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空をなくしたその先に  作者: 雨宮れん
空をなくしたその先に
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76.空をなくしたその先に(2)

「それで何をしたの?」

テーブルに温かなお茶とビスケットが並べられ、好奇心を両の瞳にきらめかせてミーナは話を切り出す。

「後ろに乗せて飛んだだけよ。あたしと結婚したかったら、そのくらいしてもらわなきゃ」

お茶を注いだミーナは、小さな笑いをもらした。

「どうせまた吐くまでめちゃくちゃな飛び方したのでしょ」

「普通に飛んだだけ……あたしにとってはね。結婚なんてしなくたっていいのにね」

ビクトールは、娘は嫁に出すものだという固定観念が抜けないらしく、数年前から何度も見合いの話を持ち込んできている。

相手の方も新興貴族とはいえ、国王の信頼厚いアーティカの長の娘ならば、とかなり乗り気で見合いにのぞんでくるのだが、当のダナが乗り気ではない。

乗り気ではないどころか、遊覧飛行名目で見合い相手を乗せ、戦闘時と同じような飛び方をしてみせる。

泣いてもわめいてもやめない。結果、全ての相手から丁重にお断りをされて現在に至っているのである。


「心配なのでしょ。順番からいけばビクトール様の方が先に逝くのだから。まあ……あなたが撃墜されれば別だけど、当分大きな戦は起こりそうもないでしょ。それに人生一人より二人の方が、楽しいことも多いものね。私もそうよ。亭主があんななのでも」

あんなの呼ばわりされたミーナの夫は、別の軍用艦で任務に出ているため今日は留守にしている。

「そんなものかしら」

ダナはカップに視線を落とした。揺れるお茶にうつる自身の顔が見返してくる。

結婚してもかまわないのだ。制度そのものを拒否しているわけではない。

信頼できる相手でさえありさえすれば。

見合いの席につくたびに、相手の目の中に打算的な色が見え隠れしているのがわかってしまう。

そのたびに空へと連れ出してきた。

せめて一緒に飛べる相手であれば、信頼できるかもしれないと願いをこめて。

その願いが叶えられたことは一度もない。


ダナのカップが空になる。

お礼を言って、立ち上がりかけた時だった。

「お前またやっただろ!」

ダナを見つけて、窓越しにビクトールが叫んだ。

「何もしてないってば!」

人の家の窓をはさんで、父娘喧嘩になりかける二人の間にミーナが割って入った。

「ビクトール様、そろそろ諦めたら?もうこの娘結婚しているんだもの。相手連れてきて責任取らせた方が早いわよ」

「結婚なんてした覚えないわよ!」

「駆け落ちしたくせに」

にやにやしながらミーナは一枚の紙を取り出し、二人の前に広げて見せた。


「何でそれ持っているのよ!」

旅券目的で偽装結婚したあの時の証明書。書かれているのは偽名で、もちろん拘束力などないのだが。

「いつか使えるかなと思って」

悪びれず、ミーナはそれを折り畳んで大切にしまい込む。

ルイーナから持ってきたのなら、もっと早く出せばいいのに。

「ディオは関係ないでしょう!」

悲鳴にも似たダナの声が響きわたった。


その声は、ビクトールの家へと向かっていたディオの耳にも届いた。

自分の名が叫ばれているのに気がついて、そちらへと足を運ぶ。

小さな家の前に立っている後ろ姿はビクトールのものだ。

そしてその向こう。窓越しにビクトールと向き合っている赤い髪の女性。

ディオは足を速めた。

一番最初に気がついたのはミーナだった。


「あら、ちょうどよかった」

ディオに向かって笑顔で手をふる。

なぜミーナがここにいるのかと、ディオは混乱した。ビクトールにはあれから数回会っているが、そのことについては何も言っていなかった。

ちょっとした騒ぎの中、一人冷静なのはミーナだけだった。

「お茶でもいかが」

とビクトールを家の中に引っ張り込み、

「つもる話もあるでしょう」

とダナを家の外に押し出す。

さっさとカーテンがひかれ、中から外の様子はうかがえなくなった。


「……何しにきたの?」

先に口を開いたのはダナだった。

センティアへ行ってしまってから六年。

手紙の一通も届かなかった。彼女も書かなかった。

忘れたわけではないけれど、彼の贖罪にダナは不要な存在だ。だから会わない方がいいと、そう思っていた。

ディオは柔らかく微笑んだ。

「……三日遅れの新聞を配達に」

「今は陸にいるんだから、当日中に届くわよ」

そうは言うものの、ディオの開いた新聞を受け取って記事に目をやる。

そのとたん涙があふれた。


それは他の国の記事だった。かつては敵対していた国に暮らす人々の暮らしを伝える特集の中、巨大な農園をきりもりしている夫妻の記事。

彼らの運営する孤児院の子どもたちは、自然に農作業を手伝うのだと記されていた。

大人になって独立したとしても、受けた愛情を忘れることなく、おりにふれては戻ってくるのだという。

写真そのものは本当に小さなものだった。

表情なんてわからない。けれど、ダナには写真におさまっている全員が微笑んでいるのがわかった。

ディオの手が肩に回される。

あいかわらずぎこちない手つきだということに、こんな状況下でも気がついてしまった。


「ダナ」

名前を呼ぶ声も。

涙を拭ってくれる手がぎくしゃくとしているのも。

全て懐かしかった。

「こっちも見て」

ディオは自分の載っている記事を示した。

「すごいことしているのね」

素直な賞賛の言葉が、ディオの胸をうつ。

「まだまだ、だけどね」

迷った末に、ディオは一番言いたかったことをついに口に出した。

「……会いたかった」

「今さら?」

ダナの言葉に、家の中で聞き耳をたてていたビクトールの眉が跳ね上がった。


ミーナの制止もふりきって、カーテンをあけて叫ぶ。

「おまえだってセンティアに来てから一度も会いにいかなかったろうが!」

「それは……だって、邪魔しちゃ悪いと思ったから」

「邪魔もへったくれもあるか!相手がいるならさっさと嫁に行け!」

「ディオとは何もないんだってば!」

「はいはい、ビクトール様そこまで。親が見てたら素直になんてなれるはずないでしょ?」

ビクトールをカーテンのかげにひきずりこみながら、ミーナは二人に笑顔を向けた。

「ディオ君、責任はちゃんと取ってね」

窓から放り出される、折り畳まれた紙。


それを器用に空中で受け止めて、ディオは開く。

「懐かしいな、これ」

広げた紙に書かれた、今より少し幼い文字。

あの頃使った偽名とともに。

「イヤになっちゃうわね、こんなもので責任取らせようだなんて」

慌てたようにダナは手をふる。

「ほんとにね、責任とか考えなくていいから」

「責任、ね……取るかどうかはゆっくり考えることにするよ」

むかっとした顔のダナを引き寄せてキスをする。

顔を見合わせて、二人そろって笑いだしてしまう。

久しぶりの再会も深刻にはなれないようだ。


一度はなくしたと思った空。

その向こうにあるのはきっと平坦な道ではないけれど。

きっと二人なら乗り越えていけるはず。

ダナに向かって手を差し出す。

つないだ手は温かかった。あの頃と同じように。



終わりました。

ご愛読ありがとうございました。

別サイトの作家仲間様と「冒険物書こうぜ!」という企画から始まったこの作品、書いていて非常に楽しかったです。

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どうぞよろしくお願いします。

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