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「じゃ、私も靴を履いて行ってきます」
「ほい」
神センは円の向こうに、私の家の玄関の靴箱部分だけを出した。
「先生、私、母と一緒に受験会場に行く予定です」
「一人で行け。マザコンか」
「違います」
何言ってんの。小学生なんだから。中学受験は親子で二人三脚って、塾の説明会で毎回話してるんでしょ?
「なんとかしろ」
「できなかったら母と行きますから」
うわっ。神センの顔が鬼瓦みたいになってる。
「こっちで見てる。もし1人で玄関を出たら迎え行く」
「はい」
ポイっとほおり出されるように、私は自分の部屋に戻された。
あまりに目まぐるしくて、すでに1日のエネルギーの半分くらいを消費したような気分。
ふうと一息ついて、自分の部屋からリビングに行く。
さあ、第1関門。
「お母さん、私、一人で行きたいんだけど。いい?」
どぉ出る?
「そーなの? じゃ、そうしたら? 4月になったら自分だけで通うんだもんね」
あっさり。そんなもんなのね。
母とバフェットが玄関で見送ってくれた。
次は第2関門。
私が住むのは住宅街。通りには大抵人が歩いている。姿を消すところを誰にも見られずに神センの部屋に行くなんて、きっとムリ。
「仁科、早かったな」
あっさり。
通勤時間にもかかわらず、たまたま人通りがなかった。
いきなり、私は、白い革製のソファの横に立っていた。ソファには神センが腰かけている。あれ? 花園君がいない。
「花園君はどうしたんですか?」
またいなくなったとか?
「着替えに行ったきり」
「まだぁ?」
まあ、私が過ごした時代とここでは時間の経過が違うから、実際のところどれだけ経ったのかは分かんないけど。
待っていると、着替え終わった花園君が、嬉々としてばたばたとリビングに戻って来た。
「すっげー! 超ヤベー! なに、あのトイレ。マジヤバ」
壁の向こうで着替えろって言われたのに、トイレまで行っちゃったんだね。
「はいはい、花園。とにかく、着替えた服を家に置け」
神センは私達の時代に繋がる円を出し、着替えた服をむしり取るように花園君から奪うと、花園君の部屋のベッドの上にほおり投げた。
「便器の形が変わるんですね。ジュースの飲みすぎだって英語で喋るし」
「花園君、英語全部分かった?」
「うん。簡単な日常の片言だったから」
どーして花園君って、勉強はオールマイティなんだろ。
「あのネイティブの英語を全部聞き取れたなら、大したものだよ。それより、花園、受験を控えてるのに、トイレにチェックされるほどジュースを飲んだのか?」
神センは冷ややかな目。
「GOかくジュースです。3校受験プラス面接だから、4本飲んでみました」
うっわー。あれって1本500ミリリットル入りだったよね。でもね、最後の面接はぶっちぎるつもりだったんだから、せめて3本でやめとくべきだよ。




