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出日和

作者: 於菟鶫
掲載日:2026/01/27

昨日、クラスメイトの糸杉陽葵が亡くなった。下校中、横断歩道に車が突っ込んできたことによる事故死だそうだ。運転手が運転前に酒を飲んでいたことと、彼女が齢十六歳であったこととで、この事件は大々的に報道され、日本中が彼女の冥福を祈り、涙した。

 太陽が一つ増えたかのような、日差しの強い日の朝。それとは相反した面持ちをした先生が、開口一番に、彼女の死を告げた。ニュースですでに聞いていたので、誰も驚きはしなかった。ただ、それが事実だと確定されたことに、涙を流した。彼女は、クラスを見守り照らす向日葵のようだった。陰気臭さでは負けない自信がある僕でも、彼女の優しさに心が温まった。しかし、クラスで唯一、僕の頬だけは濡れていなかった。濡らす気もなかった。

僕の中で、涙は塩気のある水に過ぎず、感情は生存本能の延長線に過ぎない。彼女の死をそんな粗末なもので表すことは出来なかった。そんなことは許されないと思った。下がっていない僕の口角は、代わりに、わずかに上がっていた。もちろん勝手に上がったのではない。僕は彼女を笑って見送ることを選んだのだ。優しい彼女なら、許してくれる気がした。そうこうしているうちに一日は過ぎた。

次の日、僕は、最近起こった窃盗事件の犯人となっていた。いつもより騒がしい教室から、いくつもの視線が背中に突き刺さった。きっと、昨日の僕の態度に異端を感じ、それを排除しようとしているのだろう。しかし、今の僕にとって、彼女の死を涙や言葉ごときで済ませるクラスメイトの方が、よっぽど狂気的に見えた。昨日はギャン泣きしていたくせに次の日にはケロッとしているクラスメイト達に、嫌悪感すら覚えた。そんな人達のことなど、死について考えている最中の僕には、窓の外を飛んでいるハエくらいどうでもよかった。

それから数日たったある日、僕は、近頃よく黒板に描かれる僕に向けた芸術作品を消していた。その時、一匹のハエが、隣で黒板を消し始めた。誰かと思い顔を見ると、糸杉陽葵の親友の子だった。彼女は、笑っていた。僕はなんとなく感じた。彼女は、このクラスで唯一、僕と同じ人間だと。その時、僕は初めて自分の意志から人に話しかけた。

それから数日、僕と彼女は友達といえるほどには仲良くしていた。彼女は、糸杉陽葵の親友だけあって、明るくて活発な、おてんば娘だった。だが、最近彼女は学内のヤンチャグループとよくつるんでいる。いや、ちょっかいを出されていると言った方が良いかもしれない。不思議に思い、この前それとなく聞いてみたが、「ないしょ」と人を苛つかせる顔で返された。平気そうなことを確認した僕は、もう一度確認することはせず、またいつも通り五月蠅い日常を過ごした。彼女の欠席や忘れ物が多くなったのも、きっと大した理由ではないのだろう。

彼女とハエ共の相手で、騒がしい一週間を終えたある土曜日、彼女から僕を遊びに誘ってきた。友達関係に元から縁のない僕は、誘いに乗るか少し迷ったが、彼女についてもう少し知りたいと思い、彼女の誘いを受けた。次の日、僕は予定の時刻の三十分前につくよう家を出た。決して楽しみというわけではない。そう思いたい。目的地に着くと、すでに彼女が待っていて、僕に気づいた彼女は、笑顔で走ってきた。時期は夏、僕は火照った顔を隠すように汗を拭った。なぜ火照ったのかは考えないようにした。それから、彼女の提案で、とりあえずカフェで涼むことになった。さすがは糸杉陽葵の親友と言った所だろうか。彼女はカフェにいる間静寂という概念をこの世から消していた。インドア派で学校の人との交流関係が少ない、いや、ほとんど無い僕にとって、本当にどうでもいい話ばかりだった。でも、楽しかった。別に、彼女の話が面白かった訳では無い。明るくて純粋な《友達》と話していることが幸せだったのだ。

一時間程経ち、身体は大分冷え、本命の場所へ行くために会計へ向かった。いつの日かを思わせる話し方で、「私、お金もってないの〜奢ってくれたらイイコトしてあげる」などとほざいてきたので、必ず返すことを約束に仕方なく奢ってやった。本命の場所は彼女しか知らなかった。誘われた時に彼女に聞いたが、「秘密があった方が楽しいでしょ」と跳ね返された。

その後、彼女に引っ張られるように歩いていると、大型のモールに着いた。

「ここでぶらぶらしようよ!」

人の多いところは苦手だが、仕方なく彼女に付いて行っていると、なんだか騒がしい場所に出た。

「ここで遊ぶ?」

そこはゲームセンターだった。そこで遊ぶことになると、彼女は嬉しそうにクレーンゲームの場所に行った。そして、数百円程度に見えるぬいぐるみに二千円弱をかけてようやく取り、ニコニコとしていた。クレーンゲームの恐ろしさに身の毛がよだちながらも、幼児のように喜んでいる彼女を見ていると、僕の顔はまた火照った。

「お金、無いんじゃなかったの」と僕は顔の火照りを隠すように言った。

「あ、えへっ」

彼女は人の心を逆撫ですることが特技のようだ。後で絶対にお金を請求しよう。そう決意して、とりあえずこの話は終わらせてやった。

ゲームセンターで時間を潰していると、いつの間にか昼になっていた。互いに食べたいものがそこまでなく、僕から昼食の決定権を委ねられた彼女は、近くのレストランを選んだ。言うまでもなく、彼女の口は食べる以外にも動き続けていた。会計を済ませた後、僕らは服屋に行った。彼女は、服が織り成す密林を縫うようにして歩き、何着かを持ってきて僕の前で自分に合わせる。

「どう、いい感じ?」

「いいんじゃない」

これの繰り返し。勘違いして欲しくないが、彼女が持ってくる服はどれも彼女にそれなりに合っていて、反応が同じになってしまうのは仕方のないことであった。彼女は、あれだけ楽しそうに見ていたくせに、結局上下ワンセットしか買わなかった。

その後も、アクセサリー店や小物店などを適当に回ったが、彼女ははしゃぐばかりで、特に何も買わなかった。時間の浪費に虚しさを感じながら、彼女について行っていると、いつの間にか時間は過ぎ、空の輝きが弱くなってきた。これでも高校生である僕らは、流石にまだ帰ろうとはならなかった。僕は全然帰っても良かったのだけれども。

彼女が帰ろうとしないことを理由にぶらぶらしていると、彼女が急に真面目そうな笑顔で、「少し話さない?」と言ってきた。これまで散々話していただろうと思ったが、それを口に出すことは、なぜか出来なかった。僕らはモールの屋上にあるテラスエリアに行き、一番端の、街を一望出来る席に座ることにした。歩き疲れていた僕は、ひじ掛けをつかみながらゆっくりと座った。空に黒が混じりだし、月が夜に向けて昇っていた。

「あの時さ、なんで悲しそうじゃなかったの?」

彼女は、何故か少し期待を乗せた目線で聞いてきた。ずっと話したかったその質問に、僕は自分の考えを必死に伝えた。すると、彼女は興味深そうに聞き、考えてくれた。そして、彼女は眉間に寄せていた皺を解き、話し出した。

「きっとね、みんな、あのことにびっくりしただけで、悲しんでないんだよ」

「もちろん、決めつけるわけじゃないし、悲しんでる子もいると思う」

「でも、大半の子はそもそも死について、考えたこともないと思うよ」

「だから、急にクラスメイトが死んだって言われても、びっくりすることしか出来なくて、その拭えない心の動揺を君に押し付けてるんじゃないかな」

彼女は、さっきまでの彼女とは思えないような理論的な会話をこちらに求めてきた。彼女は阿呆ではあるが馬鹿ではないようだ。そんな彼女に、僕は、自分が一番気になっている事を聞いてみた。

「君は、僕のこと、怖い?」

「僕は普通じゃないのかな」

「確かに、君は普通じゃない、でも、そうだとしたら、私も普通じゃない、だから、怖くない」。

彼女は、励ましと彼女の気持ちの整理を混ぜたような応えをくれた。やはり、僕の目は狂っていなかったようだ。彼女は死を理解しようとしている。そんな彼女に僕もなるべく応えようとしながら会話を続けた。

彼女と話しているうちに、僕は悟った。人は、悩んだり悲しんだりを本気でしていては、精神が持たない。だから生存本能がそれを無理やり、発散したり受け流して忘れさせようとしているのだと。生存本能がみんなを狂わせているのだと。そして、その悪魔に僕も勝てないことを。僕だって、死ぬのは怖かった。

雰囲気が暗くなった僕らは、彼女の合図をきっかけに帰ることにした。家に着いて、スマホを見ると、彼女から今日の感謝と、また遊ぼうという社交辞令が来ていたので、「うん、また」と同じく社交辞令を返し、疲れを癒すために早く寝た。

次の日、糸杉陽葵の居ない数十回目かの朝を迎え、同様の教室に入った。今となっては、ハエたちの僕への攻撃は、糸杉陽葵や窃盗事件の事とは無縁となり、ただのいじめとしてエスカレートしていた。しかし、例の彼女のおかげで、僕は、糸杉陽葵が亡くなる前より楽しく過ごしていた。そうしてまた数日が過ぎたある日。

彼女の微笑ましい騒ぎ声が、僕の世界からも、この世界からも、消えた。

ハエ共が、階段を降りようとしていた彼女を押したことにより転落し、当たり所が悪かったらしい。それを聞いた瞬間、僕の心臓の鼓動は信じられないほどに激しくなり、意識が薄れてしまった。気がつくと、秋に向けて少し落ち着いた陽の光が感じたことのないくらい心地よかった。ここに来るまで、僕は何も考えずにただ走っていたのだろう。後ろから先生やクラスメイトの叫び声がうっすら聞こえる。しかし、僕にはどうしようも出来ない。それに、そもそもどうしようともしていない。今僕は、人生最大の極致を迎えているのだから。僕は自分の意識で走った訳では無い。僕の無意識の領域にある本能がそうした。生存本能は、ついに僕を止めることが出来なかったらしい。

その瞬間の間際、僕は人生最高の笑顔で、かつてない悲しみを、頬に垂らしていた。

読んで頂き、ありがとうございました。

本作品は、公募の賞に応募し、落選したものです。

評価など頂けたらもちろん嬉しいのですが、この作品はあらすじの通り、「手遅れになる前に一度深く考える機会を読者の方に渡したい」という思いから執筆しました。

この作品の思想はあくまで一つの意見のようなものです。

この作品を通して、ご自分の考え方を見つけていただければと思います。

この作品が、少しでも誰かの後悔を拭えるものとなれば幸いです。

また、死というテーマについてあなたがどう考えたのか、感想などで教えて頂けると嬉しいです。

※本作品は自殺を教唆・肯定する内容ではありません。

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