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第二十一話 ラルテインとの取引

 

 ボウイは落ち着けと自分に言い聞かせた。

「ドラクフ博士が人質?ドラクフ博士はあなたと同じアルデバ人ですよ?」

「おまえ達に協力したからだ。ノツワ研究所の大事な実験を頓挫させたおまえの協力をな」

「ラルスバラン中に名を馳せたラルテイン将軍とは思えない些細なことを気にしておられる」

 ボウイの返しにラルテイン将軍はふっと鼻で笑ったらしい。

「私はおまえを死なせたくはない。すぐ近くにいるビーナであるおまえの弟もだ」

 思わずボウイはクエリクを見た。

 ずっとボウイを見ていたらしいクエリクは、それを合図に手を伸ばしてきた。

 ケルダン博士は怪訝な顔で、その手の邪魔をしないように手は膝に置き、身体は背もたれに預けた。

 ボウイは迷わずクエリクの手を握った。途端に例の不思議な感覚が起こった。ラシル・ファシスほどの広がりではないが、クエリクと繋がったのは間違いない。

 ――トゥルヤの気は薄いけど、兄さんと協力すればなんとかなる

 これでボウイが聞いたことはクエリクにも届く。

「取引とはどんな取引です?」

 人質交換にしては数が違いすぎる。ラルテインの取引材料はケルダン博士ではないとボウイは思った。

「条件はひとつ。ボウイ・サザビア、おまえと弟が私の配下に入ることだ」

 ボウイには予想外の取引条件だった。呆気にとられ、すぐには返事ができなかった。次から次へと驚くことを聞かされている。そろそろ慣れて、どんなことを聞かされても驚かなくなるのではないかと変なことを思った。

「私の指示に従い、あることをやってもらいたい。おまえたちにとっても悪い話ではないはずだ」

「……驚きましたね……何千人もの兵士を動かせるあなたが、傭兵一人と兵役経験のない男一人にやらせないといけないことがあるとは……何をやらせようと言うのです?」

「フォウ・アルデバ、アルデバ本星へ行きたいのだろう?おまえ達だけでは無理だ」

 その通りだ。アルデバ本星のことをほとんど何も知らないのだから、自分達だけで本星へ乗り込むことは大変難しい。下手したら、全滅だ。そのうえ、今の状況はノツワ研究所でシステムを操作した己が招いたことである。責任を取らなければならない。ボウイは覚悟を決めざるを得なかった。

 ――兄さんの判断で大丈夫だよ。

 クエリクの声が聞こえた。

「何をやらせたいのか、聞かせてもらえないと、判断つきませんよ」

「そうだな。では、直に会って話そう」

「銃口に囲まれての面談は御免です」

「信用がないのだな」

「当たり前です」

「今は互いの利が、目的が一致しているのだ。相手の協力を得ようというときにそんな無粋なことはしない。詳しくは会って話す」

 現に今、人質を取っているではないか。そんな相手を信じろというのが無理だ。ボウイはそう思ったが、口にはしなかった。

 それにしても、ボウイがアルデバ本星へ行きたいと考えていると、何故ラルテインにわかったのか。

 ――ラルテインもアルデバ研究所のことを、アルデバ人の出自知っているということか……ビーナの遺伝子データがアルデバ本星に送られたことも知っている?

 声だけで相手の腹を探るのは、相手がラルテインでは到底無理である。ボウイは話を進めることにした。こんな会話はさっさと終わらせたい。

「どこで話すんです?」


 ラルテインが指定したのは、ボウイ達が宿泊している施設の最上階にあるスイートだった。

 ボウイはひとまず、自分一人だけが行くことを承諾させた。

 ラルテインは兵士が待ち構えていることはないと言ったが、ボウイはその言葉を信用しきれず、銃を携帯することにした。


「一人で乗り込んで大丈夫か?」

 ラルテインが指定した場所をボウイが告げると、クードゥルは即座に返してきた。クエリクもイードリも青ざめた心配そうな顔でボウイを見ている。

「最悪の場合を考えたら、俺一人で行くしかない」

「おい、それは……」

「クエリク、お前の推測どおりなら、俺に手出しはしないはずだ。だが、もしも俺が戻ってこれなかったら、お前一人でツケを払わないといけなくなる。そのときは、いったんラシル・ファシスへ戻り、同年代のビーナ達に協力を頼むんだ」

 クエリクは黙って頷いた。

「何だよ、ツケって?」

「そのうち説明するよ」

 クードゥルの当然の疑問をボウイはそっけなく退けた。

「僕も一緒に行く!」

 とうとうイードリが叫んだ。涙目になっている。

 予想できたことだ。ボウイは後ろの席からイードリの肩に手を置いた。

「大丈夫だ。たぶんやつらは俺に手出しできない。だからこそ、こんな回りくどいことをやってるんだ。お前には俺が戻ってくるまでクエリクを守ってもらいたい。クエリクは戦いに慣れていないからな。わかったな、イードリ。俺の頼みだ。聞けるな?」

 イードリは涙目のまましばらくボウイを見つめていた。やがて頷き、前を向いた。鼻をすする音が聞こえた。

 ケルダン博士にはぺネロップ達が無事に解放されるまで、人質を続けてもらうことにした。

 ラルテイン将軍の登場にドラクフ博士が人質の一人という、あまりに予想外の成り行きに、ケルダン博士も面食らい、ここは静観するしかないと腹を括ったようだった。



 ラルテインが指定した最上階のスイートは、施設の最上階すべてを占める最高額の部屋だった。

 ドアにはインターホンがついていて、ボウイが名を告げると、ドアはすぐに開いた。

 ドアの向こうには、軍服を着た女性が一人立っていた。その女性兵士の後について、ボウイはスイートの中を進んでいった。

 さすが、ラルテイン将軍だと、ボウイは感心しながら、周囲を見回した。何もかも金がかかっている豪華なマンションのようだった。キッチンもある。

 案内役の女性兵士はボウイをスイートの奥まで無言で連れていった。


 一番奥にあると思われる部屋のドアは開け放たれていて、近づくにつれ、円卓の向こう側に座るラルテインが見えてきた。

 約四ヶ月ぶりに見たラルテインは、少しやつれてみえた。

 部屋の入り口から円卓までもそれなりの距離がある。三十人くらい入れそうな大きな会議室だ。部屋にはラルテインしかいなかった。

 ボウイは案内役の女性兵士に促されるまま、ラルテインの真向かいに座った。

「さっそく、本題に入ろう」

「その前に、ぺネロップ達が無事である証拠がほしい」

 ラルテインはいつもの無表情で手元にあったタブレットを操作した。

 すぐに壁面にあったスクリーンに映像が写し出された。車の映像だ。車の中には確かにぺネロップ、パメラ、マツトウ、ドラクフ博士の四人がいた。

 映像には一部しか写っていないが、ぺネロップ達の乗る車を囲むように四台の車が止まっているのも見てとれた。

「彼らを傷つけるつもりはない。私は今のアルデバ政府を変えたいと思っているのだ。そのためには本当の問題はどこにあるのかわからなければ、うまく切り崩せない。どこに真の問題があるのか。この点を君達は知っているのではないかね?」

 ボウイは驚いてみせた。実のところ、「おまえ」が「君」に変わったことには軽く驚いた。

「なんのことかさっぱり分かりません。現政府を切り崩すのは、あなたのような立場なら、色々な手が考えられると思いますが……」

 ラルテインは冷ややかな目でボウイの目をじっと見つめていた。ただじっと見つめているだけなのに、脅されている感じがしてくる。

 この男は感情を読ませないから、相手は動きづらい。それがラルテインの相手を従わせる技の一つだ。

 我慢比べになるかと、ボウイが覚悟を決めかけたとき、ラルテインが口を開いた。

「我々とニオ・アルデバの戦争の原因を知っているかね?」

「方針の不一致としか。具体的にどう方針が違ったのかは知りません」

「戦争の開始から四十年も経てば、そんなものだろうな……アルデバ軍の正規兵にも知らない者がいるくらいだ」

 ラルテインはいつもの淡々とした調子で続けた。

「アルデバ政府の中枢は秘密だらけなのだ。ニオ・アルデバの初代リーダー、ビルギ・プラッソンが主張したのは、アルデバ政府の中枢が守り続けている秘密を公けにすることだった。アルデバ人の定義を母方の血筋だけに絞るのにも反対した。当時のアルデバ政府はビルギを捉えて終身刑を与えようとしたから、ビルギはニオに逃れ、アルデバ政府に反旗を翻した……ビルギに賛同する者がそれなりにいたということだ。そのことにアルデバ政府の上層連中は慌てた……失礼」

 ラルテインはそこでタブレットを操作した。どこからか緊急連絡が入ったのだろう。

「今のお話からは、少なくとも今のあなたはニオ・アルデバの立場に近いように聞こえますね」

 ボウイの言葉にラルテインは全く反応を見せず、タブレットを操作し続けた。

 ――それがまだ覚醒していなかったパメラとフィダロを研究所から運び出した理由だろうか?アルデバ軍を裏切るつもりで?……いや、違うな……あまりに中途半端だ……

 タブレットの操作を終えたらしいラルテインが話を再開した。

「秘密主義のアルデバ政府の中枢へ迫るのは、簡単なことではない。そこで、私の作戦はこうだ……」

 ボウイはラルテイン自らが打ち明けた作戦の大胆さに唖然とした。アルデバ政府を変えたいというのは本音であり、本気で動こうとしているのだと思った。

 作戦を聞いた後で、ボウイは三つの条件を出した。

 一つは拒否されるのではないかと思っていたボウイだったが、ラルテインは理由を確認をしただけで、三つとも条件を呑んだ。



 それから七日後、ボウイは久しぶりにタミアの格納庫でコクピットに座り、サボの最終調整を行っていた。右隣のコクピットにはクードゥル、左側にはイードリがいる。真後ろのコクピットにはパメラ、その右にはぺネロップ。クードゥルとぺネロップは三機のサボ、ボウイとパメラは四機、イードリは五機のサボをコントロールする。


 ラルテインとの話が終わって車で待機しているクードゥル達の元へ戻り、ボウイが自分とクエリクがラルテインの指揮下に入る条件を承諾したと告げると、クードゥルもイードリも、ケルダン博士までもが驚いていた。

 もちろんクエリクだけは驚かなかった。「それでいいよ」と言っただけだった。ラルテインとの会談中にボウイと繋がってはいなかったが、会談前に車内で伝えてきたようにボウイの判断に任せるつもりだっただけでなく、ビーナ独特の勘である程度会談の展開も読んでいたようにボウイは感じた。 

 間もなくぺネロップが運転する車が尾行なしにやって来て、ラルテインが約束を守ったことがわかった。

 クードゥル、ぺネロップと遂に別れるときが来たと思っていたボウイだが、二人ともラルテイン将軍の配下になるなら、一緒に行くと言ってきた。

「俺とぺネロップは元々ラルテイン将軍が募集した傭兵に応募して採用されたんだぜ。人材的には問題ないはずだ。ここまで来たら最後までつき合う」

 ぺネロップも同じようなことを言った。ただ、その目に哀しみの色をボウイは感じた。

 パメラはぺネロップ次第ではないかと思っていた。ぺネロップが引き続きボウイ達と行動を共にするとなったら、パメラも同じ選択をするに違いない。

 イードリは聞くまでもない。


 マツトウへはボウイから離脱を勧めた。

「ドラクフ博士かケルダン博士の手伝いがあんたには似合っている」

 マツトウはちらりとパメラを見た。パメラの方はその時、ぺネロップ、イードリと話していてマツトウを見ていなかった。

「パメラのためにも、それが良いんじゃないか?」

 ボウイのその言葉がマツトウに決断させたらしい。

「パムのことでわかったことがあれば、知らせる。そっちも何かあったら……研究施設が役に立つことがあったら、遠慮なく言ってきてくれ」――

 そう言ってマツトウは個人の連絡コードらしい番号を手渡してきた。


 ラルテインの無線で中断されたボウイの問いへのケルダン博士の答えは「アルデバ人としかわからない」だった。

 博士がノツワのプロジェクトに参加したのは五年前だという。その答えを聞いた時、ボウイの頭にある人物が浮かんだ。

 ――あの部隊が圧倒的な戦果をみせたことで、その中心パイロットである俺とアイツが選ばれた?

 ボウイの考えを確かめることは、少なくともケルダン博士には無理だ。彼に与えられたのは遺伝子だけなのだから。出処を知っている可能性は、ラルテインの方が高い。

 とりあえず、ケルダン博士が取り組んでいたプロジェクトは頓挫させた。問題は、枢密卿の元で何が行われているのか、である。


 空母タミアの傭兵メンバーは四ヶ月前とはかなり変わっていた。

 数少ない、四ヶ月前にもいた男に尋ねたところ、ボウイ達が脱出して間もなく、兵士の大きな入れ替えがあったという。一言でいうと、正規兵が増えたのだ。


 今度戦う相手はニオ・アルデバの主力部隊の一つだと聞かされていた。

 相手の宇宙空母は三隻。

 アルデバ側もタミアを中心に三隻の空母で隊形を作り、戦闘開始に備えていた。

 この戦闘でボウイ達がやることは、相手のサボを破壊することだ。

 果たしてラルテインの計画どおりにことが運ぶのか。ラルテインの策士としての優秀さを知るボウイにも疑問だった。だが、ラルテインの真の思惑がどこにあるにしろ、策の成功率が低いとしても、ボウイ達にはギリギリまで彼の作戦に乗るしかないのだ。


 戦闘開始までの間、ボウイはラルテインが教えたニオ・アルデバの初代リーダー、ビルギ・プラッソンのことを考えていた。

 ビルギが四十年以前にアルデバ上層部に楯突くような考えを持つに至ったのは何故か。そして、その戦いは、どうして何十年も、十年前に彼が亡くなった後も、続いているのか。

 戦争は莫大な費用がいる。巨額の金を動かせる誰かがニオ・アルデバに資金提供しているということになる。

 ケルダン博士のニオ・アルデバとの戦争は「戦いを続けるための言い訳のような気がする」という言葉を思い出した。当たっているのかもしれないと、ボウイは思った。


 サイレンが鳴った。戦闘開始だ。

 ボウイはいつものように、ゆっくりと四機のサボを艦外に出した。





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