君繪(泣)
〈未明なり心は既に端居して 涙次〉
【ⅰ】
(パパ、パパの世界つてうちの一味の「不思議な」動物で云つたら何?)女の子らしい質問だ。但しもつと年上の、小學五年生ぐらいの子の質問だつたら、なんら可笑しいところはないのだが‐(格好つけて云へば白虎だ。人に媚びるところはないが、かと云つて人嫌ひと云ふわけでもない。ところで、何でそんな事訊く譯?)‐(わたしも訊いて貰ひたい譯。)‐(ぢやあ、君繪は「不思議な」動物、誰に似てゐるのかな~?)‐(「ぴゆうちやん」よ。わたし大人になれなくなつちやつた。)‐(えー!? そんな事誰が決めたんだよ。大人になる、ならないは『ブリキの太鼓』のオスカル少年のやうに、或ひは「ぴゆうちやん」のやうに、自分で決めるもんだぞー)ご存知の通り、「ぴゆうちやん」は大人になる儀式をサボつて「永遠の子」となつた。
【ⅱ】
(あのねパパ、わたしには或る【魔】が取り憑いてゝ)‐(ち、ちよつと待つて。順を追つて説明するもんだぞ。さう云ふ混み入つた話は。)‐(わたしの實のママ、パパ、【魔】だつた譯。)‐これにはガンと頭を毆られた氣分のカンテラ。おゝ君繪!!(エスパーであるのは?)‐(それは生まれつき。本当は魔界に貢献する豫定だつたの。だけどわたし断つたのよ。もつともわたしその時分は、ほんの嬰児だつたけど‐ いゝ? その代償として、大人になれない譯ね。「契約」があるんだわ。彼らわたしを賣つたのよ。わたしの成長は近い内止まる、それはその「契約」に依るもの。わたしが魔道を継がなかつたからだわ)
【ⅲ】
今度はカンテラの番だ。いや、會話の主導権の持ち主は、だ。(で、パパに誰斬つて慾しいの?)‐(あ、バレた? 勿論、元のわたしの親よ。そんな契約で、わたしを苦しめる。わたし本当は大人になりたかつたんだから‐)君繪、お世辞にも* 大きいとは云へないが、目に一杯泪を溜めてゐる。
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〈私にも老齡のはや近付きぬ腰の次には膝の痛みよ 平手みき〉
【ⅳ】
(わたしだつて戀、したかつたわ。* 似合わなくても素敵なドレスだつて着てみたかつた。それを實の兩親が、自分たちの出世の為だけに‐ まさか替はりのパパが「あの」カンテラだなんて。偶然つて怖いわね。)‐(分かつた。君繪の人生を踏みにじつた奴ら、パパが斬つてやる。)‐(まづはわたしを見張つてる【魔】から‐)
* 前シリーズ第135話參照。
【ⅴ】
カンテラ、本当は獨りで叩き斬つてやりたかつた、そんな人非人の親たちは(まあ【魔】なのだから、人でなしなのは不思議ぢやない)。だが、君繪はじろさんにとつても孫娘。じろさん、この話を秘密にしたら、カンテラを一生怨むだらう。と、云ふ譯で、じろさんだけには打ち明けた。「何~!?」じろさん怒り心頭。今度はカンテラが宥め役である。「取り敢へず、悦ちやん、澄江さんには内緒にしときましよ」‐「何故?」‐「女性つてほら、實の女親に同情し勝ちだから」‐「なる程。これを云ふのは本來俺の役目だつたね」‐「まあ、さうかな・笑」
【ⅵ】
君繪の髪を一本拔いて、カンテラそれを煎じた。二人で嚥み下す。君繪の夢の中、二人は見張り役の【魔】を見た。じろさんが、珍しく柔術の裸締めから殺し技・蟹挾みへと持ち込んで、まづ一勝。
次は君繪の實の兩親。捜すのに少々手間取つたが、夢の中、と或る豪奢な邸宅あり、その窓邊に君繪の實母が‐「君繪を『賣つた』見返りにこの家ゲットしたんだ...」‐「ご免」‐カンテラ(謝つてゐるのではない)その家のドアロックを剣で斬り落とすと、リヴィングへ‐「あんたらが捨てた子の、今の親だ。斬るぞ」‐「わ、わ、か、カンテラ」‐「しええええええいつ!!」‐兩者撫で斬りすると、現世に帰つたカンテラ・じろさんだつた。
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〈炎晝に冷やし饂飩の有難や 涙次〉
さて。君繪は明らかに深く傷付いてゐる。だうやつて彼女の人生を取り戻すか、カンテラ・じろさんにとつて重い課題が殘つた。まあ、さう云ふ譯で、今回はお仕舞ひ。とせざるを得ない。
PS:何故カンテラ事務所で君繪が【魔】と認識されないのか... それは謎であるが、一つには彼女が既に、叛【魔】的な者になりおほせてゐるから、と云ふ事が挙げられやう。作者も氣になつた點である。