67.明かされた秘密(1)
翌日、ディオはダナに使いを出した。
きっとこれからも宮中へとビクトールに連れられてくることはあるだろうけれど、彼女とは今までみたいには会えなくなる。
その前に一度きちんと伝えなければならないことがある。
そう思って従僕に使いを頼んだのに、戻ってきた彼は、彼女は外出してまだ戻っていないようだとディオに告げた。
ディオは首をかしげた。どこに行ったというのだろう。ティレントに知り合いなどほとんどいないはずだ。
伝言は残してもらってある。帰宅すれば彼女から連絡があるだろうと、気を取り直してディオは執務室へと入った。
まだ正式に即位していないとしても、大多数は宰相にまかせるという前提条件があったとしても、政務は待っていてはくれないのだ。
昼食を終え、午後の休息時間になっても彼女から連絡はなかった。ふらりとフレディが現れたのは、そろそろ執務を終えようかという頃だった。相変わらず最新流行の衣服に身を包んでいて、それが嫌味なくらいに似合っている。
「まいったよ、すっぽかされた」
ぼやきながら、フレディは勝手に執務室へと入りこんでくる。ディオは書類に判を押そうとしていた手をとめた。
「すっぽかされた?」
「ダナだよ、ダナ」
むくれた顔でフレディはディオの机の端に腰を落とす。山積みになった書類を一枚取り上げ、
「国王様も大変だよな」
とつぶやくと、もとの位置にもどした。
「すっぽかされた?」
そんなフレディにはかまうことなく、ディオは眉をよせて机越しに身を乗り出した。
「ああ。今朝急に思いついて、昼食に誘ったんだよ。昨日もうすぐ帰るって言ってたし、その前にと思って。何の連絡もなく結局待ちぼうけだ」
つまらなそうな顔のフレディとは対照的に、ディオの顔からは一気に血の気がひいた。
「彼女、今屋敷にもいないみたいなんだ。僕も使いを出したんだけど、外出したまま戻ってないって」
フレディがあわてて机から滑り降りる。
「事故にでもあったか?ビクトールをすぐに呼べ」
フレディの言葉にしたがって、ビクトールが執務室へと呼び出される。
ダナと連絡を取れないときいた彼は、一瞬眉をひそめたが、すぐに警察やら病院やらへと問い合わせの手はずを整えた。
病院に運ばれた怪我人の中に該当するような人間はいなかった。警察に届けられた事件の被害者の中にもいない。赤い髪は目立つはずなのに、彼女の姿は完全に消えていた。
「誘拐……か?」
焦れたようにフレディが爪をかんだ。
「誘拐といっても、理由がなければ……」
ビクトールにも心あたりなどない。わざわざアーティカを敵に回す必要などないはずだ。
「ディオの花嫁候補たちの中の誰かってのは?」
「お話になりませんな」
ビクトールは肩をすくめる。
「そのレース、スタートラインに立つ以前の話ですよ。そのことは周知の事実でしょう」
ビクトールの言葉に、ディオの胸が痛くなった。誰でもいいわけじゃない。ディオが手を取りたいのは、一人だけだ。それが許されないことなのはわかっていても。だから、一度だけ伝えようと思っていたのに。
「誘拐なのか、事故に巻き込まれたのかどうかはともかくとして、行方不明ってことだな?イレーヌの手も借りてみる。カーマイン商会の情報網なら何か見つかるかもしれん」
あわただしくフレディが出ていく。ビクトールも続いた。
「僕は?」
部屋の入り口から、ビクトールはふり返る。
「殿下はお気になさいませんよう。ダナごときのことで政務に影響を及ぼしてはなりません」
ビクトールの言葉が胸に刺さった。
当然こんな状況で夕食が入るはずもなかった。
参加予定だった夜会には、発熱したと欠席の使いを出してディオは早めに寝室に入った。
たいしたことはないからと、医師の診察はやんわりと拒否する。
彼の父親はたいそう体が弱かったから発熱のたびに医師が呼ばれていたが、彼はそこまで病弱ではないし、今回は仮病だ。
夕食にほとんど手をつけなかったことから、誰にもよけいなことは詮索されず、一人になることに成功する。
ディオは扉を入ってすぐのところに座り込んだ。膝の間に顔をうめる。
フレディからもビクトールからも何の連絡もない。
最終的な報告によれば、最後に彼女の姿が確認されたのは、フレディに呼ばれた場所へと向かう時だった。
昼食の前に散歩をと二人が待ち合わせたのは、中央に国王の遺体が安置されている公園だった。
国王が死亡した時だけ使われる安置所は公園の端、海に面した丘の上にあり、昼間の間は誰もが花を捧げられるように開放されている。
亡き国王に敬意をささげようと途中で花束を買ったダナは、公園を入るところまでは警備員に確認されている。
つまり、公園の中で彼女は行方不明になったということだ。
当然ながら公園の中は完全に捜索が行われたが、何も発見できなかった。不安がディオの胸をしめつける。どこに行ってしまったというのだろう。
膝の間に埋めた顔をあげ、壁に封筒がとめつけられているのに気がつく。
朝部屋を出るときにはなかったものだ。
眉をひそめながらディオはその封筒を手に取り、開封して中身に目を走らせた。
中身の確認を終えて、手の中で紙がぐしゃりとなる。
丸めて壁にたたきつけられた紙は、乾いた音をたてて床に落ちた。
頭にもやがかかっているようだ。
ダナは頭をふった。まだもやは晴れない。さらに頭をふろうとすると、優しい手が両頬を挟んでその動きをとめる。
「頭痛が残るぞ。頭は動かさない方がいい」
いわれた通り頭を動かすのをやめて、いうことをきかない瞼をこじ開けた。どこに横たえられているのか、見えたのは見慣れない天井。
体が重い。
手を動かそうとして、手首を重ねられ、頭上で拘束されていることに気がつく。
どういうことだ?
フレディに呼び出されて、途中で花屋に寄った。公園の入り口から入って……。
小さな悲鳴がもれた。
そうだ。
後ろから濡れた布で口をふさがれて、そのまま意識を失った。
「そう。君は誘拐されたというわけ」
あわてて声の方に視線を向ければ、そこにいたのは呼び出した当人だった。
「なん……で?」
「俺、ディオになりたかったんだよね」
相手は悪びれる様子もなく、平然と椅子を引き寄せて座った。脚を組み、椅子の背もたれに片腕を預けた状態でダナを見つめる。
ディオになりたかったと言われても、ダナには意味するところがまったくわからなかった。混乱する頭を必死に回転させて、彼の真意を汲み取ろうとする。
「誘拐したのはすまなかったけれど、君をどうこうするつもりはない。ディオとの交渉材料に使えそうなのは君くらいだからね。設計図さえもらえれば、無事に帰してやる」
「設計図?」
「雷神の剣、だっけ?あれさえもらえれば、俺は文句を言わずこの国から出て行くよ……いずれ攻め込むつもりだけどな」
悪びれた様子もなく、フレディは笑った。