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疑似空中散歩で、制服を着たバイオリン姫と花園君がぽつんと見えた。
神センは今度はその部分を拡大した。バイオリン姫に右手首を掴まれた花園君が、それを振り払おうとしているかのように見える。バイオリン姫はスマホで私との通話を終えたところみたい。花園君をつかんでいない方の手にはスマホを持っている。
「じゃ、行ってくる。僕がエスカレーターを降りる前に花園が逃げたらアウトだから。向こうに繋がってるこのモニターで見張ってて」
神センがいきなりいなくなった。ってか、見張ってろって言われても操作方法知らないし。
画面の中の静止していた人々が動き始める。その3D映像は2メートル離れたところに2人がいるのと変わりはなかった。会話もばっちり。
「放せ!」
ぶんぶんと腕を振って逃げようとする花園君。次の瞬間、バイオリン姫は、ぐいっと右手を引っぱられた反動で、花園君の胸の中にぽふっと倒れこみむ。
「あっぶねー」
花園君はそれを抱きとめた。そしたら、バイオリン姫が花園君の背中にそっと両腕をまわして花園君を捕まえる。
「放さない。最後まで受験、やりきろうよ。私は花園君と同じ学校に行きたいの。お願いだから、面接受けて」
優しいアルトソプラノは、私の心まで男にしそう。
ヤバっ、可愛すぎ。
花園君の胸の中にいるバイオリン姫は顔を上げ、じっと二人は見つめ合う。
「九条って中学行ったら、オーケストラの部に入るんだろ? そんなん、一緒に通えるわけねーじゃん。時間合わねーし」
カーット。
ちがーう! 花園君。そこはそうじゃない。いくらオーケストラが朝練部活土日と練習三昧の部だったとしても、「分かった」ってうなずくとこでしょっ。
もうっ。しょうがないな。
いつの間にか映画監督になっていた私は我に返った。
「九条さん!」
神センの声が聞こえたから。
神センの登場で、ぱっとバイオリン姫は花園君から離れた。これをチャンスとばかりに花園君は逃げようとする。が、それを察した神センは花園君の頭をバスケットボールのように右手でがっちりとつかんだ。
「神村先生、後はお願いしていいでしょうか。私は面接の順番が早いので」
「ありがとう。安心して。なんとかするよ。急げ、九条さん。がんばってこい」
神センがバイオリン姫を送り出す。と、私の傍に神センと花園君が出現。
「社畜を舐めんな!」
神センが吐き捨てるように言った。頭を押さえつけられながら、花園君は口をへの字にして神センを睨んでる。
「花園君、そんなにDD好きだったの?」
あきれたように私は聞いた。
「ライブチケット、取れなかったんだよっ。あとちょっとのとこだったのに、トラックに轢かれそうになって。スマホが壊れて。だから悔しくてさ。せめて成田でって」
あの時、チケット予約してたんだ。
「こらっ。九条さんに迷惑をかけ、ご両親やみんなを心配させて!」
神センが怒っている。「先生が生徒を怒る」ってとこ、ひさしぶりに見たかも。最近は人前で生徒を責めちゃいけないらしいもんね。
怒られても花園君は何も気にしてなさそう。
「いいじゃないですか。この間んとこ合格したから。それに」
さすが、カマキリの卵を孵し、牛乳をヨーグルトにした男。怒られることに慣れてそう。
ん? ついこの間、中校生になっても塾のメンバーに毎日会いたいって言ったこと、忘れてるじゃん。
「『それに』なんだ?」
神センがギロリと花園君を睨む。
「こんな格好だし、どうせ面接に間に合いません」
花園君は、迷彩柄のコートに黒のデニム、ブーツ。コートの首もとに覗き見えるのは、黒いハイネックのセーター。ああ、知ってる。このセーターって、胸のところに大きくスカルと十字架の絵がついてるんだよね。面接にはNG。
「花園の部屋に取りに行けばいい。受験票も。ほい、取ってこい。で、トイレ行くとこの壁の向こうで着替えろ」
神センが出現させた円の向こうには、花園君の面接用の服が掛かっている。便利。次にリュック。更に靴、と円の向こうの景色が変わる。
「トイレはどっちですか?」
とうとう観念したのか、花園君は面接用の服一式を抱えて、神センに聞いた。
「あっちだ」
神センは壁にかかった、写真のパネルを指差した。今日もハンモックから男女の脚が絡み合ってにょきっと出ている。
「はーい」
花園は諦めたように写真のパネルの方へ歩いて行った。




