焼け落ちた村、なぞられた悲劇
「タイトル」「あらすじ」がなかなかしっくりこなくて、迷走していましたが決定しました。
燃え盛る炎と、鼓膜を裂くような悲鳴。
僕は広場へ飛び出した。
視界の端で、昼間はあんなに美しかった麦畑が、黒い煙を上げて燃え盛っている。
ゴブリンどもの醜悪な笑い声と、村人たちの悲鳴が交じり合い、頭がどうにかなりそうだった。
「グルルルルッ!!」
見上げるほど巨大なホブゴブリンが、僕の体ほどもある太い棍棒を横薙ぎに振るってきた。咄嗟に聖剣を掲げて受け止めたが、衝撃は大槌で殴られたように全身に響いた。僕はそのまま数メートルも吹き飛ばされ、泥まみれの石畳に叩きつけられた。
「ぐっ……っ!」
目の前がチカチカする。
這いつくばる僕の頭上に、再び棍棒が振り下ろされた。無我夢中で横に転がり、直撃を避ける。石畳が粉砕され、飛び散った破片が頬を掠めた。
昼間のゴブリンとは次元が違う。僕がホブゴブリンの怪力に足止めされている間にも、再び群れをなしたゴブリンたちが次々と民家へ火を放ち、逃げ遅れた村人たちに襲いかかっていく。
「やめろ……やめろぉぉっ!!」
僕は喉が裂けるほど叫びながら、ふらつく足で立ち上がり、再び聖剣を構えた。
怒り狂ったホブゴブリンが、両腕を高く振り上げる。まともに受ければ、今度こそ本当に叩き潰される。
(……くる!)
幾多の死線の記憶が、僕の身体を無理やり動かした。かつて巨獣に叩き潰された時の『死の記憶』が、最適な回避ルートを脳内に叩き込んでくる。
僕は地面を滑るようにして致命的な一撃を躱し、すかさず立ち上がってホブゴブリンの太い脚を力任せに切り裂いた。
「ガアアッ!」
浅い。皮膚が岩のように分厚い。だが、巨体がわずかにバランスを崩した。
怒り狂った魔物が、めちゃくちゃに腕を振り回してくる。僕はそれを聖剣で弾き、身を屈めて躱し、隙を見つけては腕や胴体に何度も何度も斬りつけた。
ガキンッ! という重い衝撃のたびに、手首の骨が悲鳴を上げる。それでも止まるわけにはいかない。
「はぁっ、ああああっ!!」
叫びながら、何度も刃を叩き込む。
魔物の血は、聖剣の刀身に触れた瞬間すべて光の粒子となって蒸発していく。
真っ白な刃を必死に振るい続け、幾度目かの斬撃で、ついにホブゴブリンの太い腕がだらりと下がった。
動きが鈍った、その一瞬。
僕は地面を強く蹴り、奴の懐へと深く潜り込んだ。
(……これで、最後だ……!)
「ギャァァァァァァ!!」
断末魔とともに巨体が地響きを立てて崩れ落ちると、統率者を失った群れは散り散りに闇の中へと逃げ去っていった。
だが、僕の胸に勝利の歓喜など微塵も湧かなかった。
夜風に乗って鼻を突くのは、木材が焼け焦げる臭いと、むせ返るような血の匂い。
「あぁ……ああ……」
火の海と化した村。血を流して倒れる村人たち。亡くなった家族の骸に取りすがって泣き叫ぶ声。
それは、僕の脳裏に焼き付いている「前回」と違わぬ地獄絵図だった。
(どうして……。)
僕は、力なくその場にへたり込んだ。
結局、何も変えられなかった。僕の足掻きなんて、最初から無意味だったんだ。
膝を抱え、絶望に塗り潰されていく僕の肩に、そっと温かい手が置かれた。
「……顔を上げて、アレン」
振り返ると、炎に照らされたリアが立っていた。
彼女の純白の法衣には、煤ひとつ、血の一滴すら跳ねていない。悲惨な泥まみれの光景の中にあって、彼女だけがひどく現実離れして見えた。
「悲劇を防げなかったこと、悔やむ気持ちはわかるわ。でも、立ち止まってはいけない」
リアは慈愛に満ちた、絵画のように完璧な微笑みを浮かべて僕を見下ろす。
「この悲しみを生み出している元凶は、魔王グラディウスよ。これ以上、こんな悲劇の連鎖を広げないためにも……彼を討伐することこそが、世界に選ばれた勇者である、あなたの使命なの」
「……使命。……そうだ。僕が、やらなきゃ」
彼女の言葉にすがりつくように、僕は何度も頷いた。その言葉がなければ、今の惨めな自分を支えきれなかった。
自分の無力さから目を逸らすように、込み上げてくる感情を、魔王への怒りへと書き換えていった。
翌朝。
焼け焦げた村の入り口で、生き残った村人たちが僕たちを見送りに来てくれた。
「勇者様、どうか……どうか魔王を倒してください……!」
「……必ず、仇は取ります」
僕は無理やり奮い立たせた声で頷き、逃げるように村を背にした。




