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「夏休みは受験の天王山だよ。まったく。橘の方が危ないかな」
「橘君が?」
「8月のミニバスの合宿まで参加しようか迷ってる。それに参加すると、お盆すぎからしか本腰を入れられない」
「橘君だったら、大丈夫ですよー」
橘君は成績優秀。
「アイツ、キャプテンもやってるから、精神的にもキツイと思うんだ。練習途中に抜けるわけにも、試合の後、チームをほったらかして急いで帰るわけにもいかないしね。合宿で上手くキャプテンの引継ぎができればいいんだけど」
「キャプテンなんですか?」
どーして。受験で途中で辞めなきゃいけないって分かってるじゃん。キャプテンを引き受けるなんて。
私だって田部ちゃんに悪いと思いながらダブルス組んでるのに、そんな団体競技で。
ミニバスの練習は平日の夜もある。だから、橘君は授業に遅れてくることもあった。
土曜日は試合でいない。橘君は正規に模試を受けたことがない。いつも、別の日に1人残って模試を受けていた。
成績優秀者はテストの順位表に名前が載る。花園君と生徒会長は常連。
私だって教科によっては載ったことがある。
でも、私より高得点でも、橘君は一度も順位表に名前が載ったことはない。非公式の点数だから。
どんだけ頑張ってるんだろ。圧倒的に時間が足りないじゃん。
天才を求める神センが、橘君ではなく花園君を連れにきたのなら、橘君は天才じゃない。努力の人。
「去年、かなりハードな吹奏楽やってる女の子が情緒不安定になって、秋ごろ、家で突然泣き出したりしたらしいんだよ。その子には、志望校のランク下げた方がいいってアドバイスしたよ」
「両方できるタイプもいるじゃないですか」
「橘はどうかな。仁科はタフだよな」
「体力には自信があります」
「体力的なことじゃなくて精神的なこと。僕を目の前にその程度の成績で『テニス優先』って言えるなんて、心臓が剛毛だらけなんだな」
うるさいなー。
「純粋な心でスポーツに励んでいるだけです」
「ま、橘にとって、身近に同じ状況のヤツがいるってことが精神の安定につながるかも。声かけてやって」
私の存在って情けな。橘君の精神安定剤なわけね。




