由香の眼差し
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あの日から、何度も同じ景色を見てきた。
由香は歩きながら、ふと感じることがあった。 彼の目が、少しだけ冷たくなった気がする。 少しだけ、遠くにいるような気がする。
しかし、そんな気持ちを口にすることはなかった。 晴人は変わらない。 そう思い込むことで、彼女はその違和感を無理に消していた。
彼との日常は、どこか不安定になりつつあった。 いつも一緒にいた時間が、少しずつ縮まっていく気がしていた。
昨日も、そうだった。 晴人が笑っていたけれど、目の奥には何か、冷たい光が宿っているように感じた。
「あれ……?」
由香はその視線を逃すように、歩き続けた。 学校が近づくにつれて、彼の顔を見たくなくなった。 それでも、もう一度振り返ってみた。 すると、晴人は微かに笑って、手を振った。
彼の笑顔が、どこか不自然に見えた。
その瞬間、由香は何かに気づいたような気がした。 胸が締め付けられるような、不安な気持ちが湧き上がる。
晴人の目を見て、初めて感じた違和感。 それが、どこから来ているのか、わからなかった。
***
夕方、彼女は再び気づいていた。 晴人の視線は、以前よりも少しだけ鋭くなっていた。
その日の放課後、由香は一人で帰ることにした。 理由はなかった。ただ、なぜか急に、晴人と一緒に帰る気がしなかった。
教室のドアを開けると、晴人は机に向かって何かをしていた。 彼は気づかなかった様子で、すぐに立ち上がり、由香に微笑みかけた。
「どうした? 帰り、どうする?」
その言葉が、どこか機械的に聞こえた。 由香は思わず足を止めた。
「今日は、帰りたくないんだ。少し、外を歩いてくる」
晴人は少し驚いた顔をした。 だが、すぐにそれを隠し、穏やかに頷いた。
「そうか。じゃあ、気をつけてな」
その言葉が、ますます冷たく響く。
由香はそのまま、教室を出て、外に向かって歩き始めた。 その足音が、自分の心臓の鼓動と重なり、妙に大きく響く。
晴人と過ごした日々が、徐々に壊れかけているような気がした。
***
その夜、由香は自分の部屋で何度も考えた。 晴人との関係が、確実におかしくなっている。 彼が変わったのは、少し前からだ。 でも、どうしてそれを直視しなかったのか。
その答えは、分からない。
しかし、心の中で答えがひとつ浮かぶ。
彼が変わったのではない。 自分が変わったのだ。
もしも、晴人が本当に変わっていたなら、 今こうして、由香の目の前にいるわけがない。 彼はあの日から、ずっと変わり続けていた。
そして、彼が見せる冷徹な目の奥に、由香はただの“反応を待っているだけの自分”を見ていた。 彼の冷たい目を通して、彼女は無意識のうちに、何かを期待している自分を見ていた。
彼の目に映る自分を見て、由香はようやく、確信を持った。
「これは、私が求めていたものではない」
***
その瞬間、由香は自分が置かれた状況に、ようやく気づいた。
繰り返す日々が、少しずつ重なり合っていることに、ようやく気づいた。 晴人の目が、あまりにも冷たいことに気づくたびに、彼の微細な変化を繰り返し見てきた自分に、何度も何度も振り返ってきた感覚があった。
彼の存在が、もはや時間を超えて繰り返されるものだという感覚が、じわじわと彼女の胸を締めつけていた。 “あの日”と同じように、全てが続いているように感じた。 それは、まるで…どこかで全てが止まってしまったような気がしたからだ。 何度も助けようとしてきた自分自身が、彼に支配されていたからだ。
その感情に、どこか甘えていたことにようやく気づいた。 “これが、繰り返しの先にあるものだ”と、彼女の心の中に再び問いかけが湧き上がる。