8.救援(2)
眠らなくてもいい。体力を温存するだけ。
そう思っていたはずなのに、浅いながらもなんとか睡眠時間は確保できたらしい。
意外と自分はずぶとかったのかと苦笑しながらディオは起きあがった。
東の空が白みかけている。
堅いところで寝ていたためかさすがに体のあちこちが痛い。一歩踏み出したところで、関節がきしむのがわかった。地面で寝るという経験は、予想していたより体に負担をかけていたらしい。そうはいっても、気分はさほど悪くなかった。爽快、とまではいかなかったけれど。
「起きたの?」
戦闘機の座席からダナが言った。飛行帽とゴーグルは、翼の上に放り出されている。
「……おはよう」
ディオの挨拶に口の両端を軽く持ち上げてこたえると、ダナは後部座席の方に身を乗り出した。
「はい、これ受け止めて!」
放り投げられたのは、昨夜足で必死に押さえ続けたバスケット。どうやら中身も無事のようだ。続いてダナが、身軽な動作で飛び降りる。
「今、仲間から連絡があったの。救援に来てくれるって言うから、そっちに合流するわ。一応飛べるであろうところまではこぎつけたけど、それほど速度は出せないだろうし」
「飛べるところまで直せた?」
「うん。ほら、あたしの機体フォースダイト搭載してるでしょ。フォースダイトの制御装置の方は無事だったから、エネルギーの流れをちょっと変えてやったの。だから飛べることは飛べるんだけど……」
こぼれるため息。
「やっぱりだめね。スピードは出せないから、今度敵に見つかったら間違いなく撃墜されちゃう」
ディオは話を変えた。肩を落としたダナの姿は、これ以上見たくなくて。
「このバスケットなんだけど……」
「その中にコーヒー入っているはずなの。それだけ飲んだら、出発する」
ディオにバスケットを持たせたまま、ダナはふたを開けた。中には紙にくるまれたサンドイッチとポット、カップが二つ入っている。
「お腹すいてる?」
問われてディオは首をふった。昨夜からの経験があまりにも今までの日常と違いすぎて、神経回路が麻痺しきっているようだ。
「お腹すいたら、後ろで食べてても気にしないわよ?」
「……遠慮しとく」
コーヒーを注いでから、ポットをダナはバスケットに戻した。自分の分しか注いでいない。
ディオはバスケットを足下において、自分にもコーヒーを注いだ。
材質はわからないが、カップは金属でできているようだ。ポットに注がれたときから時間が経過していることもあり、火傷をしそうな熱さというわけではなかった。
体が温まる。
昨夜からの緊張がほぐれるような気がした。
「救援ってビクトール?」
コーヒーをちびちび飲みながらたずねる。ダナの表情が曇った。
「クーフとは連絡ついていないの。途中で妨害されているみたい。救援に来てくれるのは、サラ副団長の部隊よ。彼女、今、クーフとは別の島にいるの」
その島から軍用艦をこちらに送ってくれるらしい。
「軍用艦の中で機体を修理させてもらって、それから出発しましょう」
ダナは、飲み終えたカップを握りしめる。
「王都で会うって約束したんだもん。絶対、たどりつかないとね」
ディオに向けられた笑顔は作りものめいて痛々しかった。
もう一度バスケットをと二人を積み込んで、何とかダナの機体は飛び立った。かろうじて、と本人が言っていただけあってそれこそ何とか宙に浮いている、という感じだった。
この近辺に敵機はいないとサラの偵察部隊から連絡があったとはいえ、今攻撃されたらと思うと冷や汗をかいてしまう。
下降することこそなかったものの、機体が左右に揺られて不安定だ。無駄だとわかっていても、ディオはベルトを握りしめずにはいられなかった。
数十分、そんな不安定な飛行を続けたところで二人はアーティカの軍用艦、サラが指揮するリディアスベイルに合流することができた。
「久しぶりね……見違えてしまったわ」
自ら出迎えたサラは、二十代後半の女性だった。豊かな栗色の髪を、太い三つ編みにして肩から胸の前へと垂らしている。
なかなか整った顔立ちで、きちんとした格好をすれば周りの男たちが放っておかないだろうとディオには思えたのだが、今は二人が着ているのと同じ茶の飛行服を身につけている。
「お久しぶりです……こんなことになってしまって」
苦笑混じりに、ダナは頭を下げた。あわててディオもそれにならう。
「こっちもね、手薄なのよ。トーラスにいた戦闘機、皆クーフへの援護に出してしまったから」「リディアスベイルを出してしまったら、トーラスが手薄になりませんか?」
「それはそれ。これはこれ、よ」
サラは肩をすくめた。
「ビクトールには私の判断で動けって言われてるし、あちらの狙いはその坊やでしょう?トーラスが攻撃される可能性は低いと思うの。今のところ、こちらに向かっている船も飛行機もないという話だし、問題はないはず」
それからサラは、ディオの抱えていたバスケットに目をやった。
「ひょっとして、ルッツがお弁当持たせてくれた?」
笑い混じりにたずねられて、ディオは首を縦にふる。
「お腹……すいてる?」
今度の問いには、首を横にふるのが返事だった。ぱっとサラの顔が明るくなる。
「ちょうだい!」
手を出されてディオは当惑した。
視線でダナに助けをもとめるが、無言でバスケットをひったくられた。
「うれしい!こっちの船にはろくなコックがいないのよね!同じサンドイッチでもぜんぜん味が違うんだから。朝ご飯まだでよかったわ!」
ダナから受け取ったバスケットをにこにこしながら抱え込むと、サラは二人にむかって言った。
「悪いんだけど、船の中はあまりうろうろしないでもらえるかしら?こっちの船、これから大がかりな作戦があってその準備もしているところなのよ。もし敵につかまっても、知らなければ知らないって言えるでしょう?」
「捕まらないことを祈っているけど……。捕まってしまったとしたら、ディオはともかくあたしは確実に地獄行きね」
薄く笑って、ダナは身を翻した。
「機体の修理、手伝ってくる」
サラとディオに軽く手をあげて、格納庫へと向かう。残されたディオは、どうしたものかとサラとダナの後ろ姿に交互に目をやった。これから、どうしたらいいのだろう。船の中はうろうろするなと言われているし、ダナに続いたところで邪魔物扱いされるのがオチだ。
立ったままバスケットをあけて、中をのぞき込んでいたサラが口を開いた。
「することないなら、ジャガイモの皮むきでもする?」




