*
最近、母は機嫌がいい。私の成績がめきめきと上昇しているからだと思う。
「なんか、最近、オヤツのグレードがアップしてない? ひょっとして、私が勉強がんばってるから?」
聞いてみた。
母はふんふんと鼻歌を歌いながらアイランドキッチンでシフォンケーキを切り分ける。
「うふふ。塾の株が順調に上がってるの。臨時配当もありそうなの。このままいったら、プライム市場昇格もあり得そう。ありがとね。教えてくれて」
母の話は意味不明。ってか、私の成績関係ないじゃん。
「ふーん。あのね、先生と志望校の相談したの。で、これ」
私は、神センに言われた志望校のリストを見せた。
「あらー。がんばってね」
母は一瞥してシフォンケーキに添えるホイップを作っている。
「それだけ?」
「だって、お母さんの受験じゃないもん」
それが親の言葉ですか?
「そーだけど」
「自分で考えたんならいいんじゃない? 応援する」
あっさり。
もっとさー、学校案内の冊子見たり、ネットで情報集めたりして親身になってくれるのかと思った。甘えてるわけでもマザコンでもないけど。中学受験って親子で取り組むのが常識だよね?
母があてにならないから兄に聞いてみた。
「お母さんに志望校見せたら、あっさりOKだったんだよねー」
邪魔になりそうな長い脚でコリー犬のバフェットをからかっていた兄は、ソファがか身を起した。そして、長い腕でひょいっと私の持っている志望校リストを取り上げた。
「すげーとこばっかじゃん。てか、共学ばっか。どんだけ男好きだよ」
あたなに言われたくありませんが。
「偶然そうなっただけ」
「大学附属ねーし。なんか、兄のオレのこと否定してない?」
「そーゆーわけじゃ」
「ま、オレの頭は文系だけど、お前、たぶん理系だもんな。みっちり物理・化学・数Ⅲやった方がいいんじゃね? マスターも行くことになると思うから、高校でも大学の研究室でも手ぇ抜くなよ」
「う、うん」
「わんわん」
びっくり。この遊び人、まともなこと言ったよ。今年1番の驚き。バフェットまで反応して返事してるし。
「オレは、アメリカの大学行っていなくなるけど、ちゃんとやれよ」
「アメリカの大学?」
「そのつもりで学校選んだんだ。親も知ってる。奨学金があったって経済的に負担かけることになるから言ってある」
「そーなの?」
遊びたくて学校選んだんじゃなかったんだ。小学生のときに、そんな先まで考えてたなんて。
いつも思う。兄は生まれたときから中身は大人だったんじゃないかって。
「ま、向こうの大学が受かったらの話。塾の神センがいろいろ教えてくれた。普通の高校だと前例がないから、アドバイスできる先生がいる、前例があるところに行った方がいいって」
「神センが?」
「で、英語を覚えるために英語圏のカノジョ作れって。だよな。授業全部英語だもん。相当な語学力いるじゃん? 今のカノジョ、イギリスからの留学生」
いかにも神センがアドバイスしそうなこと。実践できる兄も兄だけどさ。
「そーゆーのでつき合うって、私には分かんない」
そこに愛はあるの?
私の隣ではバフェットも首を傾げてる。
「There are many forms of love.」
「うわっ。めっちゃ発音いい」
さっすがカノジョ仕込み。
「わんわん」
「きゃっ、バフェット、よだれ」
なんだかバフェットは兄妹の会話に参加したかったみたいで、私にまとわりついてきた。コリー犬は大型犬。後ろ足で立つと私とダンスを踊れるくらいの顔の高さ。だから、じゃれ合うと私はほぼ襲われてる状態。
「うわっ、こっちに倒れてくんなって。おい」
口は悪くても、しっかり抱きとめてくれる兄。
「きゃはははは」
2人と1頭でしばらく遊んだ。
最後に兄は、
「お前なら行けるんじゃね?」
と言った。
不思議。
神センに「なんとか受験できるかもしれない」と言われたときより、ずっと信頼できる一言だった。この計算高い兄の言葉だったから。




