71.野望の果て(1)
「そうか……そういうことか」
噛みしめた言葉は苦かった。
先代の国王は、自分の中に愚かだった弟の姿を追い求めていたのだろうか。
自分の歩む道は、栄光への道だと信じていた。
奪われたものを取り返す正義の歩みだと。
「ダナを離せ。彼女は無関係だ」
なおも銃を向けたまま、ディオが言う。
「そうだな……無関係だ」
一瞬、手をゆるめかけたフレディだったが、気を取り直したように再度ダナを引き寄せた。
「帰すのはやめておこう。俺が欲しかったものは、お前のもので最初から俺のものじゃなかったんだもんな。……でも、彼女は違うだろ、俺がもらっておく」
「あたしの意志は?」
「うん、そっちはおいおいだな」
こんな状況だというのに、フレディの声音はいつもの彼のものに戻っていた。
作った陽気さにダナの胸に重いものがのしかかる。
「おいおいだなんて、そんなのあるわけないでしょ!」
薬のせいで身体の方は重いが、口はいつものように回るようだ。
この状況を打ち砕きたくて、ダナ自身もいつもの口調を取り戻そうとしていた。
「それはともかく、君は大事な人質だからな。今すぐ解放するわけにはいかないのさ。特に下にいる奴らと離れるまでは」
にやりと笑って、フレディは銃をダナの頭につきつけた。階段の下には、ビクトールに率いられたアーティカの傭兵たちが到着していた。
下からは安置所の中をうかがうことはできない。一方上からは、彼らの様子がよくわかった。
「さて、ディオ。そのままゆっくり銃を置いて、外に出てもらおうか」
「フレディの言うことなんで聞かないで!」
ダナとフレディ双方を見比べて、ディオは緩慢な動作で銃を下に置いた。
両手をあげてもう武器を持っていないことをしめすと、フレディから目を離さないまま、後ろ向きに安置所の外へと出る。
「そうしたら、そのまま下まで降りるんだ」
ディオは目を細めた。
血の気のひいた彼女の顔は、緊張の色を隠せないでいる。ディオは、そのまま向きを変えて一歩一歩階段を降りていった。ダナは自分の頭に向けられている銃を見上げていた。
もしこれがディオの方を向いたのなら、身体を投げ出してでも止める。悲壮な決意を固めて。
何事もなくディオは階段の下までたどりついた。
ビクトールが彼をかばうように前に立つ。
何も言わないで出てきたというのに、どうして彼がここにいるのだろう。
「あなたに尾行をつけておいて正解でしたよ、殿下」
安置所をにらみつけ、ディオには視線も向けないままビクトールは言った。
「この間といい、今日といい、まったく無茶をなさる」
「無茶なんかじゃ……」
ディオの頭の中を支配しているのは、どうすれば自分の罪をあがなえるのかということだけだった。
人の手には大きすぎる力を手に入れてしまったことへの贖罪を。
「今あなたがいなくなれば、国が乱れることにつながりかねません。宰相閣下がどれほど有能だとしても、彼は王位を継ぐものではないのですぞ」
「……」
ダナの頭に銃をつきつけたまま、フレディが現れる。首に巻きつけていた手が、そのままコートの内側へとすいこまれていく。
その手が出てきたかと思うと、何かが宙を舞って、下で待ち受けていた一団の中央へと落ちた。
雪に埋もれたかと思われた次の瞬間。
「離れろ!」
ビクトールの指示と、落ちてきた物体が爆発するのは同時だった。
「ディオ!」
ダナの悲鳴をよそに、フレディは彼女を肩の上にかつぎあげた。首に巻いていたマフラーを、口元まで引き上げて。
爆発したといっても規模はそれほど大きなものではなかった。爆発そのものでは死者も負傷者も出ていない。
爆発と同時に放出されのはガスだった。放出したガスが目や喉を刺激し、皆目をおおい、激しい咳に襲われている。
「しっかり息を止めておけよ」
ダナにそう忠告しておいて、フレディは二段とばして階段を駆け降りた。上から逃走経路は確認してある。
ガスの影響が極力少なく、兵士の間をくぐり抜けやすい場所を適切に選んで、通り抜ける。
ちらりとビクトールと目が合ったような気がしたが、気のせいだろう。
忠告に従わなかったダナが、肩の上でせき込んだ。
「息を止めておけといったのに」
あきれたようにつぶやいて、フレディは丘の下にある小屋を目指した。公園の管理人が整備に使う道具などをしまっておくための小屋だ。
掃除道具などが、乱雑に置かれている。隅に大きな木箱があった。
箱に張られた紙に書かれていることから判断すると、中に入っているのは、花の手入れに使われる肥料だった。
ダナを床の上に座らせておいて、フレディはその箱を動かした。
ぎしぎしいいながら、箱は床の上を滑る。
その下から現れたのは、地下へと続く通路の入り口だった。
この小屋を使うのは管理人だけで、この箱を動かすことなどしないであろうと、イレーヌに指示して掘らせた通路だ。
公園に入るときも、ここから入ってきた。入り口の警備兵に見つからなかったのもこのためだ。
「来るんだ」
「もういいでしょ。ここから先はフレディ一人で逃げればいい」
あの様子だと、しばらくディオたちは動けないだろう。ここから先は、フレディ一人で逃げる方が身軽なはずだ。
「だめだね。君も連れていくって決めたんだから」
「あたしの意志は?」
「この場合、問題にならない。立たないならかついで連れていくまでだ」
彼女は華奢とはいえない体格なのだが、フレディなら問題なくかつぎ上げて連れていくだろう。
彼女を肩の上に抱えあげてこの小屋にたどりつく間も、よろめくことなど一度もなかった。
身体が正常に動くのなら、蹴り倒してやるものを。その念だけをこめて、睨みつける。
フレディは平然とダナの肘をとって引き上げた。
「行こうか」
仕方なくダナもフレディに続いて階段を降りる。
一歩小屋に入れば、通路が丸見えだが問題ないと判断したのか、来たときには元の位置に戻した箱は、そのままだった。
ビクトールたちが小屋の通路を発見する頃には、船で待つイレーヌとともに出港しているはずだ。
間に合わせで掘った通路は、海が近いからか、土がむき出しの床も天井もじめじめとしている。
壁に並んだろうそくの明かりが不気味な雰囲気をかもしだしている。
水滴が首筋に落ち、ぞくりとしてダナは首をすくめた。
階段を登って通路から出た先は、カイトファーデン家の所有する土地だった。
船着き場へ行くためには、崖に作られた階段を降りていかなければならない。
誤って転落しないよう、岸の端には手すりが作りつけられている。