「愛することはない」そう言ったのに返ってきたのは笑みだった。
「心に決めた人が他にいる。君を愛することはない」
私はそう妻に告げた。妻はそれに対して、笑みを崩すことなく言った。
「それは良かったですわ」
初めてちゃんと聞いた妻の声は、ものすごく冷たくて綺麗なものだった。
「…とはいえ、旦那様」
固まってしまった私に、妻は微笑んで言う。
「子をなすのは貴族の義務。愛して欲しいとは言いませんが、義務は果たしてくださいませ」
「え、あ…」
「大丈夫。優しくして差し上げますわ」
ベッドの上の妻はやけに積極的で、そのくせきちんと乙女のままだった。愛するのは聖女様だけと決めていた私は、あっけなく妻のペースに乗せられていた。
「…では、私はこれで」
そのくせ、妻はことが終わると夫婦の寝室から私室に戻ってさっさと寝てしまった。私は一人、取り残されて呆然とした。
結局のところ、あの初夜以来妻を抱いていない。が、懐妊の吉報が届いた。一応、慣例なので魔術を用いて確認したが間違いなく私と妻の子だ。妻は不義理を働くタイプではないし、知ってはいたが。
「男の子の三つ子だそうですわ」
「そうか」
「ありがとうございます、旦那様。おかげで責務を果たせましたわ。まあ、できれば女の子も欲しいのですけれど」
そう言う妻に、私は聞く。
「妊娠しやすくする魔法を使ったのか」
「…あら、バレました?」
「副作用で双子や三つ子が生まれやすいと聞いた」
「別に悪いことではないでしょう?」
「ああ。この辺りでは三つ子は幸運の象徴とされるし、ありがたい。…が、母体に負担がかかると聞いた」
妻は目を丸くする。が、また微笑んだ。
「今のところ、問題ありませんわ」
「…それならいいが」
そして妻は、元気な三つ子を産んだ。その後私は妻と三つ子を休ませた後、しばらくしてから強制的に妻と三つ子の健康検査を行った。三つ子は健康そのもの。しかし妻は栄養失調気味だと診断が出た。おそらく妊娠しやすくする魔法の副作用だろう。その場では点滴を打ってなんとか事なきを得た。
「無茶をしたな」
「でも、もう大丈夫ですわ」
あれから何回も健康検査を重ねて、妻がやっと復調した頃。
妻の好物のチョコレート菓子を食べさせながら、説教でもしようかと思って私の部屋に妻を部屋に呼び出したのだが。
…妻は私をソファーに押し倒す。
「今度は女の子の三つ子狙いなんて、いかがですか?」
「…君の負担を軽減する方法は?」
「貴方が優しくしてくだされば」
にっこり笑う妻に、私はまた流された。
結局、妻は女の子の双子を産んだ。双子は健康そのもの。しかし妻は前回よりも体調を崩した。点滴を打って様子を見るが、明らかに顔色が悪い。
「ああ、これでお役目を果たせましたわ。ありがとうございます、旦那様」
それでも彼女は笑みを浮かべた。私はそんな妻の手を握る。
「…役目を果たしたのなら、あとは人生を楽しむだけだろう。頼むから生きろ」
「あら、聖女様はもういいんですの?」
「…よくはない。でも、今は君の方が大事だ」
私がそう言えば、妻はやっぱり目を丸くする。そしてやっぱり、微笑んだ。
「なら、長生きしないとですね」
「本当に、頼むよ…」
今はもう、妻以外の女性を隣に置くなんて考えられない。
しばらくして、やっと彼女の点滴を外せるようになった。検査でも、異常はない。
彼女はもうこれ以上子供を増やす気はないらしい。私も彼女が負担を負うくらいなら、これ以上子供を増やす気はない。
幸い五人も子宝に恵まれているし、全員私の実子だと診断が出ているし、問題ない。
「…さて、人生を楽しむといっても私は何をすればいいのかわかりませんわ」
そういう妻に、私は。
「…なら、恋愛をしてみるのはどうだろう」
「…誰と?」
「私と」
「私を愛することはなかったのでは?」
「それは…」
痛いところを突かれて黙り込む。しかし妻は、また微笑んだ。
「でも、それもいいですわね。では、改めまして。私を愛してくださいませ、旦那様」
「…とっくの昔に、君が好きだ」
自分でも、いつから、どういう心境の変化かはわからないけれど。今の私は真実の愛を誓った聖女様よりも、妻のことを心から愛している。
今は、あんなに恋い焦がれた聖女様より妻との穏やかな幸せを心から望んでいる。
…良い変化なのか、余計なお世話なのか。妻にとってどうなのかは、わからないけれど。それでも、この幸せはもう手放せない。