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夏休みが始まって、多くの生徒が朝から塾の自習室に通うようになった。私も自宅で勉強していて集中できなくなるとそうしてる。
日曜日に行われるスペシャル講習のテストは月曜日に受け、自分のレベルを確認した。
「スペシャル講習、ニカ来れなかったじゃん」
塾のロビー、女子トーク。キッズモデルの三上さんがポニーテールの端をくるくる指先にまきつけながら前日の話を始めた。
「うん、テニステニス」
「花園君、有名人になっちゃって」
「イケメンだから?」
私が聞くと、バイオリン姫の九条さんが教えてくれた。
「それもある。全教科1位」
「すごっ」
「みんなが見に来ちゃって。メンタルをケアする橘君がいなかったから辛そうだったの。私らが傍にいてあげようって言ってたんだけど、ね」
あらあら、モデルも分かってるんだ。橘君が世話係って。
「ね。申し訳なかったよね」
花園ファンクラブの2人は目配せして首をこきっと傾け合う。ん?
「え? どうかしたの?」
「国語の授業で花園君以外、Sクラスから脱落しちゃったの」
バイオリン姫がふうっと溜息を吐く。
「一人になってかわいそうだったね」
まるで我が子を心配する母親のモデル。バイオリン姫も困った顔。
「一緒に写真撮ってくださいとか言われたって、帰り、不機嫌になっちゃって」
うげ。いきなり。そんな子いるのぉ? まあ、すっごいイケメンで1位だもんね。
関東圏では大手の塾。模擬テストは塾全体で行われ、教科ごと100位まで、総合100位までの順位が郵送される。なので成績上位の常連は名前を憶えられてしまう。この塾のこの学年で、花園央治の名前を知らない子っていないと思う。
更にダメ押し、昨日は全教科1位。
うん。写真、撮りたくなるかも。
「花園君を守ってあげたかったなー」
言いながら、モデルはポニーテールの端をくるくるくるくる弄ぶ。「守ってあげたい」なんて「好き」って言ってるようなもんじゃん。
「気分直しに音楽聴けば?ってイヤホンを貸したんだけど、手に握りしめたままで。眉間にシワ寄せちゃって」
バイオリン姫、お前もか。
目の前であのイケメンが困ってたら、なんとかしてあげたくなっちゃうよね。私はならないけど。
「ひょっとして2人とも花園君好きなの?」
思い切って聞いてみた。今まで、なんとかくそうかなって思ってただけだから。
「好きだよ」
とモデルがはっきり言う隣で、
「まあ」
とバイオリン姫は頬を染めてうつむいた。
「ニカだってそうでしょ?」
モデルがはきはきと尋ねてくる。いっそ清々しい。
「別に」
「よく花園君のこと見てるじゃん」
気づかれてたんだ。モデルって女子力高いから、注意力あるよね。
でもね、私が花園君を見てるのは頼まれたから。
「そっか?」
私はしらばっくれた。
「逆にニカ、あんなに綺麗で頭良くてイケメンで、男らしいのに、どーして好きにならないわけ?」
「男らしい?」
モデルの言葉に首を傾げる私。
「電車に乗ったらね、降りるときパスモ見つからなくなって『あれ?』って言ってたよね」
くすくすと笑いながらバイオリン姫が暴露する。
「きゃは。結構、男っぽくてうっかりなとこもいいよねー」
モデルが萌えている。
「お弁当のお箸、片付け忘れて筆箱に隠してたよね」
あらら、またまたバイオリン姫が暴露。
「きゃは。小さなことを気にしないとこが男らしいよねー」
モデルが萌え萌え。
「最後、写真撮りたいって人から逃げるようにしてクラス出てきたから、プリント全部置いてきちゃって。私が取りに行ってあげたんだよ」
まだあったのね、バイオリン姫。
「きゃは。『おい、匿え』とか言っちゃって、私、きゅんってなっちゃった」
命令口調にときめいちゃったのね、モデル。
でも冷静になろうよ。それって「男らしい」じゃなくて「手がかかる」ってゆーんだよ。なんか変な魔法にかかってるから。
「ニカ、しばらくテニスで来れないんでしょ? 私たち2人で、がんばっとく」
モデルが人差指をピンと立てた。なにを頑張るの?
「まず、全教科がSクラスに残れる点を叩き出さないと。花園君の傍で他の女の子を撃退できないかも」
バイオリン姫の言う「他の女の子」にどこまでが含まれてるんだろ。あんまり考えたくないかも。
「がんばろ! ね」
「ね」
花園ファンクラブの2人は、見つめ合ってこきっと首を傾けた。結束を固めちゃってる。
任せた。私、そんなのどーでもいい。




