神の後継者
壺のなかの暗闇と幾億の繊細な瞬きは、まだ幼い宇宙であり、この新たな小宇宙を大きく育て上げることが、次代を担う神の後継者に課せられた、最後にして最難の試練だった。
一光年にも満たない未熟な空間にいくつかの恒星を配置し、次に惑星を、小さな星々まで丁寧な手つきでばら撒いた。恒星とほどよい位置関係にある地球そっくりの惑星が、生命の誕生を予感させる。
「人間はつくるのか?」
後ろのほうから、床几に腰かけた先代が何気ない風を装い、若き神に問いかけた。
「いえ、人間は失敗をする生き物です。彼ら自体が失敗作だったのでしょう」
新しい生命の星は、人間不在の楽園にするつもりだ。そこでは微生物も虫も、魚も、鳥も、哺乳類も、草食のものから肉食のものまで再現して、美しい食物連鎖が約束されている。恣意的な破壊者である人間は不要だろう。先代の最高傑作であった偉大な宇宙は、結局、人間という余計なものがあったために寿命を縮めたのだから。
完璧な宇宙の創造に勤しむ若き神には、しかし、どう工夫しても解消しない懸念があった。
「どうして私がつくる宇宙は、小規模なままで、うまく広がってくれないのだ?」
先代の宇宙をくまなく研究して、完璧な宇宙にとって邪魔に思われる要素をすべて排除したのはよかったが、そのぶん、若き神の宇宙は小ぢんまりしており、もう長いあいだ膨張を忘れている。
完璧主義の後継者を見かねた先代が、おもむろに腰を上げ、戸棚からずしりと中身の詰まった紙袋を取りだした。小さな宇宙を抱く壺を目がけ、袋の中身をひと掴み、乱暴に投げ入れる。
「あっ!」と調子はずれの悲鳴が上がった束の間に、白い粉の塊が暗闇の中でほぐれ、もやもやした星雲のような光景を生む。それも次第に拡散され、ごく小さな星屑と見分けられなくなったところで、トクン、トクン、と、宇宙全体が脈打つように動きはじめた。
「これぞ人間の発明」
盛んに膨張する宇宙を眺め、先代は得意な表情だ。「名を、ふくらし粉という」
不思議な粉の効力を前に、舌を巻き、静観するしかなかった。
「人間は失敗し、失敗に学ぶ生き物だ。完璧でないから愛おしい」
若き神は、もう何も言い返さなかった。人間のような知的生命体がいなければ、この宇宙に成長の余地はないのだと、すでに悟っていた。若き神もまた失敗し、失敗の上に新しい気づきを得られたのだ。
「ああ、たしかに、人間の発明はすばらしい! 私は彼らを侮っていました。まさかこんなものまで思いつく利発な生き物だったとは。私の宇宙にも、人間の助けが必要です」
人間も、神も、失敗から学び、何度も失敗しては、また学び、いつか成功する時がくる。
「きっと余計なものを削ぎ落とせばいいのです。脳味噌と伝達能力だけあればいい。葦に人間の脳味噌をくっつけて、それから、動物たちと会話できるようにしましょう。動かしたら、だめだ、危ない。人間が考えたことは、素朴な猿にでも実行させたほうが、きっと、マシだ」




