63.リディアスベイルの最期(1)
ダナは真っ先に飛び出した。ここまで両軍が近づいてしまったら、他の機体の護衛に頼るわけにはいかない。ただ、彼女の腕だけが頼りだ。
操縦桿を引きながら、今日は冴えている、と思う。敵の撃ってくるコースも、敵の機体の動きも完全に読める。撃ってきた敵機二機の間をすり抜けるようにして、先頭の軍用艦にみるみる接近する。
「ディオ!十秒後に発射できるようにして」
勝手にダナがカウントダウンを始める。むちゃくちゃだと思いながら、ディオは必死に計器をにらみつけ、手を動かした。カウントダウン終了一秒前。ぎりぎりのところで設定が完了する。
「行くわよっ」
見慣れた白い閃光が、敵の艦底に穴をあけ、その奥で爆発する。ぐらりと艦が傾くのが見えた。ややあって、最初の救命艇が飛び出してくる。
戦場の後方へと退いていくそれを迎え入れるために、敵の一部隊が行動を開始するはずだ。敵が救援活動に人員を割かれれば、それだけこちらが有利になる。
「ディオ!十発撃ったら離脱するわよ」
「離脱ってどこへ?」
「後方基地!」
何度も出撃している間に、ダナが機体を操作するたびに体にかかる不自然な重圧にもだいぶ慣れた。目を回すこともなく、ディオは修正した数値を入力する。
また敵の戦闘機が接近する。ダナは機体を海面すれすれにまで降下させた。敵機も食らいついてくる。
海面と機首がぶつかりそうなったところで、今度は機首を垂直になるほど上に向ける。
着いてこられなかった敵の機体は、そのまま海につっこんだ。激しく水しぶきがあがる。二人はそれを見ることなく、空高く駆けあがった。
ぐんぐん近づいてくる軍用艦の横っ腹にダナの放つ白い閃光が突き刺さる。二人の機体を見つけて攻撃をしかけてきた敵戦闘機に、アーティカの戦闘機が弾をうちこむ。それを確認する間もなく、二人はもう一隻の軍用艦へとつっこんでいく。
ディオの指は忙しく制御装置の上を走り回っていた。計器が警告を発し、ディオの眉がよる。
「温度が上がりすぎてる!あと一回が限界かも」
今までならこんなことはない。機体の運動量がいつもよりだいぶ多いからだろうか。確かにエネルギー消費量も、いつもの倍近くになっている。
「あと一回?」
ダナの声が裏返った。
「まだリディアスベイルにたどりついてないのに!」
他の軍用艦に攻撃されるより、雷神の剣の方が脱出までの時間を稼げることが多い。撃ち込まれた弾を、わずかに右の翼を上に上げることで交わしたダナは、結論を出した。
「この先にいるはずのリディアスベイルを撃つ!」
甘いのかもしれない。リディアスベイルまでたどりつくのは難しいことかもしれない。それでも、サラにはやはり生きていてほしいと思ってしまう。
ディオのいる後方の席からは、何も聞こえてこなかった。
リディアスベイルの艦橋は静かなものだった。
持ってこさせたコーヒーをすすりながら、ライアンはやる気があるのかないのか判断しかねる態度で、戦場を眺めている。
「ビクトールはどう動く?」
コーヒーカップを手にしたまま、ライアンはサラに視線を向けた。
「そろそろ右手から新しい部隊を展開させるのではないかしら」
「それじゃそっちの守りを強化するか」
サラの予想を迷うことなく受け入れて、ライアンは自分の率いる五隻の軍用艦を、サラの予測した場所へと向ける。
彼の部隊は、今回に限り独自行動を認められていた。ビクトールの思考を完全に読める者がいる。それが彼の部隊の強みだ。
「本当は怖いんじゃないのか?」
「……何が?」
サラは眉をあげてライアンを見つめる。
「……いや」
自分に向けられる冷ややかなサラの視線に、思わずライアンはたじろいだ。
「……サラ、か」
攻撃をことごとく交わされて、ビクトールは苦笑いした。サラが幼い少女だった頃、まだあの二人が生きていた時からそばに置いてきた。
ハーリィとオリガから実戦に必要な全てを教えこまれて。ビクトールの指揮を一番近いところで目にして。
思考回路は完全に把握されて当然ということか。
さて、これから先どう出るか。ビクトールは戦場に鋭い目を向ける。頭を忙しく回転させて、敵の動きを先読みしようとする。
敵の動きから判断するところ、リディアスベイルを旗艦としているようだ。契約したばかりの傭兵艦を旗艦にするある種の剛胆さには賞賛の拍手を送るべきなのかもしれない。
それならば、こちらはこう出てやろう。
「攻撃を強化しろ。リディアスベイル以外に、だ」
部下を見殺しにできるか否か?
ビクトールは相手の指揮をためす気になっていた。
見殺しにするならそれでいい。
ダナはようやくリディアスベイルを見つけた。
「ディオ」
名前を呼ばれるまでもない。
「いいよ、いつでも」
ディオはすでに、数値の修正を終えていた。
「ありがと」
ちらりとディオに笑顔を向けて、ダナはすぐに正面を見据える。
ありったけの感謝と尊敬の念と裏切られた失望と。ありとあらゆる感情をこめて。
一瞬のためらいの後、ダナはボタンを押す。
「あたれぇ!」
ダナは放つ。この世界最強の閃光を。リディアスベイルの艦底が溶かされた。
それと同時に。
アーティカからの砲弾がリディアスベイルを直撃した。
サラはとっさに顔をおおって、床に倒れ込んだ。艦全体を衝撃が襲う。
艦橋に流れ込んでくる風。飛び込んでくる砕かれた艦の破片。
いつかのことを思い出した。衝撃が収まるのと同時に咳き込みながら、彼女は立ち上がる。
「ライアン!」
立ち上がった彼女の視線の先には、倒れているライアンの姿。叩きつけられた時に頭をうったのだろう。意識がない。艦の破片で傷つけられたのか、肩から出血もしている。
「終わりね、これで」
サラのつぶやきを、すぐそばにいたエレンが聞きとがめた。よろよろと立ち上がってくる、アーティカから連れてきた部下たち。軽傷を負った者はいるものの、死亡者はいなかった。
「この艦が終わりってことよ」
サラは通話装置を手にした。
「全員脱出なさい。この艦はもうすぐ沈むわ」
大きく息を吸い込んで続ける。
「ライアンが怪我をしたの。私の部下に連れて行かせるから、彼と医師を同じ救命艇に乗せて頂戴。専門家の手当てが必要だわ」
乾いた音をたてて、通話装置が元に戻される。
それからサラは、艦橋内を見回した。
「エレン、ロナルド、フェイス、ディラン、ハーヴェイ、イネス、ユール、マリオン、アイザック、レティシア」
アーティカからついてきてくれた部下たち全員の名前を呼ぶ。
「共に来てくれたこと、感謝するわ。脱出したらアーティカに戻るもよし、別の傭兵団に加わるもよし、あなたたちの好きにしなさい。戻るなら、ビクトールはあなたたちを受け入れるでしょう」
大きく息を吸い込んで、サラは最後に嘘を吐く。
「私は最後に脱出するから、救命艇を一つ残しておいて。あなたたちは急ぎなさい」
部下たちにライアンを連れて脱出するようにと告げ、サラは脱出する彼らを見送った。
不安そうな笑みを向けるエレンには、穏やかな笑みを返して見せて。




