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第二十四話 裏切りと忠節

 

「私はラルテイン将軍のことをそれほど知らない。何を考えているのかわからない人物だとは思う」

 そう答えると、スオンはボウイ達に背を向け、掌を翳してエレベーターの扉を開けた。


 エレベーターが上昇していく間にボウイのうなじにピリピリとした感覚が走った。これまでにも危険なことが起こる前に何度かあった現象だ。

 エレベーターの扉が開いた時、ボウイは幕の向こうの雰囲気が先ほどとは大きく変わっていることに気づいた。

 クエリクがボウイの肩に手を置いた。

 ――兄さんも感じてるね。異様な雰囲気を……

 ボウイはクエリクに向くことなく頷き、スオンに囁いた。

「気をつけろ。空気が、雰囲気が先ほどと違う。おかしい……」

 スオンは怪訝な顔から、すぐに兵士の顔つきになった。

 もうひとりの男にスオンは臨戦態勢を取るよう命じた。男はスオンの腹心の部下で、名前はバロウというらしい。


 まもなく枢密卿は意識を取り戻した。スオンが素早くなにやら耳打ちした。

 再びスオンとバロウが枢密卿の両脇を支え、三人は幕の隙間から出ていった。

 ボウイとクエリクは幕の端から様子を窺った。

 一見では、地下へ降りる前との違いは、入り口近くにいた八人の親衛隊がラルテインの近くに整列していることだけだった。

 しかし、何かが違う。

 間違いなく、枢密卿とボウイ達がいない間に何かがあった。

 イードリがボウイを気にするのはいつものことだが、ボウイを見る目がいつもと違う。甘えや安堵の目ではない。言いたいことがあるのに、言えない時に見せるような目だ。一体何があったのか。


 枢密卿が台座の椅子に座り、スオンとバロウはその両脇に立った。

「サザビア兄弟は?」

 ラルテインが尋ねた。

 スオンが顔を左へ、幕の端へ向けた。

 ボウイは端から幕の表へ出た。

 ボウイの服についたタルミュゼアシステムの赤い液体は乾いて薄いピンク色になっていた。

 ラルテインはめざとくボウイの服の汚れに目を止めて言った。

「何があったのか、教えてもらおう」

「アルデバのタルミュゼアから、あなた達を解放した。タルミュゼアの役目は終わったからだ」

 クエリクが枢密卿に対した時のように、ラルテインに凛とした声で言った。

「タルミュゼアとは何だ?」

 ラルテインがとうとう尋ねてきた。

「ラシル・ファシスがアルデバ人をコントロールするための……」

 そこでクエリクは少し言いよどんだ。

「……システムです。あなたはアルデバ人の先祖のことを、その出自を知っているのでしょう?」

「つまり、ラシル・ファシス人はアルデバ人をタルミュゼアによってコントロールしてきたということか」

「正確には、ここにあるタルミュゼアは二千年ほど前に生きていたラシル・ファシス人が自分達の死後にアルデバ人をコントロールするために作った装置です」

「今日の我々は、タルミュゼアにコントロールされた結果だと?」

 珍しくラルテインの顔から、苦々しい、不愉快だという感情がボウイに読み取れた。

 クエリクは重々しくかぶりを振った。

「タルミュゼアが関わっているのは今のアルデバ人の状況の一部です。しかし、それが一番大きな点かもしれません。特にあなたには。タルミュゼアがアルデバ人に命じてきたのは、ラシル・ファシスに手を出さないことと戦い続けること、戦争をすること、です。それだけだ。今日のあなた達の姿は、あなた達自身が積み上げてきた、築いてきた結果です」

「我々に増えてきている免疫機能異常や老化が早まりつつあることについては?」

「タルミュゼアそのものは関係ありません。タルミュゼア以前の問題です」

 そこでクエリクは言葉を切り、ボウイを見た。アルデバ博士のことをここで説明して良いのか、ボウイの判断を知りたいのだ。

 ボウイはついクードゥルを見た。

 クードゥルはすぐにボウイを強い視線で見つめ返してきた。

 ――もう秘密にするのは止めろよ。

 その目はそう言っているように思えた。

 ボウイはクエリクに頷いた。

 ――ここではっきり言ってしまえ。

 クエリクもまた軽く頷き、視線をラルテインに戻した。

「アルデバ人に現れている免疫異常や老化速度の問題は、アルデバ博士の遺伝子操作に起因することです。当初のアルデバ人として世代を重ねることはできないのです。今、生きているあなた達は、皆、多少の差はあれど、アルデバ人以外との混血でしょう。すなわち、もう当初の縛りを受ける必要はないということです」


 クードゥルにさほど驚いた様子はなかった。しかし、やはりどこか様子がおかしい。隣に立つイードリの表情にボウイの疑念は確信に変わった。先ほどと違い、無表情になっていたのだ。そして、イードリの横に並ぶペネロップとパメラも無表情を装っている。理由は四人の後ろにひそんでいる兵士だと気づいた。一見では気づかないほど気配を消していた。

 クードゥル達、四人は身動きできないように、ボウイとクエリクに合図を送ることができないように、背中に銃をつきつけられているに違いない。

 つまり、枢密卿とボウイ達が地下へ行っている間にラルテインは銃を持った四人の配下を呼び寄せたということだ。部下を追加したのは、ボウイの予想外だった。

 ――ラルテインは一体何をするつもりだ?


「我々に滅びろというのか?」

 ラルテインの口調に怒気が入った。

 クエリクは強く首を横に振った。

「あなた達は生き延びている。当初、アルデバ博士が予想したよりも遥かに長く。彼は千年前後で滅びると予想していた。しかし、あなた達は二千年以上生き延びているのです。今の流れを続けることです。当初のアルデバ人に拘れば、滅びる。今、問題になっているのは、あなた方が『アルデバ人』と規定する人たちに起こっていることではありませんか?このラルスバランにアルデバ人の混血がどれだけいるか。その人たちには特に問題が起きていないのではありませんか?その事実が進むべき道を示しています」

 ラルテインの顔つきは納得していない。自分達が人工的に作り出され、後々滅びるよう設計された者の子孫と聞いて、怒りが膨れ上がっているようにボウイには思えた。

「枢密卿は、そのことをご存知だったのか?」

「『そのこと』とは?」

「我々がラシル・ファシス人に作り出されたことと、滅びへの道を辿っていることだ」

「最初の方は、そうです。後の方は、知らなかったことでしょう」

 そう言いながら、クエリクは枢密卿の様子をちらりと窺った。ボウイも枢密卿を見た。その様子は、なんとも微妙だった。全く知らなかったわけでもなさそうだ。


 その視線の動きの中で、ボウイは枢密卿の前にいた八人が入れ替わっていることに気づいた。全員、これまでに空母タミアで見たことのある顔なのだ。

 そうボウイが思った直後だった。銃声が轟き、枢密卿が仰け反った。

 ボウイが誰が撃ったのかと、顔を親衛隊に向けた時、枢密卿の側に立っていたスオンが銃を抜きざまに撃つのが視界の隅に見えた。

 スオンが撃ったのは、ラルテインの親衛隊の一人だった。アルデバ政庁内を行進していた時には最後尾にいた男だ。銃を手にしたまま、その男は仰向けに倒れた。額に銃創が穿たれている。

 さらに銃声がいくつも轟き、紫の幕が揺れた。

 ボウイは姿勢低く、幕の後ろへ下がった。

 クエリクも同じ行動を取った。

 スオンとバロウも枢密卿を引きずり、素早く幕の後ろに姿勢低く、台座の影に隠れていた。

 ――この短時間に十二人の部下を呼び寄せ、残っていた枢密卿の配下の八人と入れ換わったとは……しかも、後から来た十二人は先にいた四人の分も銃を持って……となると、なんと用意周到な、計画的な……


 スオンは横たわる枢密卿の脈を見ていた。ボウイを見て、硬い表情で首を横に振った。

「ラルテイン将軍はクーデターを起こすつもりらしい」

 スオンは枢密卿の目蓋を閉じながら言った。

「枢密卿に取って代わるつもりだというのか?そんなことが可能なのか?」

 ボウイは姿勢低くスオンに近づきながら言った。

「私を殺せば可能だ。現時点では私のほかに枢密卿になれる者はいないし、アルデバ政府の上層部は、枢密卿に逆らわないよう躾られている」

「躾られている、か。それが今のアルデバ政府のやり方なのだな」

「タルミュゼアによる教育だ。タルミュゼアが停止したとなると、今後は、少なくとも同じことはできない」

「そのような形でラシル・ファシスの負の遺産を受け継いでいたのか……クエリクが言ったように、もうそんな『躾』を続ける必要はない」

 その時、ラルテインの声が響いた。

「スオン、隠れても無駄だ。ここは私の支配下にある。こちらへ出てこい」

「無駄ではない」

 ボソリと呟いたスオンはボウイとクエリクを見た。

「あなた達はどちらに(くみ)するのだ?」

「どちらにも与したくはない。ただ、仲間がラルテインの人質になっている。彼らを見捨てることはできない。何か良い策があるのか?」

「ラルテインはおそらく知らないことがある。枢密卿は独自に軍を持っているのだ。少数精鋭の軍隊だ。ラルテインもここへはタミア一隻で来ているのだから、十分戦える」

「なら、さっさと逃げろ。俺とクエリクは仲間を助けなければいけない」

「策はあるのか?」

 実のところは何も頭に浮かんでいなかったボウイだ。背中に銃をつきつけられている四人の仲間を、ボウイとクエリクの二人だけで、どうやったら救い出せるのか。

「私と一緒に来るといい。我々の装備を見れば、あなたには良い策が浮かぶだろう」

「そうできたらいいが、今、ここを離れるわけにはいかない。仲間が殺される。ともかくも、俺たちの目的は達した。ラシル・ファシス人がアルデバ人につけた枷を外すという……とうに外れかけていたと思うがね。お互い、運が良ければ、また会えるだろう」

 スオンはボウイの答えを聞き終えると、枢機卿の亡骸を残し、バロウを従えて姿勢低く奥のエレベーターへと進んでいった。

「ボウイ・サザビア、おまえはスオンに味方するのか?」

 ラルテインの声が聞こえた。

 ボウイは幕から表へ出ながら答えた。

「どちらの味方もするつもりはない。仲間につきつけている銃をおろしてもらおう」

「スオンはどうした?」

「俺が幕の後ろにいる間は台座の後ろにいた」

 直後、再び発砲音が立て続けに轟いた。ボウイの言葉が合図だったかのように、ラルテインの本物の親衛隊が、枢密卿の配下に化けている者までが、全員、幕に向けて発砲したのだ。

 ボウイは流れ弾に当たらないよう、とっさにクエリクを幕から離れる方向へ突き飛ばし、自身も横転した。

 そこからはまさに怒涛の展開だった。

 発砲音が轟く中、クードゥル達が一瞬の隙をついて、後ろに立つラルテインの親衛隊を一斉に素手で攻撃し、その手から銃を奪ったのだ。

 四人は見事な戦いぶりだった。クードゥルとペネロップの傭兵として生き抜いてきた経験とスキルは伊達ではなかったし、イードリとパメラの反応も、パルフェマーの名の通り、鍛えているはずのラルテインの親衛隊を圧倒した。しかし、多勢に無勢の、六人対十七人である。しかもボウイとクエリクが持っている武器になる物は、小型のナイフ一本ずつだ。

 それを知っているからか、幕をぼろぼろにした後には、クードゥル達と格闘していないラルテインの部下が一斉に銃口をボウイとクエリクがいる方向に向けた。

 ボウイが咄嗟にしたことは、クエリクを庇うことだった。

「幕の後ろへ逃げろ!」

 クエリクに怒鳴ったボウイは同時にイードリの声を聞いた。

「マム!」

 ボウイの手に銃が飛んできた。思わず掴んだ。イードリが投げてきたのだ。

 その直後に轟いた複数の発砲音。

 ボウイの目の前にイードリがいた。両手を大きく広げていた。その身体が震えた。背中から幾筋もの血が迸るのが見えた。

「イードリ!」

 ボウイは自分の声が悲鳴に聞こえた。

 イードリがボウイに倒れこんでくる。

 その動きがスローモーションのようにボウイは感じた。

 イードリを左手でしっかり受け止めながら、ボウイは片手で銃を連射した。片手でも一発も無駄にしなかった。ボウイを狙うつもりでイードリを撃ったラルテインの兵士四人をボウイはあっという間に一人一発で倒した。

 その間にクードゥル達もそれぞれに兵士を倒していた。形成は逆転しつつあった。

 ラルテインが逃げ出すのが見えた。

 ボウイは迷わずその背中を狙った。確かにラルテインの背中に命中した。だが強力な防弾服を身につけているらしく、ラルテインはよろめいただけで走り続けた。

 残るラルテインの部下が自分を狙っている。ボウイはその兵士二人をやはり一人一発で倒した。


 残りはクードゥルとペネロップに任せ、ボウイは謁見室を出ていくラルテインから抱えているイードリに目を移した。

「イードリ……」

 イードリを抱えている腕が血で真っ赤に染まっていた。ボウイは銃を捨て、イードリを両手で抱えた。

「なんてバカなことを!なんてバカなことをしたんだ!」

 ボウイの叫びにイードリはうっすらと笑みを浮かべた。

「よかった……マムが無事で……」

 笑みを浮かべたイードリの瞳孔が開いていく。

「しっかりしろ!死ぬな!死ぬんじゃない!」

 ボウイは泣き叫んでいた。イードリを抱きしめ、叫ぶことしかできなかった。

「頼む!死なないでくれ!こんな最後は、こんな最後は、あんまりだ!……俺がしたことは……俺は……結局、お前の命を縮めることしかできなかったのか!……こんな……あんまりだ……イードリ……」

 ボウイはもう息をしていないイードリを抱えたまま動けなかった。

 自分の楯となって死なせるなど、ボウイが一番避けたかったことなのに、その一番避けたかったことができなかったのだ。

 大きな喪失感と敗北感がボウイを襲っていた。周りで何が起きているかもわからなくなった。何もかも最悪に展開している。その思いだけが心に渦巻いていた。

「マム……」

 パメラの声だ。そして、ボウイの両肩にそっと手が置かれた。

 ボウイはようやく少し自分を取り戻した。イードリの目蓋をそっと閉じた。ボウイの涙で濡れた頬や額を優しく拭った。

 だが、そんなもう動かないイードリを抱えていながら、同時にその死をまだ認めきれていなかった。ひょっとしたら、蘇生できるのではないか。背中にいくつもの銃創があるのに、そんな考えが浮かんだ。

 パメラがボウイの背中で泣いている。

「イードリは覚悟していたの。そうしなければならないときには、必ずマムの楯になるつもりでいたの」

 ボウイは背中に銃をつきつられていた時の無表情のイードリを思い出した。

 ――あの無表情は、俺のために命を捨てる覚悟を決めた顔だったというのか!

 パメラが泣きながら言った言葉にボウイは怒りが湧いてきた。ソルエ博士がボウイをマムとして刷り込まなければ起きなかったことなのだ。


「イードリは自分の命が長くないって知ってたし、それだけに、それだからこそ、マムには生き続けて欲しかったの」

「パメラ、おまえは俺に何があっても、命を投げ出すな。俺なんかの楯に……ひとの楯になるな。絶対に」

「そんな……そんなこと……だって大切な人が危なかったら助けずにいられない……」

「頼む。約束してくれ!」

 ボウイの懇願にパメラは驚いて顔をあげたらしく、ボウイの背中から温かみが消えた。

「イードリは幸せだったのよ。マムと一緒にいることができて。私もタミアでマムと再会したときは嬉しくて、それからはずっと楽しくて……だって、あたし達を大事に思ってくれてるんだもの。カプセルの中にいたときから、大好きだったんだもの。だから、イードリに迷いはなかった。パパの刷り込みだけじゃない。いくら刷り込まれても、あたし達のことを本当に大事に思ってくれていなければ、命を投げ出すことまではできない。前にも言ったじゃない。マムだから大好きなんじゃない、大好きだった人がマムになったんだって。お願い。自分を責めないで。イードリのためにもそんなこと言わないで。お願い……」

 再びボウイの背中にパメラの温かみと重みがかかり、涙が流れていった。

 ボウイはイードリを抱きしめ続けていた。離す気にならない。しかし、少しずつ周囲が見えてきた。

 すぐ近くにクードゥルとペネロップが赤い目をして立っていた。

 ペネロップの右腕から血が流れていた。ボウイは血の気が引くのを感じた。

「ペネロップ、撃たれたのか?」

 ボウイの言葉にペネロップは軽くかぶりを振り、「かすり傷よ」と言って腕を動かしてみせた。

 その様子とクードゥルが止血のためにペネロップの腕を掴むのを見て、ボウイは少し息をついた。

 クエリクの気配は後ろにある。嗚咽が聞こえていた。見なくてもボウイにはわかった。号泣している。クエリクもイードリの死に責任を感じているのだ。

 そして、周りは死体だらけだった。

 ラルテインも多くの信頼をおける部下を失った。しかし、そのことにどれだけ心を動かされているだろうか。ボウイは大して気にしていない気がした。ラルテインにアルデバの将来に関して約束させたことがあるが、このままクーデターを成功させてはならないと思った。ふつふつとラルテインを憎む気持ちが湧いてくる。

 ようやくボウイの頭が様々な状況を把握し、回転し始めた。

 ――スオンはどうしたのか?スオンの本音が知りたい。

 ボウイはイードリを抱えて立ち上がった。





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