第二話 タワパ空域
* 異世界ものですが、魔法もの/転生ものではありません。
* 異世界なので別言語を使用しているはずですが、マジメに設定しては説明も読むのも大変なことになるし、全部現地球上の言葉にするのもつまらないと思い、ごく一部だけ架空言語ということにして、日本語をベースに英語やギリシャ語の単語、及び現地球上の言葉の捩りで済ませています。なお、当方、日本語と英語しか詳しくなく、他の言語は前記2言語に取り入れられている言葉しか知らないため、もしも架空として使っている言葉が実在する(発音も意味も同じ)場合は、全くの偶然です。
*とゆーことで、タイトルは別世界言語、造語です。本文内に初出では日本語の意味とともに出てきます。
ボウイはモノサボとトリサボでその三機のうちの二機を狙った。瞬時に狙いをつけて撃つのだ。しかし、どちらもさっとかわした。
ボウイはすかさず動きの違うサボの後ろにいた別の敵サボを撃ち抜いた。戦場での迷いは命取りだ。
ボウイが狙いをかわされるなど、もう何年もなかったことである。
ビームが行き交う中、動きが違うと感じるサボが五機あった。
その五機には共通した動きの癖を感じた。連携も素晴らしい。
――まさか……
ボウイは直感で認識したことが信じられなかった。
――一人で五機のサボを操っている?まさか……
その五つのサボが次から次へとタミアから出たサボを破壊していく。
気がつけば、タミア側のサボはボウイの操る三機の他には五機が残るだけだった。そのうちの一機はクードゥルのサボだ。
相手側も、とんでもない奴が操っていると思われるサボの他には四機しか残っていない。
動きの違う五サボのうち、三サボがタミアに向かい始めた。
タミアの大砲の二基が光を出した。それを三つのサボは難なく避けた。
避ける動きを読んでボウイはサボからビームを発射した。命中。しかし、破壊するまでの命中ではなく、ほぼ同時にボウイのモノサボも攻撃を受けた。モノサボも木っ端微塵にされるのは免れたが、ビームは出せなくなった。
――くそっ!
ボウイはクードゥルのコクピットとの無線を開いた。
「組んであの三機を殺るんだ。でないと、ここは終わりだ」
クードゥルは余計なことは言わなかった。
「了解。指示をくれ」
ボウイはクードゥルのサボを先行させた。その後ろに隠れるように自身が操るサボ二機を縦列でつけた。
クードゥルのサボが相手側のサボの一つに近づいたところでボウイはディサボとトリサボを一瞬でクードゥルのサボの後ろから飛び出させた。
クードゥルのサボは破壊されたが、ボウイのディサボがその攻撃主を撃ち抜き、トリサボはさらに後ろのサボを攻撃した。一瞬の出来事だ。
そのまま三機のサボで残る一機を追いかけた。
タミアを攻撃させるわけにはいかない。
ボウイは敵サボがタミアに向かって撃つであろう線上にモノサボを向けた。
敵サボが放ったビームはモノサボを撃ち抜いた。その瞬間、ボウイはディサボとトリサボで敵サボを撃ち抜いていた。
どこかまだ戦いなれていない風があった。
――実戦に馴れたら、どんな恐ろしいパイロットになることか。
ボウイは背筋が寒くなった。馴れた頃のヤツに出くわしたくはない。
タミアに生き残ったサボを収納し、ボウイはコクピットを出た。目の前にクードゥルが立っていた。
「あいつもスゴいが、あんたはもっとスゴいな」
真顔だった。
「……あいつ、何者だと思う?」
ボウイは相手の言葉が聞こえなかったかのように質問した。
「怪物」
クードゥルは真顔のままだ。
「人間技とは思えないからな……いや、思いたくない、が本音かな」
五機のサボを実戦で綾るれるパイロットがいつかは出てくる可能性があった。しかし、この段階でニオ・アルデバ側に出てくるとはボウイは思ってもいなかった。
思わぬことは続いた。ボウイとクードゥルはラルテイン将軍に呼び出されたのだ。
ヴィンザーについて入ったラルテインの執務室はいたって簡素だった。大きなデスクにキャビネット一つ、来客用の椅子は二脚だけだ。
兵卒に過ぎないボウイとクードゥルは立ったままになる。
二人が入っていくと、ラルテインは操作していたタブレットから顔を上げた。束の間、二人の顔を見つめた。それからおもむろに口を開いた。
「この艦の近くまでサボを飛ばしてきたパイロットについて、尋ねたいことがある。率直な印象を聞きたい」
ボウイとクードゥルは思わず顔を見合わせた。
クードゥルが発言はお前がしろと目配せしてきた。
ボウイはラルテインに向き直ると、淡々とした調子で言った。
「率直な印象は、強い。その一言です」
「お前達は勝ったではないか」
ラルテインはすぐさま返してきた。口調は淡々としている。
「今回は勝てました。しかし次に遭遇した時に勝てる自信はありません」
ラルテインはじっとボウイの目を見つめてきた。
「お前はレム・ヴァフアーだろう?そのお前が勝てる自信はないと?」
このタイミングで「レム・ヴァフアー」がラルテインの口から出るとは思っていなかったボウイだが、平静を装った。
横からはクードゥルの視線を感じた。
「昔の話です。あのメンバーが揃わないとレム・ヴァフアーにはなりません」
レム・ヴァフアー。緋の閃光。六、七年前に名を馳せた小隊だ。アルデバ軍が赤系の色をコクピットやサボに使っていたことからついた渾名だが、後にはサボの暗赤色の地に一筋の明るい朱を入れ、部隊を目立たせた。
パイロットの人数は十二名。ボウイはその中心的パイロットだった。三十歳になったばかりの若い隊長が野心的に組んだ隊で、最新の機種を採用し、パイロット間の連携を重視した。その作戦は当たり、隊は圧倒的な勝利での連戦連勝。ラルスバラン星系に名を馳せた。
しかしその栄光は長く続かなかった。隊長が急死したのだ。心筋梗塞だった。
若いからといって油断できない、人生は呆気ないものだとボウイは思った。
そして、隊はまもなく消滅した。個性豊かなパイロットを統制し、連携させるのは、並大抵のことではない。あの隊長のカリスマ性と的確かつ強力なリーダーシップがあったからこそ実現していたことなのだ。
元々傭兵の立場であったボウイは、以後、隊を転々とした。合間に半年から一年ののんびりした期間や異なる職種を挟みつつ。ラルテイン隊も一時的な所属のつもりだ。
「レム・ヴァフアーは一人ではできません。あの戦略を再現するのは無理です」
「先ほど連携したと思うが?」
「次も同じ手が使えるとは思えません」
ラルテインは何の感情も見えない目でボウイを見つめ続けている。
知らず、ボウイは両手を握りしめていた。
「タワパ空域に今暫く滞在するから、あのパイロットとは今後も遭遇するだろう。対策を練っておくように」
ラルテインとの面会はそっけなくそれで終わった。
ラルテインに呼び出されて以降、ボウイは二つのことが気になり始めた。サボ五機を操っていたパイロットの素性とその所属である。
相手は当然ニオ・アルデバだと思い込んでいたが、ボウイは相手方のサボしか見ていない。空母には目印があるが、サボだけでは必ずしも所属はわからないのだ。だが、それだけなら疑いはしない。
どうして引っ掛かりを覚えたのかといえば、ラルテインがあのパイロットのことに詳しいと思えたからだ。敵側に送り込んだ間者からの情報と考えられなくもないが、その可能性が今一つ腑に落ちない。
タミアのパイロットが傭兵だけであることも気になってきた。
考えれば考えるほど疑問が湧いてくる。
一方で対策をたてておけと命じられた以上、なおざりにもできず、ボウイは組める相手を探した。
レム・ヴァフアーの頃は三人一組で動いていた。急いで対策をたてるとなると、経験則に頼る。
一人はクードゥルとして、もう一人要る。
ボウイは食堂で傭兵仲間を検分した。癖のある連中なだけに誰と組んでも一悶着はありそうである。
ふとボウイは視線を感じた。視線の元を見た。黒髪に小麦色の肌、大きな二重の目を持つ女がボウイを見ていた。好意ではなく好奇心の目だ。
ボウイはすぐにその女の名前を思い出せなかった。すると、横にいたクードゥルが囁いた。
「確かペネロップ・ヌアムだ。俺と同じナザフ系だから気になっていた」
ボウイはどんな顔をして言っているのかとクードゥルの顔を見た。悪戯小僧の目をしていた。
「あんたに気がありそうだな」
「単なる好奇心だ。俺がラシル・ファシスの血を引いているからだろう」
ラシル・ファシス系の傭兵は少ないのだ。そもそもラシル・ファシス人の数自体が少なくなっている。
ボウイは十年近い傭兵暮らしで一人にしか会ったことがない。しかもその男の見た目にラシル・ファシスの特徴はなかった。それでも同族であるとわかったのは、その男が微かに醸し出していたラシル・ファシスの気だ。思いきって話してみると、祖父がラシル・ファシス人で、三年ほどラシル・ファシスで暮らしたことがあるという。
ボウイは納得した。ラシル・ファシスで過ごした三年が、その者にラシル・ファシス特有の気を纏わせたのだ。
ボウイはその男と同じ隊にいた三ヶ月間、ラシル・ファシスで過ごした日々を思い出して仕方なかった。優しさと貧しさの同居した日々を。
ボウイはペネロップの視線の強さと三機のサボを操る腕に声をかけてみることにした。ペネロップはこの中では間違いなく腕の良い方のパイロットだ。ボウイはペネロップが食べ終わった頃にゆっくりと近づいていった。クードゥルがついてくる。
「この後時間はあるかい?」
「目つきからすると、ナンパじゃなさそうね」
「そっちの目つきに合わせたのさ」
ボウイの答えにペネロップは片頬で笑ってみせた。
「あなた達二人がラルテイン将軍に呼び出されたと聞いて、話を聞きたかった。何を言われたの?」
直球中の直球だった。
「組む相手を探せと言われた」
ボウイも直球で返した。
ペネロップは怪訝な顔をした。
「組むって、どういうこと?」
「一人で五機のサボを操っている奴がいたのに気づいたろ?」
ペネロップは瞬きをしてから頷いた。
「まさかと思ったけど」
「そいつと対抗するためにチームを組むのさ。それがラルテイン将軍のご命令だ」
ペネロップは軽く目を見開いた。
「それで、あなた達は組むことにしたわけね」
「あんたと三人でね」
ペネロップは二度瞬いた。
組むといっても、必須なのはボウイの指図に従うことだけだ。食堂の片隅でいくつかの連携パターンを共有しただけで、三人は各々の居室へ戻った。
タワパ空域になんのために滞在するのか。居室で横になったボウイの頭にまた疑問が湧いた。
それからしばらくは臨戦体制にならなかった。合間、合間にボウイは居室でベッドに寝転び、気になることをひとつひとつ検討した。もちろん結論は出ないが、ボウイに見えてきたものがあった。ある仮説をたてると、すべての辻褄があうのだ。当たっているとは思いたくない仮説だった。
それは突然の指令だった。ボウイ、クードゥル、ペネロップの三人は輸送船の護衛を命じられた。タワパ空域の小惑星へある物資を取りに行くのだという。
どこへ何を受取に行くのか尋ねても教えてもらえなかった。
ボウイは不信感を抱いた。
口には出さなかったが、クードゥル、ペネロップも納得できないという顔つきをしていた。
指示された通りにボウイ、クードゥル、ペネロップはトリタイプのコクピットに座った。いつものようにコクピットは母艦内にとどまり、サボだけを放出した。
サボのカメラを通してボウイは輸送船の行く先を見極めようとした。
タワパは小惑星が集まる空域だ。直径数マートル(メートル)ほどのものから百クアン(キロメートル)を超えるものまで様々な岩石が浮かんでいる。複数のサボを小惑星にぶつけないようにコントロールするのも大変だが、もしも敵がそうした小惑星に潜んでいたら、レーダーはほとんど役に立たない。
色々な技術が進んでも、こういう状況では目視が一番頼りになる。ボウイがいつも皮肉を感じることだ。
それにしても、こんな空域で何を受け取ろうというのか。
輸送船は直径二十クアンほどの小惑星に近づいていった。
タミアはその小惑星から五十クアンほど離れた位置にある小惑星の陰にいた。
サボのカメラを通してボウイは輸送船が向かう小惑星の表面にドームに覆われた建物を確認した。輸送船はそのドームから少し離れた位置にある窪みへ向かっている。そこにドーム内への入り口があるのだろう。
窪みへ輸送船が消えて一時間近く何も起こらなかった。
ドームの中の何かがピカリと光ったと見えた約一分後、窪みから輸送船が出てきた。全速力でこちらへ向かってくる。
そして、窪みからサボが出てきた。三機だ。その後からさらに二機出てきた。
先に出た三機が速度を上げた。
その滑らかで速い動きにボウイの警戒心が強くなった。クードゥルとペネロップのサボ、三機ずつを先行させて、自身のサボ三機を広く展開した。
――まさか、あいつでは……
勘はあいつだと言っていた。一人で五機を操るあいつだと。
窪みからまたサボが出てきた。六機だ。
ボウイは先に出てきた五機に気を配りつつ、視界の端で後続の六機の動きを捕らえていた。
――ただの六機か、まさか、あいつと同類か。
一人で五機を操るパイロットの三機のサボがクードゥル、ペネロップのサボと交戦を始めた。
クードゥルとペネロップはかなり優秀なパイロットなのだが、二人の操作を上回るすばやい動きを三機のサボは見せていた。
ボウイはクードゥルとペネロップのサボ六機が注意を引きつけている間に相手方のサボ三機を二機は上から、一機は下から同時に攻撃した。三機に別の動きを取らせつつ同時に別のターゲットを攻撃できるのは、ボウイの特徴だ。
同じことができたパイロットをこれまでに見たことは一度しかない。
レム・ヴァフアー隊の同僚に一人いた。今はどこでどうしているやら、その後の消息は全く耳にしていない。あれだけのパイロットなのだから、活躍を耳にしないことが不思議だった。アルデバ人だったから、あの隊長同様、急死したのかもしれない。
このときは久しぶりに、ほんの一瞬だったが、その元同僚のことを考えた。五機のサボを同時に操ることが、あの男にならできるかもしれないと。
――他に考えられることは……
これまでの相手なら、三機とも撃ち抜いていたのに、一機が逃れた。
ボウイはすぐさま二次攻撃をかけた。迷わずにどれだけ複雑に動き、攻撃できるかがサボ対サボの戦いなのだ。ボウイの三機のサボと五サボを操るパイロットの残る三機との戦いになった。
目まぐるしく動くサボの動きに感心したらしいクードゥルの唸り声がボウイの耳に聞こえた。
後続の六機はどうしたのかと思ったら、何故か離れた場所から戦いを静観していた。
ボウイの頭にまた疑念が湧いた。いや、湧いていた疑念が強まった。
突然、相手が全サボを後退させた。静観していた機とともに三機は出てきた小惑星へと戻っていった。
ボウイはタミアの指示を仰いだ。追尾する必要はなく、撤退だった。問題の「物資」を無事にタミアが収納したのだろうが、やはりボウイには納得のいかない流れである。
何をタミアに運んだのか。嫌な考えが膨らむ一方だった。
サボを帰艦させ、ボウイはコクピットを出た。
「いやはや、レム・ヴァフアーの凄さを見せつけられっぱなしだ」
クードゥルが声をかけてきた。ペネロップもその横で目を輝かせている。
クードゥルとペネロップのサボはすべて撃ち抜かれていたが、ボウイの三機は無傷だ。だが、もう少し長く戦いが続いていたら、そうはいかなかっただろう。
「あんた達がいてくれたことと、何があったか知らないが、向こうが引いてくれたおかげだ」
ボウイには一刻も早くやりたいことがあった。あの小惑星から運び出した「物資」が何なのか、確かめることだ。状況からして、奪い取ったとしか思えない。その「物資」が、もしも、ボウイが考えているものならば、タミア内で厳重な警備を施し、傭兵などは容易に近づけないようにしているだろう。迂闊に近づけば、射殺されるかもしれない。
そんな危険を冒しても、ボウイは確かめずにいられないのだった。