第5話 勇者は金欠に喘ぎ、錬金術師は醤油を買いに街へ来る
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王都の路地裏にある、薄汚い安酒場『豚の蹄亭』。
その一番奥の席で、かつて「新進気鋭」ともてはやされた勇者パーティーは、水で薄めたような安いエールを煽っていた。
「……ッタク、また依頼失敗かよ。割に合わねぇな」
勇者アレクが木製のジョッキをテーブルに叩きつける。
彼の装備は傷だらけだった。自慢の聖剣は刃こぼれし、鎧の留め具は外れかけている。
「仕方ねぇだろ。俺の盾がベッコリ凹んじまってんだ。あんな状態でオーガの突進なんか受けられるかよ」
重戦士ガルドが不機嫌に吐き捨てる。
かつては「鉄壁」と呼ばれた大盾は、今やスクラップ寸前の鉄板だ。
以前なら、ダンジョンから戻れば錬金術師のクロウが徹夜で修復し、翌朝には新品同様になっていた。だが、今の彼らにそんな技術はない。
「装備だけではありませんわ……。ポーションも高騰していますし、何より……」
聖女ミリアが、目の下のクマを指で押さえながら、恨めしげに足元を見た。
「オイ! 貴様ラ! 何ヲ 休ンデイルンダ!」
そこには、彼らが「伝説のガーディアン」だと信じて持ち帰った、黄金のゴーレムが鎮座していた。
しかし、その輝きは見る影もない。所々の金メッキが剥がれ落ち、下地の錆びた鉄がむき出しになっている。
「左足ノ メッキ ガ 剥ガレタゾ! 今スグ 直セ! 俺様ヲ 敬エ! 磨ケェェ!!」
「うっさいわね! 今はお金がないから金箔なんて買えないのよ!」
ミリアがヒステリックに叫ぶ。
このゴーレム、戦闘では役に立たないどころか、四六時中「磨け」「称えろ」と騒音を撒き散らすのだ。おかげでミリアは不眠症になり、肌荒れが酷くなる一方だった。
「……全部、あのクロウのせいだ」
アレクが憎々しげに呟く。
「あいつが……あいつがパーティーを抜ける時に、俺たちに呪いをかけていったに違いない。でなきゃ、こんなに上手くいかないはずがないんだ」
「そうだな。あの陰気な錬金術師め、今頃どこかで野垂れ死んでりゃいいんだが」
自分たちで追い出した事実を棚に上げ、彼らが呪詛を吐いていた、その時だった。
酒場の入り口付近が、にわかに騒がしくなった。
「おい、聞いたか? さっきギルドに現れたパーティーの話」
「ああ! 『三人の絶世の美女』を連れた若い男だろう? 見たぜ、あれはヤバい」
「何がヤバいんだ?」
「装備だよ! あの男が羽織ってた白衣……あれ、ただの布じゃねぇぞ。俺の目利きが確かなら、伝説のS級魔獣『フェンリル』の毛皮だ」
「はぁ!? フェンリルだと!? 国宝級じゃねぇか!」
「それに連れの美女たちも凄い。ミスリルの鉄扇に、古代魔導の杖……どこの国の王族だよ」
酒場中の冒険者たちが、噂話に花を咲かせている。
アレクたちの耳がピクリと動いた。
「……金持ちのボンボンか?」
「アレク、これチャンスじゃないか?」
ガルドがいやらしい笑みを浮かべ、足元のポンコツゴーレムを指差した。
「金持ちってのは、こういう『派手なだけのゴミ』が大好物だろ? 上手くおだてて、この役立たずを高値で売りつけてやろうぜ」
「……名案だ。あわよくば、そのS級装備のいくつかを譲ってもらえるかもしれん」
勇者たちは顔を見合わせ、下卑た笑みを浮かべた。
彼らは残った小銭をテーブルに置くと、カモを捕まえるべく、急いで酒場を飛び出した。
◇
冒険者ギルドの前は、黒山の人だかりができていた。
その中心を、モーゼが海を割るように、異様なオーラを放つ一行が歩いてくる。
先頭を歩くのは、雪のように白いロングコート(白衣)を風になびかせた青年。
その右腕には、紫紺のドレスを纏った妖艶な美女が絡みついている。
左側には、知的な眼鏡をかけたクールな美女。
そして背後には、身の丈ほどの巨大ハンマーを軽々と担いだ、赤髪の美少女が楽しげにスキップしていた。
「す、すげぇ……本当にフェンリルの毛皮だ……」
「あの美女たち、人間か? 肌が陶器みたいに綺麗だぞ……」
周囲の視線を一身に集めながらも、彼らは気にする素振りもない。
「おい、そこの貴族様!」
勇者アレクは、人混みを掻き分けてその青年の前に飛び出した。
一番良い営業用のスマイルを貼り付けて。
「お初にお目にかかる! 俺は勇者アレク。この街で一番の……」
「オイ! 貴様! 俺様ヲ 地面ニ 置くな! 高イ所ニ 飾レ!」
背負っていたゴーレムが騒ぎ出し、アレクは舌打ちしそうになるのを必死で堪える。
「……コホン。実は貴方のような高貴な方に、この『伝説の黄金騎士』をお譲りしたいと思いましてね。どうです? その美しいお連れ様たちにも似合う――」
「――邪魔だぞ。どいてくれ」
青年が、足を止めることすらせず、冷淡に言い放った。
その声に、アレクは心臓が止まるかと思った。
聞き覚えのある声。
いや、忘れるはずのない、自分たちがゴミのように捨てた男の声。
青年がゆっくりとフードを上げる。
そこにいたのは、以前よりも肌ツヤが良く、自信に満ちた表情の錬金術師だった。
「ク、クロウ……!?」
「なっ、嘘だろ!? なんでお前がそんな……!?」
アレク、ガルド、ミリアの三人が、幽霊でも見たかのように後ずさる。
ボロボロの装備を纏った勇者たちと、国宝級の装備を纏った元・雑用係。
その対比はあまりにも残酷だった。
「……ん? なんだ、アレクか」
クロウは、路端の石ころを見るような目で彼らを見た。
「相変わらず、貧乏くさい装備だな。ガルドの盾、まだ直してないのか? それじゃゴブリンの棍棒も防げないぞ」
「なっ……!」
「それにミリア、肌が荒れてるな。俺が配合してた『美容クリーム』を使ってないのか?」
図星を突かれ、ミリアが顔を真っ赤にして俯く。
「クロウ、貴様……! そのふざけた格好はなんだ! まさか、どこかで盗みを……」
「盗み? 失敬な」
クロウが答える前に、彼の隣にいた紫の美女――アミィが、パァン! と鉄扇を開いた。
「この方は、正当なる古代遺跡の継承者にして、私たち『三姉妹』の唯一無二のご主人様ですわ。貴方たちのような薄汚い方々が、気安く話しかけていい相手ではありませんの」
アミィは扇で口元を隠し、氷のような視線で見下す。
「ご主人様の視界に入らないでくださる? その貧乏くさい臭いが移りますわ」
続いて、眼鏡の美女――サフィが、冷徹に告げる。
「スキャン終了。脅威度ゼロ。……マスター、彼らに関わるメリットは皆無です。時間の無駄ですので、『醤油』の買い出しを優先することを推奨します」
「し、醤油だと……!?」
アレクが絶句する。
自分たちが必死で生きている中、こいつは「醤油」のために街へ来たというのか。
とどめとばかりに、赤髪の少女――ルビィが、アレクが抱える黄金ゴーレムを指差してケラケラと笑った。
「あははは! お兄ちゃん見てー! あの金ピカのお人形、中身がスッカスカだー! ハリボテだねー! 弱そー!」
「ギギッ!? 貴様、何ヲ言ウ! 俺様ハ 最強ノ……」
ルビィの無邪気な指摘に、黄金ゴーレムが反論しようとした時だ。
ゴーレムの目が、クロウの着ているフェンリルの白衣と、彼の整った魔力波長を捉えた。
「オオオ……! 美シイ! 素晴ラシイ輝キダ!」
ゴーレムはアレクの手を振りほどき、這いつくばってクロウの足元へ擦り寄ろうとした。
「オイ! そこの貴族! 俺様ヲ 拾エ! 磨ケ! そこの貧乏人ハ もう嫌ダァァァ!!」
自分たちの「切り札」にまで裏切られた勇者たちは、公衆の面前で恥を晒し、顔面蒼白で立ち尽くすしかなかった。
「……悪いな」
クロウは、足元のゴーレムを避けるように一歩退がり、冷たく言い放った。
「俺は『本物』しか愛せない主義なんだ。そのメッキ人形は、お前たちにお似合いだよ」
そう言ってクロウは、三人の美女を連れて優雅に立ち去ろうとしていた。
後に残されたのは、群衆の嘲笑と、惨めな勇者パーティー、そして「磨ケェェ!」と喚き散らす金メッキの鉄屑だけのはずだった。
【終盤シーン:ゴミをダイヤに変える錬金術 ~返品不可の契約完了~】
「……待て」
一度は背を向けたクロウだったが、何かに気づいたように足を止めた。
彼は振り返り、這いつくばる黄金ゴーレムをじっと見下ろした。
「鑑定……なるほど。そういうことか」
クロウは一つ頷くと、ニヤリと口角を上げた。
「おいアレク。そのゴーレム、売る気があるなら俺が買ってやってもいいぞ?」
その言葉に、絶望していた勇者たちの顔色がパッと変わった。
「ほ、本当か!? 買うのか!? このポンコツを!」
「ああ。ただし、見ての通りのジャンク品だ。金貨10枚……いや、5枚なら引き取ってやる」
金貨5枚。勇者パーティーにとっては宿代数泊分にしかならない端金だ。
だが、彼らは飛びついた。この騒がしい呪いの人形を処分できて、金まで手に入るなら願ったり叶ったりだ。
「売る! 売るぞ! 今すぐ持って行け!」
「よし。……サフィ、契約書を」
サフィが瞬時に羊皮紙を取り出し、アレクにサインをさせる。
これで所有権は正式に移行した。ギルド職員や群衆が見守る前での、公的な取引成立だ。
「よし、契約成立だな」
クロウは契約書をしまうと、ボロボロの黄金ゴーレムの前に膝をついた。
「おい、聞こえるか? お前が騒いでいたのは、回路が詰まって苦しかったからだな?」
「ア……アァ……磨ケ……詰マル……苦シイ……」
「今、楽にしてやる」
クロウは懐から、ラボで精製した『超・活性化オイル(エリクサー配合)』を取り出し、ゴーレムの錆びついた関節に垂らした。
同時に、錬金術師としての莫大な魔力を、詰まっていた回路に一気に流し込む。
「――再構築!!」
カッ!!
眩い光が周囲を包み込む。
バチバチと音を立てて剥がれ落ちていた金メッキが、クロウの魔力と反応し、再結晶化していく。
ただのメッキではない。錬金術によって、その装甲は「純度100%のオリハルコン・ゴールド」へと変質したのだ。
「オオオオオオッ!!」
光が収まると、そこに立っていたのは、以前の薄汚い姿ではなかった。
鏡のように磨き上げられた黄金の装甲。
軋む音一つ立てない滑らかな関節。
背中からは光の粒子を放つスラスターが展開され、その威圧感はまさに「黄金の要塞」。
「……システム・オールグリーン。出力、安定。……我が主よ」
ゴーレムの声が変わった。
耳障りな金切り声ではない。重厚で、知性を感じさせるバリトンボイス。
黄金の巨体は、クロウの前で恭しく跪いた。
「我が名は『ゴルド』。主の盾となり、敵を粉砕する守護者なり。……この清らかな魔力供給、感謝の言葉もありません」
「な、なんだと……!?」
アレクたちの目が飛び出る。
ミリアが震える指で叫んだ。
「う、嘘よ! さっきまでただのガラクタだったじゃない! なんで急に……!」
クロウは涼しい顔で、生まれ変わった『ゴルド』の肩をポンと叩いた。
「道具は使い手を選ぶ、ってことさ」
彼は残酷な真実を突きつける。
「こいつは元々、高性能な学習型ゴーレムだ。『磨け』と言っていたのは、魔力伝導が悪化してSOSを出していただけ。お前たちがメンテナンスを怠り、雑に扱ったから、こいつも性格が歪んで性能が落ちていただけなんだよ」
「そ、そんな……」
「俺が少し手入れをしてやっただけで、これだ。……つまり、悪いのはこいつじゃなくて、お前たちだったってことさ」
群衆から「ああ~……」という納得の声と、勇者たちへの冷ややかな視線が注がれる。
「宝の持ち腐れとはこのことか」「勇者、見る目なさすぎだろ」という囁きが聞こえてくる。
アレクの顔が欲望で歪んだ。
目の前にあるのは、今や国宝級の輝きを放つ最強のタンクだ。
「か、返せ! それは俺たちのものだ! 詐欺だぞ!」
「は? 何を言ってるんだ?」
クロウはヒラヒラと契約書を見せつけた。
「適正な取引は終わった。これはもう俺のものだ。……なんなら、ギルドマスターを呼んで判定してもらうか?」
「くっ……!」
ぐうの音も出ない。
勇者アレクの手元に残ったのは、たった5枚の金貨だけ。
一方、クロウは最強の「黄金の守護者」を手に入れた。
「さあ、行こうかゴルド。アミィたちの護衛を頼むぞ」
「御意。……前の持ち主と違い、貴方様からは高貴な魂を感じます。この命に代えても」
ゴルドは勇者たちを一瞥もしない。完全に興味を失っているのだ。
「くそっ、くそぉぉぉッ!!」
地団駄を踏む勇者たちの絶叫を背に、クロウたちは悠々とその場を後にした。
最強の矛、最強の知能、最強の破壊力、そして最強の盾。
盤石となった「新生・錬金術師パーティー」は、次のダンジョン(ラボ)を目指して歩き出した。
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