魔法』で一気に焼き尽くす必要があった。


だからこそ、絶対の要となるのはクロエの魔法だ。


だが、肝心の彼女は――。

「……えっ? えっ?」


誰も来られないはずの場所に突然現れ、いきなり死闘を始めた僕たち。あまりの急展開に、まったく思考が追いついていないのだろう。魔導書を抱えたまま彼女は呆然と立ち尽くしている。


……致命的すぎる初動の遅れだった。


――ドクン。

僕の視界が、真っ赤に染まった。

(ッ、来る――!!)


僕は迫り来るその不可視の蔦を、見てもいないのに完璧な位置で斬り伏せた。

ガランの巨大な盾でも防ぎきれない死角からの奇襲。そのすべてを、過去の『死の記憶』を頼りに、僕が死に物狂いで叩き落す。


「クロエは詠唱を!」


僕は必死に剣を振り回し、蔦の雨を弾きながら背後の天才魔導師に向かって叫んだ。


「僕たちが時間を稼ぐ! ……40秒でいいでしょ!?」

その言葉に、パニックになりかけていたクロエがハッと息を呑んだ。


彼女の目の前には、絶対に破られない頼もしい鋼の壁(ガラン)

背後からは、とめどなく供給される補助魔法(リア)

そして、どんな死角からの奇襲も届く前に斬り捨てる勇者()


後衛の魔導師にとって、これ以上ないほど理想的な、最高の環境。

クロエの紫の瞳から戸惑いがスッと消え去り、代わりに、不敵で強烈な決意の光が宿った。


「……40秒?」

クロエが、空中に浮かべた魔導書をバッと開く。


「舐めないで。これほど完璧なお膳立てがあるなら……10秒で十分よ! 灰も残さず消し炭にしてあげるわ!」


彼女は両手を前に突き出し、かつてない超高速で詠唱を開始した。

周囲の空気が急激に熱を帯び、真っ赤な魔方陣が展開されていく。僕たちは一歩も退かず、彼女の宣言した『10秒』を死守するために武器を振るい続けた。


「そこを退きなさいッ! 『紅蓮の裁き(クリムゾン・フレア)』!!」


クロエの放った極大の火炎魔法が、森を真昼のように照らし出し、魔獣を核ごと完全に焼き尽くした。


静寂が戻った森の中。

彼女はふっと、初めて年相応の柔らかな微笑みを浮かべ、僕たちを見ている。


「……初めて組んだとは思えない完璧な陣形。本当に、信じられないわ」


こうして、知略と圧倒的な火力を誇るクロエが仲間に加わった。

しかしクロエは、魔導書を閉じながら、僕の背中を見つめて独りごとのように呟いた。


「……ねえ、勇者サマ。あなた、どうして『私の最大魔法の詠唱が40秒かかる』って知っていたの?」


僕はその問いに、言葉を詰まらせた。

『回帰』の秘密は、絶対に誰にも明かしてはいけないとリアに釘を刺されている。


「そ、それは……ただの勘だよ。勇者の直感ってやつさ」


僕は必死に笑って誤魔化しながら、斬り飛ばされる幻覚を見たばかりの自分の首筋へとそっと触れた。首がちゃんと繋がっていることを無意識に手で確かめるのが癖になってしまったようだ。


勇者、聖女、戦士、魔導師。

互いの背中を預け合える、最高のパーティーがここに揃った。

誰も死なず、前回よりも圧倒的に強く。


僕たちの本当の旅は、ここから始まるんだ。

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