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第二十三話 タルミュゼア

 


 タルミュゼアに似た名前は、タルメアを始め、いくつか知っていたが、クエリクの発音と全く同じである「タルミュゼア」をボウイは聞いたことがなかった。

 仲間内の足並みの乱れを見せてはならないから、タルミュゼアとは何だと訊くわけにいかず、ボウイはクエリクの言動を見守るしかなかった。ラルテインの様子を視界の隅に確認すると、黙って真正面を見つめ続けていた。ボウイと同じことを考えているのだろう。


「私をここにいるタルミュゼアに会わせて欲しい。それこそがあなた達の未来永劫の繁栄に繋がる。今のままではアルデバ人は滅びる。あなた達が何をしようと、ここにいるタルミュゼアを信奉する限り、その運命は変えられない」

 クエリクの声が部屋に響いた。

「な、何を言われる!ここにタルミュゼアがあればこそ、我々は今日まで繁栄を続けてこれたのだ」

 枢密卿の声は震えていた。

 クエリクはゆっくりと首を横に振った。

「違う。逆だ。まずは私をあなたが守ってきたタルミュゼアに会わせて欲しい。そうすれば、あなたにも私の言うことが真実とわかるだろう」

 クエリクの言葉を聞いて、枢密卿は狼狽えている。これまで信じてきたものを、突然現れた「ラシル・ファシスのタルミュゼア」からの使いに否定されたのだから、無理もない。

 枢密卿は狼狽えながらも、クエリクから目を離してはいなかった。やがてがっくりと椅子に座り込んだ。

「ラシル・ファシスのタルミュゼアは、こちらが何もしなければ、ただ我々を見守っていると思っていた」

「そのとおりだ。これまでは手出しすることなく、ただ見守ってきた。しかし、時勢が変わった。今は変わる時だ。それはあなた自身も感じていることではないか?」

 枢密卿がクエリクを見つめる目には怯えの感情が見えた。

「タルミュゼアに会えるのは、選ばれた者だけです」

 枢密卿の言葉遣いが変わった。

 クエリクは軽くうなずいた。

「私と兄がその選ばれし者だ。案内を頼む」

 ボウイはクエリクに従うしかない。

 そして、ラルテインがボウイとクエリクにやらせようとしたことは、まさにこの、枢密卿から秘密を聞き出すことだ。

 枢密卿はよろよろと立ち上がった。その様子に手前に並んでいる十人のうちの二人が枢密卿を支えるために台座に駆け上がった。そのひとりがスオンだった。

 スオンともうひとりに両脇を支えられ、枢密卿は言った。

「案内できるのは、二人だけですぞ」

 枢密卿はそう言うと、配下の二人と共に紫の幕の後ろへ消えた。


 ボウイとクエリクは、すぐに台座に上がって紫の幕の間を抜け、配下二人に支えられた枢密卿のあとについていった。

 幕の後ろには何もない幕前と同じくらい広い、タイル張りに見える床だけの空間があり、その先に扉があった。

 その扉はエレベーターの扉だった。二十人は乗れそうな大きな箱だ。

 そのエレベーターで長く降下した。やっと扉があくと、通路だけが見えた。遥か向こうまで続いていると見える通路だ。

 その通路を枢密卿達の後について歩いている途中に、さりげなくクエリクがボウイの手に触れてきた。

 クエリクの声が頭に聞こえた。

 ――兄さん、僕たちは生きて戻れないかもしれない……ごめんね。兄さんを巻き込んで。

 ――とうに覚悟していたことだ。しかし、タルミュゼアって何だ?どうして俺に事前に教えてくれなかったんだ?

 ――え?知らないの?僕がタルミュゼアが鍵だと知ったのは、兄さんと繋がっていたときのことだよ。

 ボウイは思わず立ち止まりそうになるのをなんとかこらえた。

 ――タルミュゼアなんて、おまえが口にするまで全く聞いたことがなかった。なのに、おまえは俺から聞いたというのか?そんな馬鹿な……

 ――……そうか……僕に教えたのは、ネネの記憶だ……

 ――さらにわけがわからんぞ。

 ――ネネは兄さんの心に自身の記憶を植え付けたんだ。あの白い鳥を使いにして……

 ――俺にもわかるように説明してくれ。

 ボウイとクエリクが秘かに会話している間も枢密卿はよろよろと歩いている。二人が心に思うだけで会話できることに気づいていないようだった。

 ――僕が兄さんと繋がっている間にタルミュゼアのことがいつの間にか僕の頭に入ってきてたんだ。だから、てっきり兄さんが知ってることだと思ってた……今、わかったよ。ネネの記憶が、もちろんその一部ということだけど、兄さんの心の片隅に白い鳥によって運ばれ、植え付けられたんだ。そうやってネネは密かに伝えられてきたことが自分で途絶えることを防いだ。今こそ、その記憶が活用される時だからだ。

 ――俺の中に植え付けられたことを俺自身は知らなくて、おまえにはわかったというのか?気持ちの悪い話だ……

 ――兄さんはその記憶の引き出し方を知らないだけだよ。人の心は複雑で込み入ってるからね。記憶の底に沈んだことは、なかなか浮上してこない……僕も気がついたら、タルミュゼアのことを知っていた。仕組みはよくわからない。

 ――……で、タルミュゼアって何だ?

 ――ネネの一族の呼び名だよ。ビーナ達だけに明かされてきた……ラシル・ファシスの北部地域に伝わる神話に出てくる女神の名前でもあるけど。枢密卿のような役目の名前だと思う。

 ――ここにもタルミュゼアがいると言ったな。それもネネの記憶が教えたことなのか?

 ――そうだよ。ラシル・ファシスのタルミュゼアはネネの死によって途絶えた。次はアルデバのタルミュゼアをどうにかしないといけない。アルデバのタルミュゼアはラシル・ファシスがアルデバ人につけた枷なんだからね……


 枢密卿の足が止まった。

 エレベーターで降りた後に五人が歩いていたのは、人が三人並べば防いでしまえるような狭い通路だ。

 枢密卿の前に、通路と同じ色の壁が見えている。

 枢密卿が掌を扉に翳した。

 扉はゆっくりスライドしていった。その様子はタルメアの地下都市への扉が開いた時と同じだとボウイは思った。

 扉の向こうには、やはり地下都市と同じような仄かな明かりがあった。

 枢密卿が再び歩き始めた。

 扉の向こうは、やはりドームの中だった。見上げると、地下都市同様に天井が弱い光を放っている。そして、目の前には四角い建物があった。高さは三階建てくらいだ。ボウイはアルデバ研究所を思い出した。枢密卿はそこへ向かっている。

 四角い建物の扉は近づいただけで開きはじめ、隙間からは目映い光があふれでてきた。

 やがて開ききった扉の向こうにボウイが見たのは、巨大な、機械と生き物が混ざったような印象を受ける代物だった。大量のチューブが縦横に行き交い、チューブの所々が丸く膨らんでいる。その丸い部分が規則正しく収縮と弛緩を繰り返していた。

 チューブはすべて中央にある何かから出て、その何かに戻っているように見える。

 ――これは一体……

 ボウイが頭の中で呟やいた問いにクエリクが口を開いて答えた。

「アルデバにあるタルミュゼアだ」

 ボウイはアルデバのタルミュゼアだという巨大な代物から目を離さず、クエリクに尋ねた。

「アルデバのタルミュゼアは機械ということか?」

「機械……そうだね。過去の歴史を蓄え、今もアルデバ人を規制しているシステムだ」

「違う!システムではない。タルミュゼアは生きている!」

 枢密卿が叫んだ。

「私はこのタルミュゼアと話す必要がある。あなた達はそこで待っていなさい」

 クエリクは枢密卿達にそう言うと、巨大なシステムへと歩いていった。


 近づいてみると、チューブの狭間に人が入れるくらいの隙間がある。そこへためらうことなくクエリクは入っていった。ボウイはその後を追った。

 頭上にチューブが何本もぶら下がっているのは、気持ちの良い眺めではなかったが、クエリクは辺りを見回すことなく、どんどん奥へ歩いていく。

 やがて光沢のある、金属に見える塊が見えてきた。チューブは背面にだけついている。ボウイ達に見える前面には細長いスリットがあり、そこから明滅する色とりどりの光が見えていた。

 クエリクはその前で立ち止まると、ボウイに振り向いて手招きした。

「兄さんもここへ来て。二人でタルミュゼアが守り伝えてきた歴史を見よう。兄さんの中のネネが手助けしてくれる」

 ボウイは言われるまま、クエリクの横に並んで光が明滅する塊を見つめた。

 クエリクが塊に手を伸ばした。ボウイもそれに倣った。


 直後にボウイは真っ暗な空間に浮遊している感覚になった。目の前の塊は消え、隣にいるはずのクエリクも見えない。

 やがて惑星が見えてきた。ラシル・ファシスだ。表面に輝きがいくつも見える。よく見ると、それは爆発だった。

 次の瞬間には林立するカプセルが見えた。

 壮年の男がカプセルを見ている。

 アルデバ博士だとボウイは思った。

 そう思った直後にカプセルが割れた。

 飛び散る溶液。

 カプセルの中にいた幼児の顔は恐怖に歪んでいる。その顔がぼやけていくのと入れ替わりにまたアルデバ博士が見えた。

 アルデバ博士に重なってチューブに覆われたシステムが見えてきた。

 ――誰かが怯えている……

 そこからは目まぐるしく見えるものが変わった。頭が受けつけなくなりそうな激しさだった。

 その目まぐるしい視界の変化は、再び惑星ラシル・ファシスが見えた時に終わった。

 気がつくと、ボウイはあの塊の前に立っていた。そして頭の中ではタルミュゼアの謎も、アルデバの謎も解けていた。

 不思議な知識の会得だった。

 隣に立つクエリクを見た。

 クエリクもボウイを見た。

 ――壊すの。それが始まりになる……

 ネネの声がした。ラシル・ファシスのタルミュゼアとしての声だ。

 ボウイは周囲を見回した。

 頭の中にはこのシステムを停止する手順が見えていた。ネネの記憶という気がした。

 やがて探していた物が見つかった。

 塊の奥に大きな球体の一部が見えている。表に見えたチューブとは異なるチューブが繋がっていて、拍動のような収縮と弛緩も大きい。

「あれだ。クエリク、おまえはここにいろ。俺ひとりでやる」

 クエリクの返事を待たず、ボウイはチューブの下を潜って、その球体へと近づいた。

 どういう仕組みかまではわからないが、二千年以上も動いてきた、かつてのラシル・ファシス人が発明したシステム。それをついに止めるのだ。

 ――これが動いている限り、アルデバ人は戦争をやめることができない。とうにラシル・ファシスのアルデバ博士が作り出したアルデバ人はいなくなっているのに、このシステムがいると思わせている……あるいは復活させることができると……


 ボウイは球体に繋がる六本のチューブのうちの二本を上着に忍ばせていたナイフで切った。血のような溶液がチューブから吹き出て、ボウイに振りかかった。

 これで徐々にシステムは停止していく。

 ボウイは急いでシステムの下をくぐり抜け、塊の方へ戻った。クエリクはボウイが戻ってくるのを見て、踵を返した。

 二人は一列になってシステムから外へと駆け出した。


 ボウイがシステムから出た途端、枢密卿が悲鳴をあげた。

「そ、その液体は……な、なんということを……我々を滅ぼす気か?」

 ボウイが浴びている溶液で何をしたか、枢密卿にわかったらしい。

 ボウイがシステムを振り向くと、先ほどまでより球体の収縮がいくぶん弱くなっている。

「違うと言っただろう。反対だ。私と兄がやったことは、あなた達を救うことだ。無用な縛りから、あなた達を解放したんだ。とうにプロトタイプのアルデバ人は消えているのだ。今さら、あなた達がタルミュゼアに拘る必要がどこにある?タルミュゼアが要求してきたことは、プロトタイプのアルデバ人を作り出したラシル・ファシス政府と軍の作戦だ。タルミュゼアを守り、従うことこそ、あなた達の滅びの道だ」

 クエリクが一気に捲し立てた。

「私の代で終わらせるわけにはいかない!ああ、なんということを……」

 枢密卿はクエリクの言葉に半狂乱になっていたが、枢密卿を支えている二人はクエリクの言葉を冷静に受け止めている風があった。

 その様子にボウイはスオンに話しかけた。

「枢密卿を連れてすぐにここから出るんだ」

 スオンはほんの一瞬だけためらいを見せたが、もうひとりに短く声をかけると、二人で暴れる枢密卿を押さえつけて気絶させ、建物の外へ引きずり出した。

 そこでスオンは枢密卿をもうひとりに背負わせ、自身が先頭に立ってドームから通路へと、来た道を戻り始めた。ボウイとクエリクもそのすぐ後ろに続いた。


「これからが問題だね」

 クエリクが呟くように言った。

「あのシステムは復旧できない。それは間違いないよな?」

「今となっては造りがよくわからないから、修理できないよ」

「二千年以上も故障なく動いてきたということか?恐ろしく丈夫なシステムだ……」

「少しおかしくなっていたのかもしれないよ。あれを作った僕たちの先祖は、こんなに長くアルデバ人が繁栄を続けるとは思ってなかったみたいだし……」

 そんな会話をしている間にスオンはあの謁見室に繋がっているエレベーターにたどり着いていた。

 スオンがそこで立ち止まり、ボウイに向いた。


「あなた達がしたことは、ラルテイン将軍の指図か?」

「違う。私と弟はラシル・ファシス人としてけじめをつけにきた。ラルテインは枢密卿が守ってきた秘密を知りたがっていただけだ。そのために私と弟が利用できると思ったようだ」

 スオンはボウイの答えを聞いた後にしばらく考えこんだ。

「スオン、君はレム・ヴァフアー解散後はずっと枢密卿の元にいたのか?」

 今度はボウイが尋ねた。

「そうだ。私は次の枢密卿候補のひとりとして、警護役も兼ねて、側に仕えることになった」

「パルフェマー作成の遺伝子に採用されるほど優秀なパイロットを非戦闘員にしたとは、アルデバの余裕か?」

 スオンは笑みを浮かべた。

「私は初めからパルフェマーに使う遺伝子候補だったのだよ。あとひとりか二人、候補が欲しいとなって編成されたのがレム・ヴァフアーだ」

「なんだって?レム・ヴァフアーは初めからパルフェマー作成の遺伝子を見つけるために編成されたというのか?」

 スオンは頷いた。

「プロジェクトリオペーの第一段階だった」

 ――では、俺は初めからパルフェマープロジェクトに巻き込まれていたのか……


「あの隊長はそれを知っていたのか?」

「いや、知らされてはいなかった。そして、あの隊長も候補のひとりとして選ばれたのだ。三十二才で突然死したために不採用になった」

「枢密卿がリオペーを計画し、推進したようだが、タルミュゼアは直接的には絡んでいない。今はそのことがわかっている。何故、枢密卿はリオペーを計画し、実行させたのだ?アルデバ人の老化速度や免疫機能の問題とパルフェマーは別問題だ」

 ボウイは頭の中で散らばっていた事実や考えがどんどんまとまり、形を成していくのを感じていた。その一つがニオ・アルデバの主力部隊の一つと言われた三隻の空母との戦闘だ。フォウ・アルデバより攻撃が自動化されていて、人員が少ないのではないかと感じたことだ。


「どうしてだと思う?」

「戦争を引き伸ばす、或いは次の戦争を起こすためではないか?」

 ボウイの答えにスオンは再びわずかに微笑んだ。

「どうしてそう思うんだ?」

「ラルテインがヒントをくれた。ニオ・アルデバが敗戦濃厚な状態から何度も盛り返してきた、放っておけば今度もそうなると言ってね。つまり、人造兵士によって相手方の兵力を復活させるんだ。それほど長生きである必要はない。当座の戦争延長ができれば良い。人造兵士作成の主たる目的はフォウ・アルデバ軍増強のためではない。もともとアルデバ人は戦いに長けているから、そんな必要はないんだ。アルデバのタルミュゼアがアルデバ人に強いるのは戦うことのみ。その手段までは気にしていない。しかし、皮肉にもパルフェマーの研究からアルデバ人そのものの問題が発覚した……その問題こそはアルデバ人の宿命だ。タルミュゼアが隠していた真実だ。戦いを続けさせることでアルデバ人はやがて滅びるという……」

 スオンは笑い出した。

「素晴らしい!さすがだ。では、私が何者かもわかっているのではないか?」

「ああ、今はわかっている。おまえはアルデバ人のプロトタイプだ。タルミュゼアから枢密卿が復活させた、アルデバ博士が作り出した頃の人造兵士だ。おそらく大変な数の実験と失敗から、ようやくおまえを復活させることができたんだろうな。どうやらおまえしかいないようだし、簡単に復活させることができたなら、リオペーを計画する必要はない」

 スオンは何も言わず、微笑んでボウイを見つめていた。

「だからこそ、枢密卿はレム・ヴァフアーに、プロジェクトリオペーにおまえを入れた。プロトタイプがどれだけの能力を持っていたのか確かめるために」

 スオンが微笑みを消した。

「私は短命だと思うか?」

「わからない。タルミュゼアの情報によると、プロトタイプは短命ではなかったようだが、個体差もあるだろうからね」

「このまま謁見室へ戻っていいのか?」

 スオンは唐突に話題を変えた。

「戻らないわけにいかない。あそこには仲間がいるんだ」

「戻らないと、仲間が人質にされるだろうな」

 今度はボウイが笑みを浮かべた。

「今も人質だよ。ラルテインとはそういう奴だ。違うか?」





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