61.決戦のはじまり(1)
アーティカ側の襲撃が終わってほどなく、ライアンのもとへと命令書が届けられた。リディアスベイルに乗り込んでいるライアンは、艦長室ではなく二番目に広い副艦長の使用する部屋を使っている。この艦の艦長はあくまでもサラだと、自分の部下たちにしめすために。
命令書には、ライアンの部隊の配置変更が記されていた。陣全体でも最前線への移動だ。ついでといってはなんだが、部下の報告に耳を傾ける。なにやら強力な兵器を搭載した戦闘機が一撃で軍用艦を沈めたのだと聞いて、ライアンの表情が厳しいものに変わった。
部下たちは知らないが、ライアンはその兵器に心当たりがあった。おそらく王子が持ち帰った資料。そこに記された技術を使った兵器だ。
「実用化にこぎつけた……いや試作機か?」
命令書を届けてきた部下の報告では、軍用艦に直接攻撃をしかけてきたのは一機だけで、あとはその護衛機だったらしい。実用化にこぎつけているのなら、五機ともにあの兵器を搭載しているはずだ。
早々に試作機を破壊する手立ては考えなければならないだろうが、いずれにしても五隻もの軍用艦を失っては、陣を組み直すしかない。
いよいよアーティカと正面からぶつかる時が近づいているようだ。命令書の指示に従うべく、ライアンはサラに命令を伝えようと隣の部屋へと足を向ける。あくまでも艦全体に命令を発するのはサラの仕事だ。
隣の艦長室はひっそりとしていた。ライアンは扉を叩く。
扉を開いたのは、若い男だった。確かイネスと言ったか。サラの部屋に入り浸っているライアンのことをよく思っていないであろうことは、扉を開けた瞬間の表情でよくわかった。
艦長室には他に二人の男がいた。ディランとハーヴェイ。双子のようによく似た兄弟だ。ライアンには区別がつかない。
大きな机に何枚もの書類を広げて、サラは二人と熱心に話し込んでいた。ライアンの訪れに気づいて顔をあげる。目の下にはくまができていた。アーティカを相手にするとあってよく眠れなかったのだろう。
大丈夫だろうか、とライアンはサラを気づかい、そんな自分に舌打ちする。
今はそんなことを考えている場合ではない。艦は破壊されたが、人員の大多数は無傷で脱出に成功している。
艦を移動するだけではなく、彼らを基地まで送り戻す手配も整えなければならない。ため息をついて、ライアンは机の上に命令書を載せた。
合計で四度、ダナとディオは出撃した。ニ回目の出撃では護衛の戦闘機が一機、撃墜された。三回目には、ジョナの機体が行方不明になった。
最初に出撃してから一週間。撃墜されるたびに新しい人員を加え、出撃計画は停止することなく続けられている。敵の方は謎の兵器の出現に浮き足立っているらしい。
夜襲に備えて警戒を強めているようだが、アーティカの戦闘機は警戒網をくぐりぬけ、四度の出撃で、計二十三隻の軍用艦を沈めた。
一方マグフィレット軍のほうはというと、アーティカのあげた成果に十分満足しているようだった。まさか王子自ら出撃しているともいえず、ディオの存在はセンティアからただ一人戻ってきた技術者として周知されている。
さすがに本国だけあって、ディオの素性は知れ渡っている。いくら偽名を使ったところで、顔を見られれば王子と知られてしまう。軍の後方にはそれなりに娯楽施設も備えた基地がひかえているのだが、出歩けば誰かに顔を見られるのは間違いのないところだ。
あちこちうろうろするわけにもいかず、ディオはフォルーシャ号の中に隠れることを要求されていた。
傭兵といえど、アーティカの統制は取れていた。ビクトールの命令は絶対だ。まるで騎士が王に使えるがごとく、絶対の忠誠心を持っている者が多いようにディオの目にはうつった。
おかげでディオも、フォルーシャ号にいる間だけはのんびりとできた。ディオの正体を知ってもなお、彼らは普通に接してくれたし、他の部隊にディオの正体を話してしまうこともないと確信できたから。
今は甲板に腰をおろして、整備士たちに混ざっているダナを眺めている。甲板の前方では、同じように整備士たちが護衛機の整備を行っているはずだ。彼も制御装置の調整を行いたいのだが、機体本体の整備が終わるまで手を出せない。
もうすぐ冬になろうとしている。上空の風は冷たく、甲板にいる人間は皆厚着をしていた。例外はルッツだけだった。この寒空の下、さすがに半袖とはいかないものの、薄いシャツの上に作業着の前をだらしなく開けてひっかけているだけ。上背はあれど、いかにも脂肪の少なそうなひょろりとした体格なのに、寒さを感じない体質なのだろうか。
「……寒い」
ダナがぼやいた。
ルッツとは逆に、こちらは防寒着を兼ねた飛行服を着込んだ上からマフラーをぐるぐると巻きつけている。
「終わったらココア飲みに行く!」
翼の上でスパナをふりまわしながら、彼女は宣言する。
「ココアそろそろ切れるって言ってたぞ?誰か大量に消費してるやつがいるんじゃないか?次の補給まで我慢するしかないかもな」
整備士の一人が返した。
「嘘っ、信じられない!整備が終わったあとのココアが楽しみなのにぃ!」
ぎゅっとボルトをしめあげて、ダナは口をとがらせた。
「俺、個人的に持ってきてる。いい子にしてたらわけてあげるよ」
そう言うルッツに絶対よ、と笑いかけて、ダナは翼から滑りおりた。
「ディオ!制御装置見てよ」
ぼけっとその様子を眺めていたディオは慌てて立ち上がった。何度出撃しても一人で乗り込めるようにはならず、そばにいた整備士に手を貸してもらって後部座席に潜り込む。
限度十回を越える手段はまだ見つかっていなかった。理論上は回路を冷却してやればいいはずなのだが、冷却しようとすると構造的な問題が発生する。根本から設計を見直す必要があったが、修正している時間はない。
もっとも、十回を越えるだけの回数を撃ったことなどなかった。二人の機体は、敵を攻撃するのに使えるのは雷神の剣だけだ。軍用艦を数隻も沈めれば、敵から戦闘機部隊が出てくる。対抗するわけにもいかずひたすら逃げるのが基本だ。出てきた戦闘機部隊は、護衛機が相手をすることになる。従って十回を越える前に帰投できるのが今までの例だった。
次の出撃は翌朝に予定されている。自分で作った手順書通りに制御装置を確認していると、警報が鳴った。
ディオは整備の手を止めて空を見上げた。変わったところがあるようには見えなかった。
「敵が動き始めたらしいぞ」
通話装置を手にとって、艦内と会話していたルッツが言った。
「いよいよ全面対決ってわけね」
整備が終わったばかりの機体を見ながら、ダナはスパナを握りしめる。本当ならディオはいますぐにでも、もっと後方に下がらせたいのに。きっと彼はきかないだろう。
ディオが自分は退かないという意志をこめて、戦闘機の後部座席から警告を発する。
「撃てるのは十回までだよ?」
「十回撃てれば十分でしょ。艦を破壊すれば、救援活動に人員を割かなきゃいけなくなるもの」
まだスパナを握りしめたままで、ダナは空を仰いだ。出るというのがディオの意思ならば。なんとしても彼だけは無事に帰さなければ。
どこまでも晴れ渡った青が見下ろしている。もう少しすれば、ここが戦場になるなんて信じられなかった。