第一章 何気ない日常1
不定期で更新します!設定が変だったり、文章が拙いかもしれませんが楽しく読んでもらえたら幸いです。
枕元で鳴り響くアラームの無機質な音が、まだ夜の重みが残る部屋に溶け出す。
意識の輪郭がぼんやりと浮き上がる。時計の針は、太陽がその顔を見せるよりもずっと早い時間を指していた。
俺の名前は五十嵐肇。新潟県立犬丘高校の二年生だ。
重い瞼を擦りながらベッドを抜け出し、洗面所へ向かう。冷たい水で強引に意識を叩き起こし、シワの無い制服に袖を通す。剣道部の朝練へ向かうための、いつものルーティンだ。
玄関の扉を開けると、ひんやりとした早朝の空気が頬を撫でた。
「おはよう、ティス」
声をかけると、そこにいたのは黒い毛並みの小さな影。俺が小学校低学年の頃に拾った愛犬、ティスだ。
ティスは吠えもしないし、唸りもしない。ただ琥珀色の瞳でじっと俺を見つめ、千切れんばかりに尻尾を左右に振っている。
拾った時、首にかかっていた鉄製の名札には『ティ……ス』と掠れた文字が刻まれていた。弱り切り、何かに襲われたような傷跡を残していたその犬に、俺は読める文字を繋ぎ合わせて名前をつけた。あれから随分経つが、ティスは今も静かに、けれど確かに俺の帰りを待つ存在だ。
「行ってくるね」
その温かい頭を一度だけ撫で、俺は自転車に跨った。
学校へ続く一本道を漕いでいくうちに、東の空が白んできた。
街を覆っていた暗闇に光の筋が差し込み、世界の輪郭がくっきりと影となって現れる。朝練の日だけが教えてくれる、特別な夜明けの景色。春と夏の境目特有の、少し湿り気を帯びた空気が、肺の奥まで澄み渡っていくようだった。
駐輪場に自転車を止め、剣道場へと歩を進める。
板張りの床の匂いが漂う道場には、すでに明かりが灯っていた。先客がいるらしい。
「おはようございます」
引き戸を開けると、中から弾けるような快活な声が返ってきた。
「やあ、五十嵐君。おはよう!」
そこにいたのは、三年生の黒澤蓮先輩。剣道部の部長であり、生徒会長も務める、この学校の「超人」だ。
学年一位の成績を維持しながら、誰よりも早く道場に来て掃除や用具の整理を済ませ、一人で素振りをし汗を流している。
「今日も早いですね。先輩、ちゃんと寝てるんですか?」
拭っても拭いきれない疑問を口にすると、蓮先輩は爽やかな笑顔を崩さずに答えた。
「いつもしっかり七時間睡眠だよ!」
文武両道を極め、生徒会の激務をこなし、それでいて七時間も寝る時間がどこにあるのか。この人の体内時計はどうなっているんだろう。
「五十嵐君も、今日は一段と早いじゃないか」
「先輩ほどじゃないですよ」
苦笑いしながら防具袋を下ろそうとした時、先輩の瞳がいたずらっぽく細められた。
「集合時間までまだ少しある。五十嵐君、もし良かったら……一本、稽古試合をしないかい?」
「……はい?」
不意を突かれた俺の口から、間の抜けた声が漏れた。




