68.明かされた秘密(2)
「どうして?どうしてそんなことを?」
拘束から逃れようとする気力さえ一瞬にして奪われた。
危ない橋をわたって、自分の生命を投げ出してまで、二人を王都まで連れ帰ってくれたというのに。今度は攻め込むというのか?
「俺さ、本当はディオの従兄じゃないんだ」
いきなり話の方向を変えられて、ダナの混乱に拍車がかかる。
「本当は兄なんだよ。母親違いの……ね。俺の母親は前国王の寵妃だった女性なんだが、身分が低かったのさ。ゆえに俺は王位を継ぐ権利を奪われて、カイトファーデン家に押しつけられたというわけだ。生まれた順番から言えば、俺の方が先なのにな」
どこかで聞いたような話だ。似たような話はいくらでもある。けれど、すぐ身近で聞いた話。もつれた糸はすぐに解けた。
「あなたのお母さんって、イレーヌさんのお姉さん?」
「勘がいいな。そう、彼女は俺の愛人じゃなくて叔母なんだ。彼女の美貌なら、俺の年上の愛人と言っても不自然じゃないしな。武器商人ってのも、王位を奪うには何かと好都合だろ」
何ということなのだろう。最初に胡散臭い相手だと思ったのは間違いではなかったのだ。帰りつくまでの道のりで、彼に対して築いた信頼ががらがらと音をたてて崩れていく。
けれどその話が事実なら、ディオをわざわざ王都まで連れ帰る必要もなかったはずだ。
道中いくらでも殺す機会はあった。完全に彼らの手の中にあったのだから。
「残念ながら俺は、あの研究を完成させるだけの能力は持ち合わせていないよ。だからディオが完成させるのを待っていたんだ。俺の協力者も力を失っているしな。二年前ならともかく」
「二年前……」
「そう。あの時は正面から王位を奪うつもりだったのさ。空賊退治に出た部隊を一つ一つ消していけば、王家の守りは薄くなる。いつどこに部隊が出るか、俺ならいくらでも情報を仕入れられるしな。もっともどっかの馬鹿が、艦ごと島にぶちあたるなんて暴挙を犯してくれたおかげで、最初の一戦で終わってしまったわけだが」
ダナは怒りの声をあげた。ヘクターを、すべてを失ったあの戦。原因は目の前の男だというのか。
拘束された手をふりほどこうと暴れるダナに、フレディは静かに語りかけた。
「ヘクターのことは、本当にすまなかったと思っている。言い訳がましいけど、あの日出るのはアーティカじゃなかったはずなんだ。俺だってあいつには死んでほしくなかった。それにアーティカとは、ある程度軍の力をそいだところで、契約を持ちかけるつもりだったんだよ。アーティカの力は敵に回せば恐ろしいが、味方にすれば心強いしな」
「アーティカは契約相手は裏切らない!」
拘束された手が、縄でこすられ血がにじむ。それにもかまわずダナはどうにかして拘束された手を縄から引き抜こうとし続ける。
「そうかもな。でも契約相手が死んでしまったら、話は別だろ」
暴れていたダナがおとなしくなった。
「ディオを……殺すというの?」
「二年前の計画では父親だったけどな。王を殺してすべてを奪う……いや取り戻すんだ。俺が奪われたものを」
ダナは唇を噛んだ。
「あたしじゃ人質にはならないわよ?だって……あたしはただの駒だから。ディオだって、駒を取り戻すのにあの設計書を投げ出したりはしないでしょうよ」
旅の間、何度もディオには言ってきた。ダナ自身を見殺しにしてでも、彼自身が生き延びることを考えろと。きっと彼なら、一番大切なことが何なのか理解してくれるはずだ。
「どうかな?」
喉の奥でフレディは笑い声をたてる。今まで聞いたこともないような嫌な笑いかただった。
「あいつは本当にそう割り切ることができるかな?」
ため息をつき、後ろに両手を投げ出して彼は天井を見上げる。
「欲しいものはみな、あいつが独占しているんだよな」
吐き出されたため息。
父親も。
王位も。
好きだと思った相手でさえも。
でも、一つだけディオより先に手に入れることができるものがある。
今目の前にいる彼女。
「君たちの間に何もなかったのはわかっている。ということは、今俺が奪ってしまえば、君だけはあいつより先んじたってことになるんだよな」
そうつぶやくと、フレディはベッドの上によじ登ってきた。
次に起こることを予感して、ダナは顔をそむける。
「やだっ……」
馬乗りになったフレディは、強引にダナの顎をひいて正面から顔を見合わせた。
「やだって言われても、君に選択権あるわけないだろ?大丈夫。俺けっこううまいし、暴れなきゃ痛い思いはしないですむ」
顎をつかんでいた手が喉から胸元へと滑り落ちて、シャツのボタンにかかる。
一つ。
二つ。
ボタンが外されていく。
首にかけていた鎖と、そこに通された指輪にフレディは一瞬ふれ、それを肩からシーツの上へと払い落とす。
「いやだいやだいやだいやだ!見ないで!見ないで!見な……」
身をよじっても、脚をばたばたさせてみても、彼をふり落とせるはずもなく、三つ目のボタンがためらうことなく外される。
「何だよ、これ……」
強引に下着を引きずりおろそうとしていたフレディの手が止まった。
「……あたしの罪の証、よ」
「……」
無言のまま、彼は下着を元の位置に戻し、ボタンをはめていく。外したときとは別人のような優しい手つきで。
「てっきり全身の傷跡をきれいにしたんだと思っていたよ」
「外から見えるところだけよ。見る人がぎょっとするから治しておけって、ビクトール様が。身体の方もやっておけって言われたのだけど……」
フレディは続く言葉を待った。
「ヘクターがいないなら、見せる相手もいないし」
それに、忘れたくなかったのだ。あの日、どこかで自分はミスを犯した。
どこで過ちを犯したのか、何度振り返ってみても思い出せないけれど。
犯していなければ、今頃まだ二人そろって空を飛べていたはずだ。
だから消さない。この傷は。少なくとも今はまだ。
「女の子を拘束してってのも趣味じゃないしな。やってみたら楽しいかもしれないけど、次回の楽しみに取っておくことにするよ」
言い訳のようにつぶやいて、フレディはベッドから滑り降りる。
床の上に降り立った時には、いつもの顔に戻っていた。
「ディオが来るか来ないか。時間になったら待ち合わせ場所まで行ってみようじゃないか」




