第2話: 『鉄扇の舞姫と、蒼き知性の目覚め』
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【冒頭シーン:鉄扇の舞姫と、甘すぎるダンジョンデート】
隠し部屋を出た俺たちは、ダンジョンの通路を歩いていた。
かつては、いつモンスターが襲ってくるかと神経を尖らせ、勇者たちの荷物の重さに喘ぎながら歩いた道だ。
だが、今はどうだ。
「……あの、アミィさん? 少し、歩きにくくないか?」
「あら、そうですか? ご主人様」
俺の左腕には、柔らかく、温かな感触が密着していた。
アミィが俺の腕を自身の豊満な胸で挟み込み、まるで恋人同士のように寄り添って歩いているのだ。
「私のことは『アミィ』とお呼びくださいとお伝えしましたわ。それに……こうして肌を触れ合わせていると、魔力のパスが安定しますの。これは必要な『整備』ですのよ?」
彼女は鉄扇で口元を隠しながら、艶めいた瞳で俺を見上げてくる。
嘘だ。魔力供給なら、さっきの起動時にもう十分すぎるほど行った。これは完全に、彼女がくっつきたいだけだ。
……だが、悪い気なんてするはずがない。
彼女から漂うのは、古びた油の匂いではなく、俺が調合した「紫蓮の香油」の上品な香り。
心なしか、ダンジョンのカビ臭い空気さえも浄化されている気がする。
「キシャァァッ!」
その時、天井の闇から巨大なヴァンパイア・バットが急降下してきた。
勇者パーティーなら、タンクが盾を構え、魔術師が慌てて詠唱を始めるところだ。
俺が身構えようとした、その瞬間。
「――無粋ですわ」
アミィが俺の腕を抱いたまま、空いている右手の鉄扇を優雅に振るった。
パァンッ!
小気味よい音が響く。
ただそれだけ。彼女は足を止めることすらせず、舞踏のステップのように軽やかに俺をリードして歩き続ける。
数瞬遅れて――背後で「ボトッ」と何かが落ちる音がした。
振り返ると、蝙蝠は真っ二つにされ、絶命していた。
「え……いつの間に?」
「ふふ、私の舞いはご主人様のためにあるもの。汚らわしい獣ごときに、その御目を汚させるわけにはいきませんわ」
彼女は閉じた鉄扇の先で、俺の頬をツンと突いた。
「それよりご主人様、少し喉が渇きませんか? 先ほど錬成していただいた紅茶、まだ温かいですわよ」
そう言って彼女は、俺が錬金術で作った保温ボトルを取り出すと、どこから出したのか、優美なティーカップに紅茶を注ぎ始めた。
ダンジョンのど真ん中で。魔物の死骸を背にして。
「さあ、あーんして差し上げますわ」
「いや、自分で飲めるよ」
「だめです。ご主人様の手は、私をメンテナンスするために休めておいていただかないと。さあ、あーん♡」
差し出されたカップ。期待に満ちたアメジストの瞳。
俺は観念して口を開く。
適温の紅茶が口の中に広がる。……甘い。砂糖の甘さだけじゃない、何とも言えない幸福感が胸を満たす。
(……なんだこれ。これが冒険か? 俺が今までやってきた苦行はなんだったんだ?)
重い荷物もない。罵倒もない。
あるのは、俺を全肯定してくれる美女と、甘い紅茶の香りだけ。
「ご主人様、口元が濡れてますわ」
アミィがハンカチではなく、その白い指先で俺の唇を拭う。そして、その指を悪戯っぽく自分の唇に当てた。
「……ふふっ。間接キス、いただきました♡」
「アミィ……」
「さあ、参りましょうか。この先も、私が全ての障害を取り除いて差し上げます。貴方様は、ただ私の隣で笑っていてくだされば、それでいいのです」
俺たちは再び歩き出す。
地獄のようだったダンジョンが、今では二人だけの庭園のように感じられた。
【中盤シーン:静寂の図書館と、蒼き知性】
アミィに甘やかされながらダンジョンを進むこと、数十分。
俺の「古文書オタク」としての勘が、奇妙な空間の歪みを捉えた。
「……ここだ。壁の向こうに、隠された空間がある」
「さすがご主人様。魔力の流れを見切るのがお早いですわ」
アミィが感嘆の声を上げる中、俺が壁の一点を指で押すと、音もなく石壁がスライドした。
そこは、先ほどの隠し部屋とは全く異なる趣きの空間だった。
――静寂。
どこまでも続く、高い本棚。
空中に浮かぶ魔法の灯りだけが、宙を漂う塵を照らしている。
そこは、失われた古代の知識が眠る「大図書館」だった。
「すごい……。これだけの書物が、完全に保存されているなんて……」
俺が息を呑んで歩を進めると、図書館の中央、一際高い台座の上に「彼女」はいた。
本に囲まれるようにして、椅子に腰掛けたまま眠る少女。
夜空を溶かしたような深い蒼の髪。
知的さを際立たせる、銀縁の眼鏡。
アミィのような豊満なドレスではなく、身体のラインにぴったりと吸い付く、司書のようなタイトな制服を纏っている。
その美しさは、美術館に飾られた氷の彫像のようだった。
触れれば壊れてしまいそうなほど、繊細で、冷たい。
「……サファイア。私の妹分ですわ」
アミィが静かに告げる。
俺は吸い寄せられるように台座へ近づいた。
彼女の膝の上には、分厚い魔道書が開かれたまま置かれている。まるで、読書の途中で永い眠りについたかのように。
「鑑定……」
俺は錬金術師の目で彼女の状態を探る。
……驚いた。彼女は停止しているのではない。
彼女の周囲に漂う膨大な魔力情報。彼女は眠りながら、この図書館にある全ての知識を演算し続けているのだ。
だが、その処理に魔力の大半を割いているせいで、起動するためのエネルギーが枯渇して動けない状態に陥っている。
「なんて非効率で……不器用な子なんだ」
俺は苦笑し、彼女の前の床に膝をついた。
アミィの時とは違う。彼女を目覚めさせるには、情熱的な注入ではなく、もっと論理的で、精密な魔力パスの構築が必要だ。
俺は彼女の冷たい手を取り、もう片方の手で彼女の眼鏡のブリッジにそっと触れた。
そこが彼女の魔力コネクタだ。
「……接続。演算処理を外部委託。魔力パスを再構築……」
俺自身の脳をサブプロセッサとして貸し出すイメージで、彼女の思考領域に介入する。
瞬間、俺の頭の中に膨大な文字列が雪崩れ込んできた。
普通の人間なら発狂する情報量。だが、古文書解読で鍛えた俺の脳は、それを心地よい「知識の海」として受け入れた。
(……見つけた。これが君の思考の核か)
俺は情報の海の中で、彼女の意識の手を取った。
――ピクリ。
現実世界で、彼女の細い指が動いた。
「……検索終了。外部からの論理干渉を確認。……この魔力波長は……?」
鈴を転がすような、涼やかな声。
彼女がゆっくりと瞼を開く。
その瞳は、あらゆる嘘を見透かすような、透き通ったサファイアブルー。
彼女は眼鏡の奥から、じっと俺を見つめた。
感情の色は見えない。ただ、データとして俺を測定しているような視線。
「……貴方が、私を再構築したのですか?」
「ああ。君が知識の海で溺れかけていたからね」
「……」
彼女は一瞬、きょとんとした顔をした後、眼鏡をクイッと押し上げた。
そして、淡々とした口調で、しかし確信に満ちた言葉を告げた。
「……計算終了。結論、貴方は私の『最適解』です」
彼女は本を閉じ、台座から降りると、スカートの裾をつまんで優雅に一礼した。
「認識番号Type-S、サファイア。……いいえ、今の貴方との接続で、新たな定義が生まれました」
彼女は少しだけ頬を染め、上目遣いで俺を見た。
「マスター。……いえ、私の『管理者』様。……これより、貴方の人生を私が完璧に管理させていただきます」
その言葉は、冷徹なようでいて、どこか独占欲に満ちていた。
どうやら俺は、とんでもなく世話焼きな「知性」を目覚めさせてしまったらしい。
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