70.真実の答え(2)
「さて、と。感動の再会はそこまでにして。持ってきてるんだろ、あれ」
ディオはフレディから視線を外さないまま、首に手をやった。
首から外した袋から折り畳んだ紙を取り出す。ゆっくりとそれを広げて見せた。
ろうそくとランプのぼんやりした明かりしかない安置所の中で、それでもそれがもとめていたものだと知り、フレディは声をあげた。
「それをよこせ!」
左手にダナを抱えたまま、彼は右手を伸ばした。一歩下がって、ディオは設計書を持った手を上に上げる。
「これを手に入れたら、君はどこかの国と手を結んで王位を奪いに来るんだろう?」
「わかっているじゃないか」
鼻で笑うフレディに、ディオは哀れむような視線を向けた。
「君に王たる資格はないよ……ごめん、ダナ」
ディオの手が、ろうそくの火の上へと設計書を移動させた。炎は紙の下端を舐めたとたん、みるみる燃え上がった。
火傷する一歩手前まで燃えたところでディオは手を離す。
「何するんだ!彼女がどうなってもいいのか?」
フレディがとびつくまでもなく、床の上に落ちたそれは灰へと姿を変えていた。
「ディオはごめん、て言ったわよ。そしてそれで正解。使えない駒は捨てるべきだわ」
妙に落ち着き払ったダナの声が、安置所の中に響きわたった。この声をディオは知っている。
マーシャルに上陸したあの日、彼を逃がすために彼女一人で敵に立ち向かおうとした時の声。死を覚悟した時の。
ディオは腰の後ろに手をやった。彼女一人逝かせるなんてことはさせない、絶対に。
そこに押し込んできた銃を取り出し、構える。
「フレディ、君の野望のために何人が死んだ?王位が欲しければ、最初から僕一人を殺せばよかったんだ。君にならその機会がいくらでもあっただろうに」
フレディは顔を上げた。そしてディオの手に銃があるのを見て、ふてぶてしい笑みをうかべる。
「彼女にあてないで俺だけを撃てるか?お前の腕で」
「あたしにかまわないで撃って!」
ダナを盾にするフレディに、銃をかまえたディオの手がゆらぐ。
「権利を奪われたのは俺の方だろ?俺の方が先に生まれたというのにな!」
コートのポケットから、フレディも銃を取り出した。二人は互いに銃を向け、安置所の中でにらみ合う。
「ディオ!早くして!」
どちらもダナの声など耳に入っていないようだった。
「違うよ、フレディ。最初から君に権利なんてなかったんだ。君は僕の兄じゃない」
銃にかけた指がふるえる。その指をなだめながら、ディオは続けた。
「苦し紛れの言い訳か?俺の母親は、お前の父親の寵愛を受けていたんだぞ?先に生まれたのは俺だ」
あざ笑うフレディの耳を打ったのは、ディオの告げた名前だった。
「君の父親はフィディアス・シルヴァースト。僕の父の末の弟。反乱を企てたために、王位継承権を剥奪された人間だ」
「嘘つけ!そんな証拠がどこにある!」
だん、と足をふみならしてフレディがわめく。
信じていたものがゆらいでいく。
「直接的な証明にはならないだろうけど……フレディ。父は君が生まれる一年以上前から、女性には手をふれていない……どころか部屋には使用人さえ入れなかったはずだよ」
「そんなでたらめを……」
「でたらめなんかじゃない。君が生まれる一年前から、父はルイーナで療養生活を送っていたんだ。結核で」
宣告された病名に、思わずフレディは息を飲んだ。
十分な療養を行えば完治しない病ではないが、他人に感染させないよう、発病した場合には隔離されるのが通例だ。
亡き王の性格を考えれば、必要以上に他人を近づけなかったことはフレディにも予想できた。凡庸と見せていて、けれど常に周囲には気を配っていた人だったから。
「なんだって……」
「記録によれば、確かにサイリーン・シルヴァもその頃ルイーナにいたことになっているけど、彼女の滞在先はシルヴァ家の別荘。父がいた別荘とは別の建物だ。フェイモス叔父上は国元で政務に忙殺されていて、ルイーナまで行っている時間的余裕はなかったはずだから、君の父親候補ではない」
最後にディオは、残忍な宣告をつきつけた。
「それに引きかえフィディアスは、しょっちゅうルイーナを訪れていた。父の別荘には滞在できなかったから、彼が滞在していたのはシルヴァ家の別荘だ。実際にサイリーンと通じていたんだよ。そして反乱を起こそうとしたんだ。父はもう長くないと信じていた、一部貴族の口車に乗せられてね。彼女が死刑にならなかったのは、子どもを身ごもっていたからで、その子のために終身刑に減刑されたんだけど……」
彼女が出産と同時に亡くなったことまでは、ディオは口にしなかった。
残された子どもをどうするか。当時たいそう揉めたらしい。最初ディオゲネスは、寵妃の生んだ実子として引き取ることも考えた。
当時彼の正妃はもう死亡していたが、子どもの世話なら乳母を雇えばすむ話だ。しかしそれでは、将来反乱者の息子が王位を継ぐことになってしまう。それにはフェイモスが反対の意をとなえた。
王家とはまったく関係のないところ、たとえば他国へ養子に出すか。
誰にも存在を知られていないのならば、いっそ命を奪ってしまうか。
兄弟が揉めているところへ、救いの手をさしのべたのが、末の妹フレデリーカだった。
すでにカイトファーデン家に嫁いでいた彼女には実子はなく、女系には王位継承権はないことから好都合な提案といえた。
子どもはフレデリーカに名前を与えられ、カイトファーデン家の長子、唯一の息子となった。
あの夜、フェイモスに見せられた書類に記されていたのはこのことだった。ディオはそれを胸に押し込めていた。誰にも秘密を漏らすなと叔父から厳重に念を押されていたからだ。
自分の信じていた事実と違う現実に、フレディは言葉を失う。フィディアスの名を知らないわけではなかった。
どういうわけか彼の名は、宮中では忌むべきものとされていて、口にすることさえはばかられていたが。
反乱を起こそうとした末のことなら、納得もできる。
王位を剥奪された罪人の子。
だからか、と彼は口の中でつぶやいた。どこか哀れなものを見るような視線で、王が自分を見ていたのは。
正式に親子と名乗れないゆえだと思っていた。身分が低い女から生まれたために、王族としての扱いを受けることができない我が子への、せめてもの心情がそこに現れているのだと信じていた。
渇望していた。
ディオの持つ全てを。
父と信じていた男のそばでの生活を。
堂々と王位継承者としてふるまうことを。
どれだけ放蕩生活を送ってみても、埋め合わせることのできなかった空虚。
その空虚さえもが実在しなかったのだと思い知らされて、フレディの中で何かが崩れ落ちた。