7.救援(1)
二人を乗せたダナの機体は、急速にクーフから離れていった。フォルーシャ号が砲撃を開始する。船から打ち出される火の玉が、暗い空に軌跡を描く。呼応するように打ち返される敵の砲弾。双方の戦闘機が、翼をもがれて海へと落ちていく。
二人はその全てを背に、暗闇へと逃げ出していた。天を埋め尽くすほどの星たちも、何の慰めにもならない。二人の下にあるのは、真っ黒な海。撃墜されたら、二人を飲み込んだまま二度と吐き出すことはないだろう。
「これからどうする?」
「そうね。この機では直接王都には行けないから、どうするか決めなきゃ」
背後の戦闘から心をそらせてたずねると、ダナは前を向いたまま答えた。
「ティレントまでは行けない?」
「……無理ね。燃料がもたないもの……でも、決めるのはこの状態を切り抜けてからね!」
ビクトールの防御線を突破して、背後から三機追ってきている。ダナは機体を急降下させた。重力に逆らうことなど知らないかのように、機体が落ちていく。
「う……」
悲鳴をあげかけた口を、ディオは片手で押さえた。もう片方の手でベルトを握りしめる。今度は、アーティカの援軍は期待できない。この状況下で頼りにできるのは、ダナの腕だけだ。彼女の集中力をそいではいけない。その思いで、必死に悲鳴を喉の奥に閉じこめた。
足下に置いたバスケットを、かかとでしっかりと座席の下に押し込む。こんなものを持たせたルッツを恨む。座席の下からこれが飛び出すなんて事になったら惨劇だ。今度顔を合わせたら、思い切り文句を言ってやろう。……その機会があれば、だが。
海面すれすれまで降下したダナの機体が、向きを変える。星を背につっこんでくる三機の戦闘機。その三機に正面から立ちむかうかのように、ダナは機体を動かした。三機の間を、すりぬけるように今度は空へと賭けのぼる。すれ違いざまに、一機が爆発した。
「とりあえず逃げる!」
ダナの機体は、宙を自在に賭け巡った。相手の機体を翻弄するように、夜空に何重もの円を描く。
「しっつこいなあ、もうっ!」
舌打ちするダナの機体を追い続ける、二機の敵機。
「来るっ」
敵から弾が撃ち込まれた。機体を左に傾けて、ダナはそれをよける。と、今度は左から撃ち込まれた。機体を上昇させる。右、左、さらに左。どれだけあがいても、ふりきれそうにない。
「げ……撃墜しちゃえ……ば?」
ベルトをにぎりしめたままの、ディオの指の関節は白くなっていた。
「そうしたいんだけど……ね!」
言葉と同時に、ダナが撃った。見事にかわす、敵の機体。
「あっちのパイロットの腕もなかなかなのよねっ!」
ダナの言うとおりだった。どれほど敵を引き離そうとしても、ぴたりとついて離れない。急上昇や急降下を繰り返しても、気分が悪くなるのはディオだけで、ダナも敵機のパイロットたちもいっこうに堪えている様子はなかった。
「下手すりゃこっちが落とされる……」
ダナがつぶやいた時だった。
「しまった!」
機体後方へ打ち込まれた衝撃。
「だめ!もうちょっとがんばりなさい!」
ダナの叱責もむなしく、機体は海めがけて落ちていく。
「うわあああああ!」
今度はディオも容赦なくわめいた。海面がせまってくる。このままつっこんだら、後は沈んでいくしかない。
「ま……負けないっ!」
ダナは、何とか機体を水平に立て直す。目の前に砂浜が見える。ダナの機体は、そのまま砂浜に滑り込んだ。砂をまき散らしながら砂浜をのりこえて、前方の木が群生しているところにつっこんでいく。
ベルトを外すのと同時にダナは、ウィンドウを開けて立ち上がった。足で機をコントロールしながら、手を腰に着けた小さな鞄にやる。タイミングをはかりながら、取り出したものをダナは森の向こう側へと放り投げた。それこそ機体が爆発したのではないかというような音を立て、炎、ついで白い煙が立ち上る。もう一個同じところを目がけて投げた。
繰り返される炎と煙の誕生。
その横に、機は静かに停止した。
「今の何?」
たずねたディオの唇に手をあてて、ダナは静かにするよう無言の圧力をかけた。上空から、戦闘機の旋回する音が響いてくる。やがて音が遠くなっていくと、ダナはディオの唇にあてていた手を離して、息をついた。
「ごまかされてくれたみたいね……。あれ、ルッツが作ってくれたのだけど、まさかこんなに早く使うことになるなんてね。朝にはあんたの持ってる機密書類だっけ?それを取りに来るだろうし、それまでに何とかしないと」
「燃えちゃったって思ってくれないかな……?」
「どっちにしたって、フォースダイト回収に来るわよ。動きでフォースダイト積んでるってばれているだろうし」
確かにフォースダイトは貴重品だ。ディオの持つ研究成果を持って帰れなかったとしても、価値のある戦利品として通じるだろう。秋の気配をまとった空気がディオの肌を指した。思わず身震いすると、ダナはあきれたように首をふった。
「これくらいでそんなに寒いわけ?ほら、毛布!」
どこから取り出したのか、薄い毛布がディオの顔にたたきつけられた。それを体に巻きつけてみても、保温効果の恩恵にはあずかれなかった。吹きつける潮を含んだ風の方がよほど強い。
「本当に……ぼんぼんってやーね!」
もう一枚、同じような毛布が投げつけられる。
そんなことを言われても困る。防寒に優れている飛行服を着ているとはいえ、寒いものは寒いのだ。ディオに二枚の毛布を渡しておいて、ダナは戦闘機から地面の上に滑り降りていた。
「二枚とも僕に渡しちゃって、ダナ、君の分は?」
「あたし寒くないし。朝までに機体何とかしなきゃ。あんたは寝てなさい」
損傷を受けた機体後部にダナは回った。身を乗り出して、ダナの様子をうかがうと小さなライトで機体後部を照らし出している。上を覆っているのは、空からこのわずかな光が発見されないようにと言う用心なのだろう。
「寝てなさいって言われても……」
一人に労働させておいて、自分は寝ているというのは何か違う気がする。機体後部から、声だけが返ってくる。
「じゃ、起きてたらどうにかできるの?」
「できない……と思う……」
それを認めてしまうのは、くやしいことだけれども。大学でフォースダイトについて研究していたと言っても、彼の研究では戦闘機を飛ばすことなどできない。その逆は可能ではあるだろうが。
「なら、寝てなさい。あたしは、二日間くらいは寝なくてもどうってことないけど、あんたはそういうわけにもいかないでしょう?」
三日くらいなら徹夜の経験がないわけではない。ただし、研究室の中で、だ。肉体的活動は専門外。体力を温存しておいた方がいいのは間違いがない。
「もうしわけないけど、そうさせてもらうよ」
返事はなかった。ディオはそろそろと、戦闘機の後部座席から脱出した。二枚の毛布を抱えて、少し離れた場所に横になる。地面の上が寝心地がいいとはいえないが、窮屈な戦闘機の座席よりは、体を伸ばすことができる分楽だ。
波の規則正しい音が耳に忍び込む。時おりまざる、工具がたてる金属的な音。
上を見上げれば、木の間から星が見える。つい先ほどまで、あそこにいたのだと思うと不思議な気分だ。ディオは目を閉じた。