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空をなくしたその先に  作者: 雨宮れん
空をなくしたその先に
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9.サラ(1)

働かざる者食うべからず、ということか。ジャガイモの皮むきは固辞したものの、

「皮むかないとお昼ご飯食べられないわよぉ?」

と、サラに言われてしまってはどうしようもない。結局のところ、船にいる間は労働力を提供しろということなのだろう。そう思えばビクトールのディオに対する扱いは、破格だったのかも知れない。


リディアスベイルの厨房は、船の下の方にあった。サラに連れられていくつもの階段をおり、厨房へと足を踏み入れる。フォルーシャより小型とはいえ、船に乗っている人数はかなりのものだ。したがってむかなければならないジャガイモの数もそれなりに、ということになる。


厨房にいたのは、覇気のない中年の男だった。ジャガイモを一つむいては、ため息をはく。人参に一回包丁を入れては、ため息をはく。作業は遅々としてすすまない。というよりやる気がないのだろう。

野菜のスープとパンを食卓に並べればいいのだと聞いて、テーブルに肘をついて同じようにのろのろとジャガイモの皮をむいていたディオは立ち上がった。この後におよんでも、上着だけは手放そうとしない。


コックのエプロンを借りて、上から羽織る。大学の寮には、食堂やコックなどと言うものはついていない。寮生皆で使える共通の厨房があり、皆自分の食事はそこで作るのだ。

というのは建前で。

下級生は、上級生に言われて食事を作らされることが多い。男子学生ばかりだから、野菜を切ってどかどかと鍋に放り込んでひたすら煮込む。運がよければ、肉や魚も入る。といったおおざっぱなものが多い。それと同じ要領でいいのだろうと勝手に解釈して、ディオは包丁を動かし始めた。


野菜の皮をむいて、刻んで、鍋に放り込む。それをくりかえして、野菜の山を完全に消滅させる。煮込んで、味付けをする。

あっという間に昼食の時間になった。

「時間通りにできているなんて、珍しいじゃないの」

厨房をのぞいたサラが機嫌のいい声で言う。

「ああ、ダナは格納庫から動かないって言っているから、運んであげてちょうだい。うちの整備係は、食堂で食べるって言ってるから、一人分でいいわ。私は、勝手にいただくし」

するりとキッチンに入り込んできて、勝手にスープをよそい、パンを取ると食堂へと消えていく。

「あの人も、よく食べるんだよなあ」

と、ほとんど仕事の役には立たなかった本職コックが笑った。


二人分の昼食を借りたトレイに乗せてディオは食堂を出た。先ほど降りてきた階段を逆に上っていき、一度甲板に出る。小さな窓しかない厨房にいたから気づかなかったが、今日はいい天気だった。

風をはらんだ帆と並んで、洗濯物がぱたぱたとしているのが妙にのどかだった。

思えばメレディアーナ号に乗船したのは昨日の今頃ではなかっただろうか。髪を乱す風に顔をしかめながら、船体後部に回る。格納庫の扉を肘で押さえて中を覗くと、ダナは機体の後部にいた。梯子を持ち出して、修理しなければいけない箇所に目線を合わせている。

「ダナ、お昼ご飯」

声をかけると、勢いよく梯子から飛び降りた。

「さすがにお腹すいた」

けらけらと笑って、工具を床の上に置く。

「厨房にいたんですって?大変だったでしょ」

ちっとも同情していない口調でそう言うと、ディオの運んできたトレイからスープの皿を取り上げた。

「鍋に放り込んで煮るだけだったから何とかなったよ」

笑い混じりに返すと、ディオはダナを外に誘った。


「天気がよくて、気持ちいいよ」

素直に外に出るダナのために、格納庫のドアを押さえてやる。

「どんな感じ?」

格納庫の壁を背に、並んで座るとディオはたずねた。

「なんとかなりそう。でも、ティレントまでこのまま連れていってくれるって。あたしの出番は終わりかな」

肩の荷をおろしたというような、ほっとした笑顔。

「ビクトールたちは大丈夫かな」

「大丈夫……だと思う。だって、ちゃんと王都で会おうって言ったんだから。ビクトール様は嘘つかないもん」

皿を空にして、ダナは立ち上がった。


「サラ様のところに行って、連絡ついたか聞いてみる」

あわててディオもダナにならう。トレイに皿を重ねて、片手に持つ。中身が入っていない分持ってきた時よりは楽だった。

船内に入る時、ちらりと空を見上げた。

やはり、青くどこまでも高い。

ずっとここで生活するのは、どんな気分なのだろう。


「サラ様……」

呼びかけながら、ダナは操舵室のドアを開けた。返事も待たず、そのまま室内に滑り込む。続こうとしたディオは、ダナの背中に思いきりぶつかった。トレイの中身をひっくり返しそうになり、そちらに気を取られてしまう。

だから気がつかなかった。


扉をあけて、正面にあるのは大きな航路図。その前に立って、こちらを向いたサラは困ったような笑いを浮かべた。

「あらあら、ノックしなさいって教わらなかったの?ビクトールの教育もなってないわね」

室内には、ほかに数名しかいない。

自動航行になっているのだろう。皆、驚いた様子もなくサラの後ろにひかえ、それぞれの作業に没頭している。しんと室内は静まり返っている。

計器類のたてるごくわずかな音だけが、室内を支配していた。


「まったく……おとなしくしていれば無事にビクトールのところへ返してあげようと思ったのに」

ため息混じりにサラは、腰の銃を抜いた。長い三つ編みを、肩から背中へと払いのけて姿勢をただす。

「違うわね……本当にそう思っていたらここに鍵かけておくもの」

まっすぐに、ダナの胸に向けられる銃口。そこに迷いなど一切なかった。持ち主が望みさえすれば、いつでも銃弾は飛び出して目標を撃ち抜くだろう。思わずダナが一歩下がる。

そんな彼女の様子には頓着することなく、サラは続けた。


形のいい口元に自嘲気味な笑みがひらめく。

「違うわね。やっぱりあなたを始末する理由が欲しかったみたい。秘密を知られた以上、生かしておくわけにはいかないもの、ね」

「……どういう……こと?」

ようやく声を絞り出したディオに、サラは哀れむような視線を向けた。


「ああ、ディオ君は航路図読めないのね?今、この船はティレントになんて向かっていないの。ダナは部屋に入ってきた瞬間に気がついたみたいだけど」

高らかに、サラは宣告する。

「この船が向かっているのは、センティアとアリビデイルの国境よ」

「サラ様……なぜ、こんなことを?」

力のない声で、ダナはたずねた。


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