第十四話 宇宙海賊
イードリがコントロールする三機のサボが、敵サボの攻撃を巧みに交わしながら、海賊船の大砲や機銃座を破壊していく。
残りの二機の海賊のサボを攻撃する動きも緩みがない。
見事の一言だった。
ナザフを出てから光速を越えるまでは何も起こらなかった。
しかしラルス星系へ着いたボウイ達の前に、まもなく三隻の艦が現れた。艦はどれも所属を示すものが何もなく、アルデバ軍艦のような、ナザフ軍艦のような、寄せ集め的な艦という、いわゆる宇宙海賊と見えた。
「本当に宇宙海賊かね?」
クードゥルのいつもの軽い皮肉った調子の声が、ナザフで調達したシャトル、ロイカ号の格納庫でコクピットに座るボウイの耳に聞こえてきた。
「海賊だろうと、アルデバ軍だろうと、こちらがやることは同じだ」
ボウイは短く答えた。
「サボを出すよ」
イードリの声だ。
「よし、出せ。こちらもすぐに追いつく」
ボウイが言い終えるやいなや、先行しているソルエ号からサボが出た。
海賊艦からもサボが出た。ざっと二十機はいる。
イードリの操るサボがあっという間に相手のサボを破壊していった。暫くサボをコントロールしていなかったのに、一段とうまくなっていた。
一体、どういうことなのか、ボウイは驚くばかりだった。
イードリの五サボだけで宇宙海賊をやっつけることができるかもしれない。そんな感触から、ボウイはイードリを援護するために四機のサボをシャトルから放出した。
イードリの五機のサボは、まるで一つ一つにパイロットがついているかのようだった。海賊側のサボの倍近いスピードで自在に宇宙を翔けめぐっている。
イードリのサボを撃とうとして、海賊側のサボは数機が同士討ちした。
イードリの三機のサボは、するすると海賊のサボの間を抜け、宇宙海賊艦の一つを射程圏に入れた。
ボウイはイードリの三サボが背後から攻撃されないよう、自身のサボを広く展開しながら、海賊側のサボを攻撃した。
海賊側のパイロット達の腕前は、ボウイの目には大したことがないように思えた。もちろん、サボの動きからかなりの腕前と思えるパイロットもいたが、統制されていないのだ。
クードゥルだけでなく、ボウイもアルデバ軍が海賊の振りをしている可能性を考えていたが、アルデバ軍が金を出した可能性は残るものの、その戦い方から、今、相手にしているのは、正真正銘の宇宙海賊だとボウイは思った。
ボウイも次から次へと海賊のサボを破壊した。自身の腕が落ちていないことに安堵した。
その間に宇宙海賊艦の一隻が大爆発を起こした。イードリの三サボが攻撃していた艦だ。
ボウイがそちらに少し視線を向けた時、もうイードリのサボはその周囲にいなかった。
また小さな爆発が起きた。
別の宇宙海賊艦の大砲が破壊されたのだ。
海賊側のサボは自分たちの艦を守ろうと、この時点で動けていた全機が向きを変えた。ボウイのサボもその後を追った。
イードリのサボを止めようと、海賊のサボの数機がその周囲を飛んでいたが、迂闊に攻撃すれば、艦にビームが当たってしまうため、遠くからは右往左往しているだけに見えた。イードリはそんなサボも邪魔とみるや、撃ち抜いていく。
イードリの五機のサボの動きにボウイは背筋に悪寒が走った。いくら相手のスキルが玉石混淆でも、あまりに圧倒的だった。
海賊艦の一つがまた大きな火を噴いた。
残る一隻は向きを変えていた。
イードリのサボがその艦も攻撃しようとするのを見て取ったボウイは、急いで呼び掛けた。
「イードリ、追う必要はない!逃げるヤツは放っておけ」
唯一残った海賊艦は、まだ動くことのできる三機のサボを回収せず、一気に星系内の最高速度近くまでスピードを上げて逃げ去った。
ボウイが援護したとはいえ、イードリはほぼ一人で二十機ものサボを相手にしながら、二隻の艦を沈めた。ボウイが止めなければ、三隻とも宇宙の藻屑となっただろう。
ボウイは暫く言葉が出なかった。
「マム、残ったアイツらのサボはどうするの?」
相変わらず甘えた調子のイードリの声に、ボウイは我に返った。
「それも放っておけ。……いや、一つは、回収しよう。調べてみたいことがある。クードゥル、ソルエ号の格納庫はまだ余裕があるから、そっちへ回収してくれ」
「……了解」
いつもなら、すぐに返ってくるクードゥルの声に間が空いたのは、自分と同じように、クードゥルも目にしたイードリのパイロットとしての腕前に驚いて呆然としていたのだと、ボウイは思った。
回収した海賊のサボは、アルデバ軍の旧機種の改造版だった。アルデバ軍と海賊の関わりを示しているのかもしれない。
クードゥルとサレは、ラシル・ファシスへ着いたら、そのサボをソルエ号のコクピットからコントロールできるように改造したいと言ってきた。
今のイードリならば、六機のサボを操れるのではないかと、二人は試してみたいのだ。その気持ちはボウイにもよくわかった。
クードゥルとサレの提案を聞いたイードリも乗り気だった。
「やってみたい。できる気がするもの。今日みたいにマムが援護してくれたら、絶対できると思う」
通信機から聞こえてきたイードリの声は弾んでいた。
ボウイ達の帰路は、宇宙海賊を退けて以降は再び平穏に過ぎ、ほぼ予定どおりにソルエ号とロイカ号はラシル・ファシスの名ばかりの空港へ着陸した。
約三ヶ月ぶりに戻ったラシル・ファシスは、ボウイの目に一段と寂れて見えた。
いくらなんでも、天変地異も起こっていないのに、たった三ヶ月で変わるわけがない、ナザフの整備された町とのギャップのせいだと、ボウイは思った。
ソルエ号内のコクピットと海賊が残したサボの改造をサレと運送会社に任せ、ビーナを含めたラシル・ファシス人達は空港から銘々の村へ戻り、ボウイはクエリクとタミアから連れだっている五人の計七人で故郷の村へ戻った。
クエリクの元気な姿を目にした村人の喜びようはボウイの予想以上だった。
クエリクはビーナとして、村人から全幅の信頼を得ているのだ。
村人を前にしたクエリクには、穏やかな言動の中に、威厳が感じられた。
ボウイは弟の成長に誇らしさと一抹の寂しさを感じた。
クエリクは断ったのに、ささやかとはいえ、帰還を祝う宴が帰還したその夜から三日も続いた。クエリクがボウイ達とタルメアへ向かうと言わなければ、さらに三日続いたかもしれない。
父親は息子達がタルメアへ行くことに反対したいような顔つきだったが、クエリクには何も言わなかった。
実の息子であっても、ビーナに意見することは、相当の覚悟がいるのだ。
「タルメアに行くことが必要なんだよ。兄さんの話を聞いて確信した」
タルメア行きを両親に告げたのも、その訳を説明したのも、クエリクだった。
「おそらく僕たち、ビーナが連れ去られた理由も、タルメアへ行けばわかると思う」
クエリクの言葉に母親は驚き、父親は一段と渋い顔つきになった。
その様子に、父親はタルメアにある秘密を知っていると、ボウイは思った。
――何故、隠すのか。
タルメアへ向かう前夜、ボウイは真夜中に目が覚めた。クエリクが呼んでいる気がした。隣のベッドでイードリがぐっすり眠っていることを確かめ、ボウイはそっと部屋を出た。
クエリクの存在が、気がボウイを取り巻いていた。その存在の中心は、ボウイがネネの声を聞いた、あの広場にある。
広場へ行くと、その真ん中でクエリクが空を見上げ、佇んでいた。ボウイに向くこともなく、口を開いた。
「タルメアへ行けば、後戻りできない。歯車が大きく動きだすよ。覚悟はできてる?」
「地下にあるのは、単なる古代都市ではないんだな?どんな秘密が隠されているのか、おまえは知っているということか?」
クエリクはかぶりを振った。
「知らない。ネネがそんなことを言っていたんだ。あそこに眠っているのは、知らない方がいいことなんだってね……」
「明日出発するという、この期に及んで何を……行くことが嫌になったのなら、はっきりそう言ってくれ」
「違う、違うよ。こうなってしまったら、誰かが行かないといけない。それはわかっている。でも、それが兄さん達である必要があるのかと言えば……それにイードリとパメラ、クードゥル……」
「彼らを巻き込んで良いのかということか……」
――違う……ああ……違うんだ……
クエリクの声がボウイの頭に響いた。
だがクエリクが口にしたのは、別の言葉だった。
「やっぱり兄さんと僕の二人だけで行こう」
「彼らもタルメアに行きたがっている。当日の朝になっての置いてけぼりは俺の気がすまない」
「地上にある建物までは問題ない。そこから先は、少なくとも最初は、兄さんと僕の二人だけにしよう。僕が話すよ」
出かける直前での、ボウイと二人でまずは「開かずの扉を開ける」というクエリクの話に、クードゥル達五人は必ずしも納得はしていなかったが、反論もしなかった。
そして、クエリクが使った「開かずの扉を開ける」という言葉は、事実を述べたのであって、比喩ではないとボウイは思った。
――扉を開けるのだ。長い間誰も開けることがなかった扉を……
大型のバンに乗り込んだ七人は、タルメアまでの道中、あまり口を開かなかった。好奇心に期待と不安が交錯し、思い浮かぶのは、この期に言っても仕方のないことだったからだろう。
運転はこれまで同様、ボウイ、クードゥル、ペネロップの三人が交代で行ったのだが、ボウイが運転するときは、必ず助手席にイードリが座った。運転席にいない時も隣にいた。まるでナザフからラシル・ファシスまでの帰路に別のシャトルに乗っていた分を取り返そうとしているかのようだった。
大半は黙ってただ横に座っているだけなのだが、ボウイはそんなイードリに「成長」という言葉だけでは納得しきれない、微妙な変化を感じていた。宇宙海賊との戦闘で見せた進化はその変化の一つなのか、間違いなく、イードリの中で何かが起こっている。
パメラもまたペネロップが運転するときには常に隣に座り、そうでない時にはペネロップとボウイ、イードリの間を行ったり来たりしていたが、ボウイはパメラにイードリのような不可思議な変化を感じなかった。
二人に何かの差があり、それが広がりつつある。それが性差によるものなのか、元々の計画、設計によるものなのか。ボウイはソルエ博士との会話を思い返しながら、静かに二人を見守るしかなかった。
というのも、道中に一度こっそりマツトウに尋ねてみたのだが、マツトウも首を傾げたのだ。
「俺も細かいことまでは知らない。ソルエ博士は一人で五人を作り出したからな。正確には、博士が手を加えた膨大な数の受精卵から成長した、もっとも完成形に近い五体ということなんだが……。全員が同じ遺伝子設計でないことは確かだ。成功の鍵は見つけたと仰っていたが……それから、イードリとフィダロが遺伝子的には近いと聞いたことがある」
「イードリとフィダロが?イードリとエブナではなく?」
マツトウは首肯してから、言った。
「意外だろ?」
見た目ではイードリとエブナが似ていて、イードリとフィダロは全く違っていた。
「遺伝子的には近い」
それがどういうことなのか、フィダロが覚醒直後に抹殺された今では突き止めることが難しい。
――ソルエ博士は何処でどうしているのか……
タルメアの謎を解くことができたら、次はソルエ博士の行方を突き止めたい。ボウイはそう思っていた。
砂漠の向こうにタルメアの遺跡、クエリクによると遺跡の目印である建物が見えてきたのは、ボウイとクエリクの故郷の村を出て十日目の昼頃だった。ボウイが運転していた時だ。
見えてきたのは、白っぽい石造りの、遠くからは長方形に見える建物だった。窓がないように見える。
「あっさりした建物だな」
クードゥルが後部座席の窓を開けて首をだし、前方を見て言った。
「ラシル・ファシスに凝った建物はないよ」
クエリクが笑いを含んだ声で答えた。
「少なくとも、今夜は屋根の下で眠れるな」
「夜は砂漠と変わらないくらい冷えると思うけどね。中はほとんど仕切られていないというから……」
――兄さん、車は建物から少し離して停めて。万が一、建物が崩れても大丈夫な場所に……
頭に響いたクエリクの声に、ボウイは思わず振り向いた。すぐにクエリクと目があった。口をとじたまま、クエリクは一つ頷いた。
ボウイは前に向き直り、クエリクの言うような場所を探しながら、建物の周囲を一周した。
建物は間近で見ると、直径約三十マートルの円形をしていた。扉は一つだけで、幅三マートルはありそうな大きな、おそらく観音開きの扉だ。遠くからは窓がないように見えたが、近づいてみると、壁の所々に縦に細長いスリットがある。
ボウイは建物の扉から十マートルほど離れた場所にバンを停めた。
「建物の中へは俺達も入っていいんだろ?」
バンから全員降りたところで、クードゥルがクエリクに尋ねた。
クエリクは頷いて言った。
「もちろん。建物自体には何もないと思うけどね」
ボウイは昔聞いた話を思い出していた。建物の中庭に祭壇のようなものがあると……
何年も開けられていない観音開きの扉は、予想以上に重かったが、ボウイとクードゥルの二人でなんとか開けることができた。
間近で見た建物の素材は石ではなかった。混擬土に近いがコンクリートではなく、妙になめらかな手触りをしている。
開いた扉の間からは、風が流れてきた。生ぬるい風だ。そして、中は驚くほど明るかった。中庭側にあるのは、壁ではなく、適度な間隔を置いて立っている柱だけだからだ。その柱までも五マートルほどしかない。
柱の間に見える光溢れる空間の中程に、やはり白っぽい小振りな建物が建っていた。
建物の中に足を踏み入れた七人は、暫く無言だった。
「あの柱の向こうには兄さんと僕だけが行く。君たちはここにいてほしい。決して中庭へ出ないように。もちろん、車に戻って良いよ。どれくらいかかるか見当がつかないから……」
クエリクはそう言うと、ボウイに目配せし、中庭へ向かって歩き始めた。
ボウイはクエリクと並んで中庭へ歩いていった。
柱を過ぎると、照りつける太陽とその光を反射する小振りな建物の白っぽい壁にボウイは思わず目を細めた。
建物は一辺が三マートルほど、高さも三マートルほどのほぼ正方形だ。観音開きの表の扉からは見えない位置に片開きの扉があった。取っ手はない。素材は外側の建物と同じに見えた。
「どうやって開けるんだ?押すしかなさそうだが……」
ボウイの言葉にクエリクは頷いた。
「僕が押してみる」
クエリクは扉にそっと手を伸ばして触れた。
扉を暫く撫でていた。それから扉の左端をぐっと押した。
扉はすっと中へ開いていった。
外から射し込む光で建物内にボウイが見たのは、円錐形のオブジェだった。真っ白な、模様も文字もない、ツルツルした手触りをしていそうな円錐だ。
ボウイは扉が開いた瞬間からゾワゾワと鳥肌がたっていた。オブジェのせいではない。
――こいつは、虚仮威しだ。目眩ましだ。
ボウイにも直感でわかった。
中を何度か見回してからクエリクが、ゆっくりとボウイに顔をむけた。
「床にも同じような扉があるね。ちょうどオブジェを囲むように」
言われてボウイはオブジェの周囲の床を見た。
確かに床に線が見える。正方形を形作っている。
ツルツルした円錐形は掴みづらい。ボウイとクエリクは協力してオブジェを持ち上げ、四角い線の外へ動かした。思いの外、重量があった。
「こいつはどうやって開けるんだ?」
床を見ながら言ったボウイに、クエリクは壁に手を当て、撫でるように動かした。
「兄さんは反対側を触ってみて。手が届く範囲で何かが手に当たると思う」
言われたとおり、ボウイは右手で壁を撫でていった。
ふっと手触りの違う箇所があった。ボウイは注意深くその辺りを探った。小さな突起に手が触れた。
直後に床の板がスライドした。
ぽっかりと黒い穴が開いた。
クエリクが用意していた手持ちのライトをつけて穴の中を照らすと、階段が延々下へ伸びている。
クエリクがボウイを見た。頭の中に声か響く。
――打ち合わせどおり、僕が先に降りるよ。
ボウイはただ頷いた。
二人は黙って階段を降りていった。
クエリクが照らす光の輪の中には、延々、階段しか現れない。
いったいとれだけ降りてきたのか、途中でボウイは考えるのをやめた。
鍛えているボウイの足も疲れを感じた頃、ようやく階段ではないものがライトの光の中に見えた。一面の壁だ。
――行き止まり?いや、先ほどと同じように、どこかに開けるスイッチがあるに違いない。
そう考えている間にボウイの感覚が変わっていった。感覚が広がっていく。
クエリクと繋がったのだ。
すると、まだ見ぬ壁の向こうの巨大な空間が感じられた。
その空間に生きているものはいない。それだけはボウイにわかった。
クエリクとボウイは同時に天井近くにある小さな穴に手を伸ばしていた。そこに手をかざすことが一面の壁を動かすスイッチなのだ。
先に気づいたのが自分なのか、クエリクなのか、ボウイにはわからなかった。
――そんなことに意味はない。
――そう、そんなことはどうでもいい。
どちらが自分の考えたことなのかもわからなかった。
二人の前を塞いでいた壁は、動き始めに少しきしんだだけで、後は音もなく開いていった。




